悪霊か魔族か悪魔か
失神するかと思った。
いや途中の記憶が曖昧だから、たぶん突っ立ちながら失神するという芸当をその時、私は身につけたのだと思う。
だってそれはホラー以外のなにものでもなかった。
緑の墳墓が突然もやもやとした黒い煙で覆われて、次第にその霧は墳墓の天辺に向かってゆるりと動き出した。
意思を持ったような動きで墳墓の天辺に収束したその黒い煙は、そこからさらに天に向けて立ち昇る。
ごうごうとうなりながら、螺旋を描いて天高く立ち昇る黒い煙。それはあっという間に青空を覆い隠し、私たちに影を落とした。
私はこんな光景を何度も目にしたことがある。お母さんが魔界転生ユルドゥラとかいう映画撮影の時、何度も魔界の住人があんな黒煙から姿を現していたのだ。その他にもホラーの撮影現場でもよくこんなのを目にした。
魔族か悪霊。もしくは今度こそ正真正銘の悪魔。どっちにしろ、よくないものが生まれる前兆でしかない。
自宅でそんな映画の場面を見ている時は、ぼーっと見上げてないでさっさと逃げればいいのに。ほら、今のうちよ! なーんてよく笑いながら観ていたものだ。
だけど実際それを目の当たりにしてみると、アホのように口をポカンと開いて、しまいには上を見上げすぎてバランスを崩して尻もちをついてしまった。
『人は怪奇現象が起きた時、そんなに器用に逃げられないのだ by朱鳥』
私よりも器用に悲鳴をあげた騎士や野盗の何人かは恐怖に顔を引きつらせ、尻もちをつきながらなんとかその場から逃げようと後ずさっていたけれど、上手く身体が動かないみたいだ。何度も同じ場所で転んで起き上がるといった器用な芸当を繰り返している。
私だって逃げたい。でも完全に腰が抜けてしまった。足腰に力が入らないし、目は乾燥しそうなほど開き切って瞬きすらできない。
そんな中、不意に誰かの背中が私の視界をさえぎった。
トントンと刀を肩の上で叩きながら空を睨みつけ、ちらりと気遣うような視線を私に向ける青い瞳は、暗黒の空の下で銀河のような輝きをまとう。
「ちっ……なんだよ、ありゃあ。大丈夫か?」
「ざ……ザック……」
「気味わりいぜ。おい、逃げるぞ」
「こ……腰が抜けて……」
「ああ? ……ったく仕方ねえな。ぎゃあぎゃあ喚くなよ」
面倒くさそうに顔をしかめて、わしゃわしゃと髪をかき上げたザックが目の前で屈んだと思ったら、さわりとザックの銀色の髪の毛が頬をかすめて、私の身体がふわりと浮き上がった。
「え……?」
「しっかりつかまってろ。走るぞ」
「は……?」
驚きに呆ける私とザックの瞳が交錯する。思わずザックの首に腕を回すと、いつか感じた雨上がりの匂いが鼻腔をくすぐった。
ザックが私を抱えて墳墓に背を向ける―――その時だった。
『待っていましたよ、巫女の器よ』
天から声が降る。それはおどろおどろしい闇の中に差す一条の光。誰もがほっと息をつきたくなるような、滑らかでかつ蜜の甘さを漂わせる響きをもつ女性の声音だった。
退避の意志を示していたザックでさえも思わずその足を止めてしまうほど、警戒心を抱かせないその声色に私も思わず振り返る。
暗雲立ち込める空から更なる闇が舞い降りた。それはキラキラと輝く闇だった。
精霊の恩恵を受けた時、あんな輝きが頭上から舞い落ちる。だけど規模が違いすぎる。天から降り注ぐ闇の煌めきはさらりと溶けるように空中に流れ落ち、ゆるりと形を型どる。
足元よりも長く伸びた流れる銀色の髪、紫水晶の輝きをもつ瞳。ボディーラインをなぞった魅惑溢れる漆黒の衣装に、豪華な銀色の装飾品を身体の所かしこに身につけ、己の身体よりも大きな銀の杖を携えて現れた。
それは、人間の何倍も……いや何十倍もの大きさを要した美しい女性の姿だった。その美貌に微笑を浮べ、その女性は天から私を見下ろす。
『立花朱鳥、巫女の器よ。妾は、永劫の彼方よりそなたを迎えるため、この地に舞い降りたもの。名をシュナンツェと申します』
「シュナンツェ?」
茫然と呟く私の前にヤマトが歩み寄り、天を見上げる。
__アスカよ。案ずるな、あれは悪しきものでない。
「じゃ……じゃあ、あれはなんなの?」
__あれは幾千幾億の霊魂を不浄の地より神々の元へ還す神。竫浄の神シュナンツェである。
……竫浄の神?
ずっと探し求めていた神と初体面。本来なら飛び上がって喜ぶ場面なのかもしれない。けれど私は眉根を寄せてシュナンツェを見上げる。
驚きや喜びよりも気になることがあったからだ。
想像上のものでしかないけれど、神様っていったら後光が射すような神々しい姿形だと思っていた。それなのにシュナンツェときたら、ヒューンドロドロと効果音が付きそうな怨霊さながらの登場ではないか。
私ならもっとシュナンツェの魅力を最大限に引き出した登場シーンをコーディネートしてあげられる。悪霊と間違われる女神なんて実に残念で仕方がない。騎士も悲鳴あげてたし。というかまだ怯えてるし。
ちらりと視線を向けると、ガクガクと恐怖に震えながら天を仰ぐ騎士たちと、その中に白目を剥いて失神しているナルシストを見つけた。
__して巫女の器に何用か。わざわざ人前に姿を現すとは、よほど大事な要件と見える。
内心でシュナンツェの登場方法にダメ出しをしていた私は、ヤマトの言葉にはっと我に返る。
シュナンツェは霊魂を神々の元に還す神なのよね。なぜ現れたの? もしかして私の魂を抜きに来たとか!? あんなお願い事をしたから怒って? いやでもあれはシュナンツェにではなくトキのお姉さんに願ったもので……ぶつぶつ
『巫女の器よ』
「は……はい」
借金返済の手助けなんて求めたのが悪かったのかしら。もしかしてお願いする神様間違えた!?
顔面蒼白になりながらなんとか返事を返した私にシュナンツェは綺麗な微笑を向ける。
『行き場を失くした霊魂が集うこの地に、妾が降り立つことになったのは定めなのやもしれません』
「は……はあ……」
『この地には数多の行き場を失くした霊魂が彷徨っております。そなたに妾の力を与え、その魂を救う手助けをして貰いたいのです。それが巫女としてのそなたの運命。しいてはそれがそなたの助けとなることでしょう』
すぐそばでザックの喉がごくりと鳴る音がした。同時に騎士たちが一斉に私を振り返る。拭いきれない恐怖を押し殺しながら、期待に胸膨らませて目を輝かせるテオやトキ。
そして不安そうに私を見つめるオスカーさんとラーミルさん。
そして当の本人といえば。
「……はいっ?」
言われたことが理解できず、再びポカンと間の抜けた顔をしてシュナンツェを見上げるのであった。
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