トキと野盗のわだかまり
騎士や盗賊達はぞろぞろと鍋を取り囲み、鍋の中に指を突っ込むと、恐る恐るといった様子で口に含んだ。
途端に全員の目が驚愕に大きく見開かれる。
「これは……」
「本当に砂糖だ……」
「レイランの砂糖よりも色味は黒っぽいが味は遜色違わぬものだな!」
確かにキッシュが使用していた砂糖は日本でいう上白糖に似ているものだったけど、私が作ったのはどちらかといえば黒砂糖より。
不純物を取り除くといった作業をすべてぶっ飛ばして作ったわけだから仕方ないけど、それでも味としては問題ないレベルのものだ。
周囲の様子に疑いの眼差しを向けていたザックも、眉をしかめながら鍋に近寄ると数粒を指先に乗せてペロリと舐めとった。
その瞬間、青い瞳が零れそうなほどに見開かれる。
「マジかよ……」
茫然として自分の指先を見つめるザックの背後から近寄り、にんまりとした笑みを浮かべてポンッと肩を叩くと、ビクッとザックの肩が飛び跳ねた。
ふふふ、察しのいいザック。嫌いじゃないわ。
「行くわよ」
「……」
「どこにですかい? 姉御」
誰が姉御だ。無言になったザックの横で首をかしげる野盗に私は満面の笑みを向ける。
「もちろんあなた達のアジトよ」
「アジト? なぜです?」
「そんなの決まっているじゃない。「眠っているお宝」を掘り起こしにいくのよ」
「眠っているお宝?」
いつまでも察しの悪い野盗Aとの会話を無言で聞いていたザックは、ついにうずくまって頭を抱え始めた。
「そうよ。あなたたちの……ベッド」
「わたしらのベッド…………」
満面の笑みを浮かべる私の顔が、おそらく仏にでも見えたのだろう。ぽつりと呟いた野盗Aの顔がみるみるうちに青ざめていく。どうしてかしらね、あははは。
「あ……姉御まさか……唯一のわたしらの寝床を……」
「解体するの」
間髪入れずに受け応えると、野盗Aは魂が抜けたようにその場に崩れ落ちた。慈悲? 情け? 何それおいしいの?
非情な私の言葉を聞きつけたザック一味が、驚いたように顔を青ざめて一斉に振り返る。
変わらぬ笑顔を向ける私の微笑みは、さぞ聖母のように見えたことだろう。崩れ落ちた野盗Aの目には薄らと涙が光っていた。
『あの木はうちのアジトの寝床代わりに使ってるんでやんすよ』
あの素敵なセリフを聞き逃すような朱鳥様ではない。ザックはおそらくこれが砂糖の原料になると理解したあの瞬間に、私の思惑を悟ったのだろう。実に賢い男である。
そしてそれを聞いた騎士達の顔には私よりも純粋な笑みが浮かぶ。野盗のアジトを解体し、なおかつ砂糖の原料が大量に手に入るのだ。まさに一石二鳥。その場に異を唱える者は野盗しかいなかった。
浮かれ気分の騎士と人生終わったような表情を浮かべる野盗。それは両極端なものだったが、そんな雰囲気の中、私はチラリとザックをのぞき見る。
そもそもなぜ、ザックは私達とユーラに同行することを決めたのか。
聞けばザック自ら同行すると申し出たらしいし、眷属の欠片を手に入れたい国の意思は分かるけど、ザックの思惑がイマイチつかめない。
いくらサワナで一役買ったと言っても、ザック達が野盗であることに変わりはない。
騎士と同行するからにはお咎めも覚悟の上……だとは思うのだけど、その先に何を見据えているのか、アジトの解体についてザック自身はは抵抗を見せず、諦めたように『勝手にしろ』と言い捨てるだけだった。
ザック達が構えるアジトはユーラの東、トキの集落から更に進み、脇道をそれた山中にあるとのこと。
なので私たちはまず当初の目的通り、集落へと向かう。
その際に、川沿いに生えていた正体不明の『サトウキビもどき』を全て刈り取って積めるだけ馬車に積み、乗り切らなかった物は野盗に担いでもらうことにする。
背中に山盛りの木の幹を背負った野盗たちといったら、もともとの風貌もあいまって『木こり』状態で笑えるものがある。斧なんか手にしてるから余計だ。
そして木こりと化した野盗達を再び伴って、ヴァルファ森林を抜けた私たちは、再びあの集落へと足を踏み入れていた。
「ひでぇな、こりゃあ……」
「どこの連中だ? 容赦ねえな、まったく」
集落の状態を見た途端、きょろきょろと辺りを見渡してザックが顔をしかめる。仲間たちも同意するようにうなずいた。
「だいぶ徹底していやがるな。それこそバーグラーとかじゃねーのか、このやり口」
呆れたような顔をするザックを私はぎろりとにらみつける。バーグラーであろうとなかろうと、野盗がしたことに変わりはないのだ。
「あなた達も似たようなことしてたんでしょう」
「姉御! 何を仰るんですかい。わしらはそんな野蛮なこたぁしたことねぇです。えーと『交渉』とかいうやつで、物寄越せば命は助けてやるって言うと、くれるんですや」
「交渉って……だって女子供も容赦しないって前にザックが……」
「あはは! そんなのハッタリに決まってるでやんすよ! おかしらは絶対女子供に手をあげねぇです。どちらかっつーたら、子供好き……」
「おいっ! 余計なこと言ってんじゃねえっ!」
ゲラゲラ笑う仲間の言葉をあわててザックがさえぎる。
そんな様子を唖然として見つめる私と、遠くから冷ややかな視線を送るラーミルさんとオスカーさんがいた。
「そう……そうなんだ。良かった……」
トキが複雑な表情を浮かべながら、安堵したようにため息をつく。
サワナを出て数日。思いのほか気さくな野盗たちは、トキにも愛想よく話しかけていた。
だけどそれに対するトキの態度がピリピリしたものであることに私は気がついた。もちろん、その理由は明白だ。自分の集落をザックたちが襲った可能性があるから。もしそうなら、トキにとってザックは憎むべき敵討ちの相手なのだ。
だからずっと距離を置いていたのだろう。もしかしたらお墓参りだけじゃなく、トキはそれを確かめるためにもザックをここに連れて来たかったのかもしれない。
「そう。それなら良かったわね、トキ」
「うん……アスカ、ありがとう」
この国が抱える闇が払拭されたわけではない。だけど、トキは小さく笑う。
恨んでも恨みきれない日常を抱えている人間は、この国には数えきれないほどいるのだろう。
だけど手を取り合った仲間ですら恨んでしまう日常は悲しいものだ。
だからトキは笑う。「酷い」とこの惨状を嘆いてくれた野盗に感謝の気持ちをこめて。
「俺、ザックたちのこと好きだよ」
「男に告白されても嬉しくねぇよ」
ふんっと鼻で笑うザックにトキはおかしそうに笑った。トキにこうして毎日少しずつ笑顔が増えるといい。微笑ましい光景に私の顔にも笑みが浮かぶ。
「私もザックのこと好きよ」
何気なく言ったその言葉に、ザックはこぼれそうなほど目を見開いて固まった。




