恩恵の還元
テントの中でザーザーと鳴る水音を聞く私の傍では、ミカンがそそくさとタオルやら着替えの準備を始めている。
初めは周囲に男ばかりいる中で……と恥じらっていたミカンも、なんだかんだいって嬉しいに違いない。鼻歌なんか歌ってるし……
「今日は長め〜と……もう少しかなあ?」
終わったらザックが声をかけてくれることになっているけど、まだ来ないところを見るとナルシストが言葉通り、全身をくまなく磨き上げているのだろう。
「まだかな〜……」
__器の子……
その声が私の耳に届いたのは、今か今かと男性陣のシャワータイムの終了を待ちわびて、ぼやきを呟いたそんな時だった。
「あら? 時雨の精霊じゃない。シャワーもう終わったの?」
私の目の前を通り過ぎ、するりとテントの中に入り込んで来た精霊を目で追いかける。
キラキラと全身を蒼い煌めきで包み、瞳も髪も羽根も蒼色の時雨の精霊。湿気や簡易シャワーを作るのに何度もザックに出させていたけど、間近で見るのは初めてだ。
「まあ……」
ミカンも気付いたように顔をあげたが、ミカンの目に精霊の姿が映っているわけではない。
私を林の中でオスカーさん達が見つけてくれた時も、精霊の姿を見たのではなく「光」を追いかけて来たと言っていた。
「精霊様……」
恭しく頭を下げるミカンの前で時雨の精霊は私の顔の前まで近付くと、その場に動きを固定した。ちらちらと燃える蒼い瞳がじっと私を捉える。
__君が器の子。僕達の器の子。
__君が望むなら……君が望むなら。
__僕達は君の力になろう。
「え……? だって、あなたたちはザックの精霊でしょう?」
どこからともなく聞こえる複数の声に、私は驚いて目を丸くする。
ザックから私に移動するってこと? 首をかしげた私に答えをくれたのは、むくりと起き上り精霊を見据えたヤマトだった。
__精霊がたった数匹だとでも思っておるのか。炎のある場所には炎の精霊が、水のあるところには水の精霊が宿るというもの。お主とザックが暇なし精霊を駆使して水を振りまいておったから、寄って来たのであろう。そもそも精霊とは、巫女に宿るもの。母を求める子の如く集まるものなのだ。
「じゃあこの精霊はザックのとは違うってこと?」
__左様。わざわざ精霊の方から姿を現したのだ。受け入れるとよい。
ヤマトがすっと前に歩み出た。それはいつか見たヤマトの姿だった。全身の毛が逆立ち、紅蓮のベールに包み込まれるその身体。
金色の瞳に時雨の精霊が映り込み、紅い眸が蝋燭の火のようにすっと縦に立ち昇る。
そして頭に響くヤマトの声は、どこか意識を朦朧とさせる。麻痺したような、夢でもみているような。そんな感覚に陥るのだ。
そして私の唇は自分の意志と関係なく言の葉を紡ぎ出す――
『永劫の時より来たりし幾千の神々よ
我が魂に宿る総てのもの達よ
御身に祈り捧げることを赦し給え
我が声に応え給え
水涼の神リュリスの眷属たる精霊達よ
今此処に御身の御力を我に与え賜らん』
__君の望むままに。
__僕達の力を君に。
__いつでも君と共に。
はっと我に返ると、頭上からはきらきらと蒼い煌めきが降り注いでいた。そして私の中に「いる」と感じるこの感覚は、身に覚えのあるものだ。
「巫女様……今のはもしかして……」
傍らで固唾を呑んで見守っていたミカンが、震える声で問いかける。
炎の精霊を宿した時は人知れず宿したものだったから、途中で気付いたミカンはたいそう驚いていた。だけど今回は、間近で終始その成り行きを目にしたことになる。
そのミカンに顔を向ければ――口元を手で抑え、涙を流していた。
「ミカン……?」
「素晴らしいことです……巫女様が恩恵を賜るところを、このミカンしかと見届けました。まさに神々の愛を一身にお受けになられたような、神々しいお姿でした巫女様。このミカン感動いたしました……!」
興奮したように頬を紅潮させて目を潤ませるミカンに、私は口をぽかんと開けて固まった。
か、感動? 神々の愛? 神々しい姿? 美化しすぎでしょ、ミカン。
__お主とザック。これでこの地に時雨の精霊が二人のヒトの子に宿ったことになる。何か変化が現れるやもしれぬな……
「変化?」
__左様。ザックは巫女の器ではないが、眷属の欠片として、もともと素質を備えておった。眷属の欠片は恩恵が与えられていた土地の者にその力が還元されたもの。またその逆もしかり。
「つまりどーゆーことなのよ」
__時雨の精霊の力がこの地に還元される時が来たかもしれぬ、ということだ。ザック一人での力では無理だったかもしれぬ。だが、巫女の器であるお主がその身に宿したとなれば……互いの相乗効果も生まれ、その還元力は何十倍にも跳ね上がるというもの。
結果的に私はヤマトの言葉の意味を理解できなかった。けれどその意味は翌日、嫌でも理解するはめになる。
——いつの頃からだったのか。
心地よい雨がテントを打ち鳴らしていたのは。
子守唄のような耳障りのよい雨音が、辺りを包み込んだことに最初に気付いたのは、寝ずの番をしていた見張りの騎士だった。
ぽつりぽつりと頬に当たる雫を首をかしげて拭いとる。拭った矢先からまたぽつり、と雫が額に落ちる。
思わず天を仰いだその騎士は、今まで目にしたことのない、どんよりと曇った黒い雲を目にして顔をしかめた。
けれど、ぽつりぽつりと降り注ぐそれが徐々にその数を増し、さあ……っと音を立てて地面全体を濡らした時、驚愕に目を見開いた。
「雨だ……」
その言葉は次々と他の騎士に伝染した。
「信じられん……」
「アイゼンに……雨、だと……」
空を見上げ、騎士達が茫然と呟く。ミカンに叩き起こされた私もテントの外に出て空を見上げ、全身に雨を受けながら茫然として立ち尽くした。
「アスカ! 雨だ! 雨が降ったんだ!」
顔も髪もびしょびしょに濡らしたテオが、満面の笑みで走り寄ってくる。その奥では手のひらを広げて天高く腕を伸ばすトキの姿が見えた。その顔に浮かぶ嬉しそうな笑顔を、私は初めて見た気がした。
その日、アイゼン国の誰もが空を見上げた。
豆腐屋のお爺ちゃんも、呉服屋の女将さんもミヤビちゃんも、キッシュもロウェル爺ちゃんもミズノ婆ちゃんも、ユリウスでさえも外に出てその身に雨を受けた。
子供達はびしょ濡れになりながら外を走り回り、犬や猫までもが雨と戯れた。
その日、アイゼン国全土に降り注いだ恵の雨はのちに、『時雨日』として暦に名を残し、その日には必ず感謝の気持ちを込めた供物が各家庭で天に向けて捧げられることになる。
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