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さよならサワナサワナ

「それではモルモットさん、奥様、短い間でしたが大変お世話になりました。まだ大変な時期にろくに力添えすることもできないまま、ここを去ることになってしまったことを 本当に申し訳なく思っています」



 玄関先で、見送りに出てくれたモルモットや奥様に私は深々と頭を下げた。



「いやいや。アスカ殿が無事でおられて何よりですぞ。わたしはずっと消火活動にあたっておりましたから、事の詳細を聞いた時はきもが冷える思いでしたぞ。火事は無事鎮火したとはいえ、サワナはまだ何かと慌ただしい。我が家も決して安全とは言えぬでしょう。ここはユーラに戻るのが賢明な判断かと存じます」



 肩を並べて佇むお二人の後方には、新たに雇われたメイド達が新品のメイド服に身を包み、横一列に勢ぞろいしている。



 その姿を見るとあの残酷な出来事が瞬時にフラッシュバックしてしまい、私はあわててその記憶を取り払うように頭を振った。



「ではアスカ殿。ユーラまでの旅路、ご無事でおられることを祈っておりますぞ。ナルシス、しっかりお守りするのだよ」



「分かっておりますとも! このナルシスにお任せ下さい! では父上、母上。お元気で!」



 私と肩を並べて立つ男―――ナルシス・デイ・サワナは今日も輝くプラチナブロンドの髪をふぁさりとかき上げて、自信に満ちた笑顔を夫妻に向けた。



 そう、この男。実はモルモットにもないミドルネームがあった。なんでも南の大国パラガスに親しい友人がいて、たいそうな権力を持ったお貴族様らしい。そのお貴族様から親友の証にとミドルネームを賜ったのだとか。



 ナルシストと気の合う人間なんてどうせ同じナルシスターズだろう。パラガスにもナルが存在するという、そのどうでもいい情報を私は即座に記憶から抹消した。はい、削除。



 私が目覚めたその日。



 まったく不思議でならなかったけれど、目立った怪我や傷もなかった私の体調はこれ以上ないというほど絶好調だった。そのため、急きょ私達は翌日にサワナを発つことを決めた。



 そのことを耳にしたナルシストは血相を変えて自室に飛び込み、夕飯も取らずに一晩中バタバタガタガタと物音を立てて夢中で何かをし始めた。



 変態の考えることなど理解も出来ない私達は、とりたて気に留めることもなく、それぞれに領主宅最後の夜を過ごしたのだが。



 翌朝、まだ太陽も昇らぬ薄暗い時間にモルモット夫妻の寝室に飛び込んだナルシストは、寝ぼけまなこの夫妻に向かって「父上、母上! 僕はアスカと一緒にユーラへ参ります。未来の妻を守るのは夫となる僕の当然の務めです!」と寝言のようなセリフを吐いた。



 それを聞いた夫妻は眠気を吹き飛ばし、感激のあまり目に涙を浮かべて「よく言った! さすがはわたしの息子だ!」と拍手を送ったらしい。



 そんな茶番のような出来事が私の寝ている間に取り行われていたとは、つゆ知らず。



 寝起きざまにハンカチを片手に涙を浮かべる奥様に「ナルシスのことよろしくお願い致しますわ、アスカ様」などとすり寄られ、再び意識が落ちそうになるのを必死に堪えながら、白目を剥いてあいまいな返事を返したのだった。



 いくら変態気質の持ち主だからって、これでもナルシストはサワナ領主の跡取り息子なのに、そんなに自由でいいの? と思ったりもしたけど、涙を浮かべながらも満面の笑みで送り出そうとしている夫妻に、それ以上いうことは何もないように思えた。



 結局一晩中ナルシストが何をしていたのかというと、荷造りだ。それも馬車一台分の大荷物。そのほどんどがフリフリでフリフリでフリフリなのは聞かなくても分かることなので、その辺はスルーしておいた。



 そのおかげで、馬車を一台ユーラに運んでいけることになったので、私とミカンは安全面を考慮した上でありがたく同乗させてもらうことになった。



 だけど私を驚かせたのはそれだけではなかった。それは勢ぞろいした第四騎士団と共にモルモット夫妻に別れを告げ、サワナの出入り口に差し掛かった時だ。



「あら……?」



 最後にサワナの街並みを目に焼き付けようと、馬車の中から首をのぞかせていたミカンが何かに気付いた。



 その視線が真っ直ぐに伸びた先には、私達を待ち構えていたようにぞろりと立ち並ぶ人影。



「なに?」



 不穏な出来事が立て続けに起きていたため、私とミカンの顔に不安の色が滲む。



 だけどそれは、その人影の中にラーミルさんの姿を捉えるとすぐさま払拭された。



「アスカ殿。一足先に御屋敷を後にしたこと、申し訳ありません。少しやらなければならないことがあったものですから」



「いえ……それはいいですけど……やらなければいけないことって……」



 私のもとへ馬で駆け寄ってきたラーミルさんは謝罪を述べたが、私の視線はラーミルさんを通り越してその奥――ずらりと並ぶ野盗達に向けられていた。



「ザック……」


「……よう」



 なぜだか気まずそうな雰囲気を出しながら視線を向けたザックと、その周りでは何が嬉しいのかニコニコと笑うザックの仲間達。



「ラーミルさん、あの……?」



 ニコニコ顔のザックの仲間達の意図は分からないが、私の顔は青ざめていたと思う。



 もしかして、ザックが私を捕まえたことがバレたのだろうか。


 ザック達もバーグラーと同様に私やヤマトを狙ってことかバレたのだろうか。


 宿屋街で部屋に侵入したのがバレたのだろうか。


 でもモルモットの屋敷ではオスカーさんやテオを助けてくれたし、ヤマトのことだって手は出さないと約束してくれたし、悪魔崇拝も……していた気がするし、悪い連中ではないはずだ。



 その辺でなんとか情状酌量の余地があるはず。



 ザック達がつかまる理由は思い当たることが多すぎて、なんとか刑を軽くする方法を必死に考え始めた時だった。



「この者らがサワナ領主宅で我々の味方をしていたことは知っています。あの混乱の中、ヤマト殿の保護も彼らがしてくれた。本来ならば野盗である以上は見つけ次第、捕縛しなければならないところですが……彼らを連れて行くのには、他に理由があるのです」



「その……理由って?」


「眷属の欠片がいるのです」


「……え?」


「この者らの頭領――ザックが眷属の欠片でした。彼はその力を使ってサワナの大火事を鎮火させた。それほどの力は眷属の欠片としての能力を完全に上回るものです。決して見過ごすわけにはいきません。それに何よりも、ユーラへ同行することは彼らの望みでもある」



 私は驚きのあまり言葉を失った。視線を交えたザックは、ただ何も言わずにそっぽを向いただけだった。









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