優先順位
「野盗……」
振り返らずにそう呟く。
「我が国は長く巫女を持たなかった。神々の恩恵を受けられぬ土地は荒廃する。田畑は痩せ作物は育たず、飢えに苦しむようになった。職もなくなり稼ぐこともままならなくなる。それ故にこのように野盗が現れるようになり、人々を襲い家財や食料を奪うのだ」
そう、そうなのね。
事情はわかったわ。
「それで?」
わたしはゆっくりと立ち上がり、後ろを振り返ってオスカーさんを睨み付ける。
「ひとが生きるためには、そんなこともあるでしょうね」
ひとは究極の選択を迫られたとき、ひとの命を奪うことができる生き物だ。お金に困ったとき、怨みが募ったとき。ときには嫉妬で相手の命を奪う。
だからといって。
「わたしを迎えに来たときも、ここを通ったんでしょう?」
先鋒の騎士が話していた会話とテオの警告にようやく合点がいく。
彼らはこの惨状を知っていた。だからわたしに見せないようにあの騎士は迂回を勧め、テオは見るなといったのだ。
「遺体があると知っていて放置したってことですよね。野盗がでた理由もわかっていて、そしてあなた方はこの国の騎士であるのに。目の前にある国民の遺体に見向きもしないなんて騎士道が聞いて呆れるわよ!」
ふつふつと湧き上がる怒りが最後には爆発した。
テオはうつむき、唇を噛みしめている。オスカーさんは長い黒髪を風になびかせ、静かな面持ちでわたしを見つめていた。なんの感情も映さないその表情がさらにわたしの怒りに油を注ぐ。
「娘。聞いておれば偉そうに」
その声に視線を向ければルドルフの姿があった。
「我が国では、このようなことは至る所で起きているのだ。それを全て騎士団の手で弔えとでもいうつもりか? いくら手があっても足りぬわ。そもそも我々は御当主様の命によって伝承の巫女を迎えに行くのが任であった。それより優先すべきものなど何もない」
この男の認識に吐き気がした。
これが当たり前の惨状ですって?
だから見て見ぬフリをするのが当然だと?
ふざけるんじゃないわよ。
「あなたのいい分はわかったわ、ルドルフ。でも今はもうわたしを見つけて帰還しているところなのでしょう? それならいまここで、遺体を埋葬することくらいはできるはずよね」
全国の野盗に襲われた被害者を弔えなんていわない。でも目の前にある亡き骸くらいは弔えるはずだ。
そんなわたしの想いを嘲笑うようにルドルフは言い放った。
「聞いていなかったのか? 耳が悪いと見える。我々の優先すべき任はお前を御当主様の元へ連れて行くことだ。このような場所で取るに足らぬ遺体など埋葬している暇などない」
取るに足らない遺体、ですって?
死んでしまったら国民とも見なされないと?
この男はどこまでもどこまでも、わたしの気を逆なですることばかりいう。
果たしてそれが〝この世界の常識〟だとしても、到底受け入れられない。
わたしはぐつぐつと煮えたぎる怒りをぐっと堪え、真っ赤に充血した目でルドルフを睨めつけた。
「ならばわたしは埋葬が終わるまでここから動かないわ。御当主様の元へ連れて行きたいのなら埋葬を手伝いなさい。もしも強制的に連行するようなことがあれば、わたしは絶対に巫女になどならないし協力もしません。それは御当主様の意向に沿うものかしらね」
「なっ……!」
もとより協力するつもりなどなかったけど、そういってのけるとルドルフは言葉を失った。
巫女頼りの骸骨が。お前の弱みなんてとっくにわかってるのよ。
痛いところを突かれて屈辱に体を震わせるルドルフの肩にポンと手が乗る。
「ルドルフ。お前の負けだ。ここはアスカのいうように埋葬の手伝いをすることにしよう。無理強いして協力を得られなければ連れて行った所で元も子もないからな」
「しかし……!」
ルドルフはまだ納得していない。でも隊長であるオスカーさんが埋葬すると決めた。 それならルドルフなんてもうどうでもいい。
フンと顔を反らすとルドルフはギリギリと歯噛みして顔を歪め、憎々しい色を瞳に宿してわたしを睨みつけた。
「よっし! 隊長もこう決められたんですから皆で手分けしてやりましょうよ! さあさあ! アスカは本当に強情で困りますよね!」
嫌悪が充満する重い空気をテオが晴れやかな声で打ち払う。
騎士達に声をかけるテオの顔は嬉しそうだ。
そんなテオを見て思わず笑みがこぼれた。
きっとテオもなんとかしたかったんだろうなと思ったから。
ふと視線に気づいて振り向くと、表情を柔らかく崩したオスカーさんがいた。
「泣いて喚いたかと思えばすぐ笑う」
きょとんとするわたしにオスカーさんが微笑む。
荒野に一輪、穢れのない百合が咲いたようだ。
「わたし達と初めて会った時もそうだった。お前は本当に表情がころころとよく変わるのだな」
「そう、でしょうか。埋葬のこと許可してくれて有り難うございました。オスカーさんのお陰です」
彼は静かに首を横に振った。
「いや、これは妥協案だ。本来ならわたしもルドルフの意見に賛同している。ただお前が駄々をこねるから、そうせざるを得なくなった」
子供か。
「しかしお前の言う通り、国を守る騎士が国の被害者となった亡き骸に恩情を示さないというのは信条に反すると思ってな」
馬から下りて家屋の中を探索し始めた騎士達を見ながら、オスカーさんは言葉を続けた。
「だから、このような機会をくれたお前に感謝している」
綺麗な笑顔だった。
気難しい顔をしないで、いつもこうして笑っていればいいのに。
「じゃあ手伝ってください。一緒に行きましょう」
「ああ。そうしよう」
わたし達は肩を並べて歩き出す。
彼の笑顔に、いつの間にかわたしの中のドロドロとした感情は綺麗に洗い流されていた。
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