奇妙な木
「……あの集落に?」
明け方未明から降り注いだ雨は太陽の陽が東の空高く昇る頃には止み、その頃合いを見計らって私達は再び旅路の用意を始めた。
そんな時だった。
トキが私のそばに身を寄せて言いにくそうに口ごもりながら、小さな声で頼み事をしてきたのは。
「このまま行けばまた宿屋街に着くけど……あっちの道に行けば……集落のある方に行ける」
うつむいてその表情に影を落としたトキに、どう返事を返したものか私は思い悩む。
集落――それはトキの家族や仲間達が住んでいた場所。そして野盗に襲われ多くの人達が亡くなった場所でもある。
その辛く悲しい出来事は、まだ思い出となるには早すぎた。
返答に困ってトキを見つめたまま無言になってしまった私の袖を、うつむいたままのトキの小さな手がぎゅっと握りしめた。
『お願い』とトキの心の声が訴えかけてくるようで、私はそっとトキの頭に手を置いて小さな笑みを浮かべる。
「オスカーさんに頼んでみる」
「ほんと?」
「うん、任せて」
なぜ行きたいの? そう尋ねなかったのは、なんとなく理由が分かったからだ。
辛く悲しい思い出がいくらあったとしても、あそこはトキが暮らしていた場所で、亡くなったお姉さんが眠る場所だから。
出立準備を整えていたオスカーさんに、トキの集落に向かってくれないかと頼んでみたら、少し思案するように黙った後、トキに視線を移してから首を縦に振ってくれた。
「ユーラに戻れば、いつまた訪れられるか分からない。ラーミル殿にはわたしから話しておこう。多少の遠回りにはなるが、問題はないだろう」
「良かった。ありがとうございます」
笑顔でお礼を伝えると、オスカーさんは微笑みを返した。それは目を見張るほど清らかで気品高く、それでいて優しさに溢れるそんな微笑みを。
いつからこんな笑い方をするようになったのだろう。思わずその美しさに目を見張り、言葉を失ってしまう。
「アスカ? どうかしたのか」
言葉を失ったまま視線を向ける私に、ふと気が付いたオスカーさんが首をかしげる。はっと我に返った私はあわてて言葉を返した。
「い……いえ、なんでもありません。その、ラーミルさんによろしくお伝え下さい。トキも喜ぶと思うので」
――逃げるようにオスカーさんに背を向けた私の胸は、叱りつけたくなるほど…うるさかった。
私の申し出を快く了承してくれたラーミルさんのお陰で、私達は途中から進路を変更し再びヴァルファ森林へと足を踏み入れることになった。
ここからヴァルファ森林を平行するように進めば、トキのいた集落へとたどり着くのだそうだ。
街道の脇道から入ったその道は川沿いにあった。川のせせらぎを聞きながら歩みを進める私の目に、ふと奇妙なものが映り込む。
ヴァルファ森林に生い茂る木々は、みんな見上げるほどに高くて私の身体より幹の太いものばかりだ。空を見上げれば覆い隠すほど生い茂った葉がゆさゆさと揺れている。
それなのにそれは、手のひらで包み込めるほど幹が細い。しかも葉っぱ一枚生えておらず、加えて所々節はあるものの幹はつるつるで緑色。真横からスパンと切られたようにまっ平な頭。身の丈は人と同じ程度しかない。
竹と似ているけど少し違う気がする。
「なんかあの木、他と違うわね」
「ああ。よく知らねえが、あの一帯にだけ生えてやがるんだ。すっげえ硬い木でな、切るのも一苦労なんだぜ」
ザックが私の視線を追いかけて説明してくれる。あんなに細いのにザックがそこまでいうなんて、よほどの強度があるだろう。何かに使えないかしら。
「あの木はうちのアジトの寝床代わりに使ってるんでやんすよ。硬いし、あのごりごりした節がなんとも言えねえんですや。うちのバカは腹が減った時はあの木を舐めてやがりますがね」
「バカ野郎! うまいんだぞ、あの木!」
「木を食うなんて動物かよ、おめえ」
ふんふん、寝床代わりね。確かに日本でも竹は通気性がよくて寝具にもよく利用されていたし、あれ持ち帰って寝具として販売できないかしら。そんなに数はないみたいだけど、ただ生やしておくなんてもったいない。
「よし! ザック、あれ切って!」
「はあああ??」
竹かどうかは分からないけど、強度の強い木材っていうのは何かと利便性がある。あれを上手く加工して売れば、おから料理よりも手っ取り早くお金が手に入るんじゃないかしら!
目の色を変えた私に怪訝そうな目を向けながら、ザックはしゃあねえなあと馬を降りた。それに続いて野盗達も馬を降りる。不意に足を止めた私達に騎士達は振り返り、何事かと眉を寄せた。
馬から降りた野盗達はその不思議な幹の前に一人一人陣取ると、各々に武器を手に身構えた。ザックは持っていた剣を地面に突き刺して、仲間から斧を受け取り身構える。
その様子に私は眉を寄せる。モルモットの屋敷でやすやすと敵を切り倒したザックが、わざわざ剣から斧に持ち変えるだなんて。
「いいか?」
「「おうっ!!」」
ザックの掛け声に野盗達の気合の入った声が響く。と同時に野盗達の獲物が目にも留まらぬ速さで横一線に凪いだ。それはまるで演武のように一糸乱れぬ剣さばき。驚きに目を丸くした私の前で、すぱん! という音と共に幹は一斉に地に落ちた。
「ほおう……」
その様子を見つめる騎士達から思わず感嘆の声があがる。
「すごい……」
思わず拍手を送ってしまった私に、まんざらでもなさそうな顔をしながらザックが幹を抱えて歩み寄る。
「こうでもしねえと切れねえんだよ、ほらよ」
手渡された幹は細いのにとてもずしりとして重いものだった。見れば均等に節があって本当に竹によく似ている。
「じゃあこれを馬車に積み込みま……」
積み込みましょう。そう言いかけて私の口が止まる。なぜなら、ぺたりとしたからだ。私の手のひらが。
「……」
それは幹の切り口に触れた私の手のひら。なんか一瞬ぺたっとした気がして、私は指先で手のひらに触れてみる。かすかに吸い付く指先。
……あれ?
「ああ、あとな。そいつを寝床にするなら気を付けろよ。やたらと蟻が寄ってきやがるんだ」
蟻?
私の頭が一瞬フリーズする。蟻っていうのは甘いものに寄って来ると相場は決まっている。だけどクンクンと手のひらを嗅いでみても甘い香りはしてこない。
けれどこの形。思い返せば私は元の世界でこれとよく似た物を目にしたことがあった。一見、竹に似ていて非なるもの。「美味しい木」という野盗のセリフが頭をよぎる。
……まさかとは思うけど、これ竹じゃなくて……
「ザック。これ、皮を剥いで。いますぐよ!!」
はああああああああああ!?
思いっきり嫌そうなザックの声が響き渡ったのは言うまでもない。




