目覚めと共に発覚したナルシストの悪事
目に映る世界は暑く、紅い揺らめきで満ちていた。
額や首筋に大粒の汗が流れ落ち、四方八方を取り囲む火の手は、今か今かと待ち侘びるように、その手を私へ向かって伸ばし続けている。
小屋中の酸素を糧として蠢く炎は、吸い込む空気をも熱して喉を焼く。手首に重くのしかかる鉄枷は、熱をもって私の皮膚を焼き、その痛みに耐えかねて涙が溢れた。
ちりちりと皮膚が焼かれる感覚と、熱せられた空気をかろうじて少しずつ取り込みながら、意識が朦朧とし始めた私の耳に、誰かの声が遠くに聞こえた。
私は声にならない声で応える。
その声が誰のものだったのか、思い出せない。
だけど覚えているものもある。
それは私を見つめる黄色い瞳。お月様のように明るい、黄色い瞳が私を覗き込んでいた。
私は尋ね、彼は答えた。
__我の名は——
「ヤマダさん……」
良く知る声が近くで聞こえて、私はその声で目を覚ました。
その声が自分の声だったと気付くのに時間はかからなかった。
せっかく気持ち良く寝ていたのに、自分の寝言で起きてしまうなんて、すごく勿体ない気分になって私は小さくため息をつく。
「自分の寝言で起きるとか最悪……」
「巫女様……?」
不意に真横からミカンの声が聞こえたと思ったら、途端にガバッと勢いよく抱きつかれた。
「ぐえっ! ミ、ミカン! は、離し……」
「巫女様あああっ! 良かった! 良かったですぅっ!」
「な、何!? ちょっと落ち着い……く、苦し! 死ぬっ! 死ぬぅっ!」
「はっ……! も、申し訳ございません!」
白目を剥いて死にかけた私に気付き、ミカンは首に回した腕を慌てて外した。
「ゴホッ、い、いいのよ。大丈夫……」
首をさすりながら、そう言ってミカンを見ると、ミカンはぼろぼろと大粒の涙を零し、口元を抑えて嗚咽を押し殺し、肩を揺らして泣いていた。
ええ!? なんで泣いてるの!?
私は目を丸くして口も半開きに固まった。
可愛らしいミカンがぼろぼろと泣く様に動揺する私は、今なら女の涙に弱いという男の気持ちが分かるような気がした。
「ミ、ミカン……ちょっと、どうしたの? 私なら大丈夫よ。ほら、なんともないから!」
わけも分からずに必死のフォローに入る私には見向きもせずに、ミカンはブンブンと首を横に振る。
「いいえ! 巫女様がこの様な目に遭われたのは、ミカンの責任でございます! 決してお許しになってはなりません!」
「別に大した事じゃないわよ」
確かに寝起きで抱きつかれて首を締められれば驚くけど、そんなに泣くような事じゃ……
「何を仰っているのですか! 巫女様は何をしでかすか分からないから、決してお側を離れるなと、あれほどミズノ様から言われ……」
バンッ!
「アスカッ!」
「ひいッ!」
何やらミカンが不審な台詞を吐いたと思ったら、扉をぶち破る勢いでナルシストが姿を現した。
あいも変わらず、襟元から胸元から袖口やらにフリッフリのフリルをてんこ盛りにした、中世ヨーロッパのお貴族様みたいな格好をして、走って来たのか、はぁはぁと息を荒くしている。
そのナルシストの目尻が、私を見つけた途端に床に付くんじゃないかというほど垂れ下がり、瞳はうるうると潤み出した。
はぁはぁ言いながら目尻を垂らし、目を潤ませるナルシストは、正直言ってイッちゃってるようにしか見えない。
「な、ナルシ……」
「アスカああああッ!!」
「いっ、いやああああっ! ミカン——ッ!!」
目をギラつかせ、奇声を発して飛びかかろうとしたナルシストに、この上ない恐怖を感じ、絶叫した私の耳にサスペンスドラマの刑事のような、ピシリとしたミカンの声が響く。
「そこまでです!」
「な、なんだい君は!? なぜ僕の行手を阻む!」
「あなた様が夜な夜な行なっている悪事、このミカンが知らないとでもお思いですか!」
「なんだって!?」
「私は知っているのですよ。あなた様があの木偶人形にアスカという名前を付けて卑猥な格好をさせ、ご自分のベッドに入れて添い寝している事を!」
「変態!!」
思わず悲鳴をあげた私の前で、ナルシストは青ざめた顔でふらつきながら、首を横に振って後ずさる。
「な、なぜその事を!? ち、違うんだ、アスカ! 確たる証拠はないはずだ! これは、僕達の仲を引き裂こうとする彼女の陰謀だよ! 信じてくれ、アスカ!」
陰謀って。あなたもう認めてるし。
まるで三流俳優の犯人役のような言い訳をするナルシストに、私は永久凍土の氷山よりも冷たい視線を送る。
「な、なぜそんな目で僕を見るんだい……?」
「証拠ならございます」
「何!?」
そう言うと、ミカンは部屋の隅から何かを引きずりながら持ち出して来た。
「そっ、それはっ!」
「見るに耐えかねて、先ほどナルシス様のお部屋から拝借して参りました」
拝借って、ミカン。許可なくそんな事したら泥棒よ。
だけど、そんな私のツッコミは目の前に現れたその証拠を見て吹き飛んだ。
人型等身大のその木偶人形には、黒い糸で作った腰丈ほどのカツラが被せられ、その上には猫耳のカチューシャが付けられていた。
フリル満載のメイド服は、股ギリギリのミニスカートで、こんもりと盛り上がったふたつの胸にはクッションが詰め込まれて、大きく開かれた胸元に谷間を作り出している。
なぜ胸の部分にだけクッションが詰め込まれているのか、私は自己防衛のためにそれ以上考える事をやめた。
「これだけでも十分に卑猥な装いですが、この方の悪事はこれだけではありません!」
「いや、ミカン。それ以上は私……」
「さあ、ご覧下さい! これがナルシス様の最も許されぬ悪事でございます!」
そう言ってミカンはミニスカメイド服のスカートをバサリとめくりあげた。
「やめてくれええええ!」
ナルシストの絶望の悲鳴が屋敷中に響き渡る。
さらけ出された木偶人形の下半身には、レース仕立てのきわどいパンティが、隠された秘宝のように存在していた。
「お分かりですか、巫女様。ナルシス様はこのような格好をさせた人形を夜な夜なご自身のベッドに連れ込んで、一体ナニをされていたのか」
「ミカン」
「はい、巫女様」
「今すぐに燃やして来なさい」
「かしこまりました」
魂が抜けたように放心するナルシストに、勝ち誇った顔を向けてフッと小さな笑みをもらし、ミカンはそう短く返事をすると、ずるずると木偶人形を引きずりながら部屋を後にしたのだった。
久しぶりに笑えるシーンを書きました(笑)
一緒に笑ってくれる読者の皆様、ありがとうございます。
これからも更新頑張りますね!
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(*>ω<*)♡




