ざわめく血統
「あのお方はまだ寝ていられるのか?」
「はい。アスカお嬢様と同じく、あれからずっと目を覚まされません」
サワナ領主屋敷内のホールにて、通りすがったメイドをつかまえてオスカーは声をかけた。
アスカが拉致され、無事救出を果たしてから、三日が経過している。
燃え上がる林の中で、アスカを抱えて姿を現したあの青年は、何も言わずにアスカをオスカーに手渡すと、どさりとその場に崩れ落ちた。
青年の身体には野盗とでもやり合ったのか、頬や腹部に刃物で切られたような傷があり、一旦療養もかねて青年を屋敷へ運ばせたが、それ以降一向に目を覚ます気配がない。
医者にも診せてはみたが、所々深い傷はあるものの、命に別状はないとの見解だった。そのため、あの青年もアスカと同様にただ黙って回復を待つしかなかったのだが、彼の目覚めをオスカーは心の奥で今か今かと待ち侘びていた。
オスカーはあの青年と話がしてみたかった。もちろん、あの林でアスカと彼に何があったのか確認しなければならないという職務上の責任もある。だが、そうではない。
あの日のことではなく、あの青年の生い立ちについて、オスカーは尋ねたい事があったのだ。
「黒髪……か」
オスカーの母は、もともと貴族階級の娘として育ち、縁あって父の元に嫁いできた。
父は長年ユーラ騎士団の副団長を務める強者で、周囲からの信頼も厚く誰からも慕われるような人間だったが、長年の戦歴によって負傷した傷が身体を蝕み、昨今多くの人間から惜しまれながらもこの世を去ったのである。
そんな母の髪は金髪でその瞳はエメラルドグリーンであり、父の髪色はブラウンで、その瞳もまた大樹の幹のような強さを宿す栗色だった。
そのふたりの血をひきながら、なぜ自分は黒髪黒目という容姿でこの世に生まれついてしまったのか。
この世界に黒目黒髪の人間がいないという事をオスカーが知ったのは、物心ついた頃だった。
父の影響を受け、騎士養成学校に通うようになってから、陰でこそこそと噂話のネタにされている事にオスカーは気付いたのである。
その原因はこの容姿に他ならなかった。
それからなぜ、自分はこのような容姿なのか、まさか自分は本当の子供ではないのか、そんな疑問と不安が膨れ上がり、ある日オスカーは意を決して父に尋ねたのだ。
父は思いつめた顔をして尋ねたオスカーの気持ちを笑って吹き飛ばした。
『お前は間違いなく私達の息子だ。その容姿はその証だと言っていい。お前のその容姿は確かに珍しいものではある。が、私達の子供でなければ、その容姿には生れつかないのだ。決して、な』
父はそう言って、愛おしそうな視線をオスカーに向けて優しく頭をなでた。
それから父はオスカーが生まれた日の話を聞かせてくれた。実に大勢の人間が出産を祝ってくれたこと、そこには先代の御当主様も奥方様も駆けつけて来てくれたのだと。
オスカーの容姿を一目見たおじい様とおばあ様は感極まって泣き出したのだと、笑いながら語った。
そして最後に、『お前の誕生は我がベッドフォード家の誇りだ』と、そう言った。
思い出を語る父の顔はとても穏やかで、嘘偽りを語っている様子は微塵も感じられなかった。
見事にオスカーの不安を払拭した父のお陰で心は晴れやかなものとなり、オスカーはそれ以降、容姿のことを気にするのはやめた。
誇りだと言ってくれた父の期待に応えたい。そう思えばこそ。
だが、伝承の巫女が現れたあの日。アスカを助けた青年を見たあの時。
何か「繋がり」のような物を感じたのだ。それは容姿だけのことではない。自分の中に流れる血がざわざわと落ち着かない。そんな表現しようのない何かを、あの青年にも感じる。
考え事をしながらも、オスカーの足は自然と青年のいる部屋へと赴いた。階段を上った先の目的の部屋の前で、メイドが荷物を抱えたまま呆然と立ち尽くしている姿が目に入る。
その様子にオスカーは眉を寄せた。
「どうかしたのか」
「あ……オスカー様。それが……」
メイドがオスカーに気付き、ハッとしたように顔を上げる。それから困ったように眉を寄せて、部屋の中に視線を移した。
「傷の手当をしに来たのですが、いらっしゃらないのです」
「いない?」
部屋の中を覗いてみればメイドが言う通り、ベッドの上に寝ているはずの青年の姿はなく、綺麗にたたまれた毛布と枕が目に入る。半分開かれた窓から入り込む心地よい風が、純白のカーテンを絶え間なく揺らす、そんな光景しかなかった。
「どこに行かれたのだ」
「分かりません。今朝までは確かにいらっしゃったのですけど」
オスカーは踵を返し、玄関を見張る騎士の元に赴いた。
林で遺体を確認したが、その中にはバーグラー本人と思われるものもあった。たが残党がいる可能性も含め、今も尚、集結した第四騎士団はサワナ領主の屋敷に厳戒な警備体制を敷いている。
所かしこに騎士がいるのだ。誰かの目には止まっているはず。だが、オスカーのそんな考えをあざ笑うように、いくら青年の姿を見かけなかったかと尋ねてみても、騎士やメイドはみな首を横に振るだけだった。
「どういう事だ。一体どこに行った」
「隊長! 来て下さい。アスカが目を覚ましました!」
呆然として呟いたオスカーの元に、テオが嬉しそうに駆けて来る。
「アスカが? そうか、それは良かった。時にテオ。おまえ、あの青年がどこに行ったか知らないか。部屋にいないのだ」
「知らないですね。ずっと寝てたんじゃないんですか? それより、ヤマトなんですけど……」
「ああ……捜索は続けているのだが、まだ見つからない」
ルドルフからヤマトが逃げたと報告を受けてから、オスカーは騎士団の何人かをヤマトの捜索にあてていた。
バーグラー一味はアスカだけでなく、ヤマトも狙っていた。もしや林にヤマトの遺体もあるのではと、くまなく捜索してみたが、それらしいものを見つけることは出来なかった。
行方不明になったヤマトのことを、どのようにアスカに告げるべきか。
顔を曇らせたオスカーの向かいで、不意にテオの視線がオスカーの肩越しに向かって動いたかと思えば、その顔が弾かれたように輝きだした。
「ヤマト!」
「何?」
叫んだテオが駆け出す。オスカーが驚いて振り返れば、どこから現れたのか、そこには見慣れた金色の瞳を持つ、あの黒猫の姿があった。
「おまえっ! どこ行ってたんだよ! 心配したんだぞ!!」
ヤマトを抱き上げて怒りながらも、テオは笑顔で涙を浮かべたのだった。




