自責
「アスカは?」
「寝ている。体には傷ひとつないから、疲れて寝ているのだろうと医者は言っていた。今は回復を待つしかないだろう」
「そっか……でも無事で良かった」
サワナ領主屋敷内の一室で、オスカーとテオはベッドで眠るアスカに心配そうな視線を向ける。その傍らには涙ぐむミカンの姿があった。
「巫女様……」
「あれほどの事があったのだ。無理もない。今はゆっくりと休ませてやろう」
「そう……ですね。私、たらいの水を交換して来ます。時折、うなされているようで、汗をかかれるので……」
「ああ」
席を立ち部屋を後にするミカンから視線をアスカに移し、オスカーは眉を寄せる。
今は寝息ひとつ立てずに死人のように眠るアスカは、ミカンが言うように時折うなされる事があった。
領主の館で起きた野盗による虐殺、拉致、大豆畑の大火事。どれひとつ取っても大ごとだ。
どんな状況でも冷静さを欠かさないように、騎士として日々鍛錬を積んでいる自分達とは違い、アスカには驚きの連続でよほど精神的に負担がかかったに違いない。
「護るといいながら、このザマだ……」
影を帯びたオスカーの口元に歪んだ笑みが浮かぶ。
だがこの場には彼を咎める者も、慰めの言葉をかける者もいなかった。テオも同様に顔を歪めて視線を落とし、自分の不甲斐なさを、無力さを噛みしめる。
「あと一歩遅かったら、どうなっていたか分かりません……」
突然、自分達の元へ飛び込んで来たアスカの精霊に目を白黒させながらも後を追いかけてみれば、バーグラー一味はみな焼死体となってそこら中に転がり、周辺の小屋もひとつ残らず焼け落ちた後だった。
彼らにはそこで何が起きたのか分からない。
けれど、あの青年が小屋に捕らえられていたアスカを救ってくれた。
「彼に感謝しなければならないな。今はどうされている」
「客間で休んでもらっています。大豆畑も無事に鎮火して、ラーミル殿が現場の指示を引き継がれるとのことで今向かっています。じきにモルモットさんも屋敷にお戻りになられるでしょう」
「そうか。御当主様への報告もしなければならないからな。では、先に私達だけでも礼を言って来よう」
「はい」
眠るアスカの髪をそっと撫でて、オスカーは歪めた表情を引き締めて扉に向かう。テオも出来ればこのままアスカの傍にいたいという思いを無理やり拭い去り、顔を引き締めるとオスカーの後を追った。
「アスカあああああああっ!!」
ドアノブに手を伸ばしたオスカーを跳ねのけるように、バンッと大きな音を立てて扉が開かれたかと思えば、緩やかな金髪ウェーブが靡いて目の端をかすめた。
「おいっ!」
突風の如き速さでオスカーの脇を通り抜け、祈るようにベッドサイドに膝をつき、アスカの手を握り締めるナルシスに、テオが驚いて声をあげる。
「てめえ! アスカは疲れて寝てるんだ。その手を離せ!」
「ああ……アスカ。可哀そうに。なぜ君がこんな目に……それもこれも、頼りにならない護衛なんかがいるからだろう。僕なら決して君をこんな目には合わせないよ!」
「な……」
テオやオスカーにチラリと横目で視線を流し、刺すように放たれたナルシスの言葉に、二人は思わず歯を噛み締めて押し黙った。
「彼らは、君に危険が迫っていることを察知出来なかった。実に無能な人間だよ。こんな体たらくを働いたのが、この国の騎士だなんて嘆かわしいよ」
「てめえ! 言わせておけば!」
「やめろ、テオ。彼の言うように、我らは護衛としての任務を全う出来なかった。責められても仕方のないことだ。この責任はユーラに帰還次第、取らせて頂く。それまでは、任務を全う出来るように気を引き締めていればよい」
オスカーの落ち着いた声は、テオの耳には入らなかった。ぎりぎりと歯噛みしてナルシスを睨み付け、テオは叫ぶ。
「おまえだってバーグラーに睨まれて、みすみすアスカを連れ去られたじゃねーか! 何も出来なかったのは同じだ!」
騎士としてのプライドを傷つけられ、テオは悔しさに涙を滲ませて怒りを露わにした。
なにもかもが力不足。そんなこと、嫌と言うほど分かってる。
バーグラーの仲間に隊長が殺されかけた時も、やめろというのに危険を顧みずに飛び出して自分の命を危険にさらした時も、結局は自分の力じゃ何も出来ず、他人に救われて生き延びた。
自分の身すら守れない軟弱な自分に腹が立ち、自分の手でアスカを救出することも叶わなかった現実に打ちのめされる。
テオとて、オスカーが言ったように責任を取る覚悟は出来ている。
だけど、それをナルシスの口から責められるのは納得がいかない。
あれほどアスカに好意を示し、結婚という言葉を口にしたナルシスは、ここにいる誰よりもアスカを護るべき立場にあったとテオは認識していたからだ。
「確かに僕は何も出来なかった。だけどね、君たちは気付いていたのかい? アスカが猫を探し回っていたと嘘をついていたこと」
「嘘?」
「そうだよ。髪の毛や衣服についていた藁。それだけじゃない。あの時、彼女の手首には縄で縛られたような痕があった」
「なんだと?」
驚きの声をあげて目を見開いた二人から視線を背け、ナルシスはアスカを見つめる。
「何か事情があって隠したいのだと僕は悟ったよ。だから今まで黙っていたんだ。だけどあの時、もしもその事に君達が気付けていたなら、あの時点でアスカが何者かに捕らわれていた可能性を含め、危険察知は出来ていたはずだ。君達はたった二人の護衛では彼女を護れないと、もっと早くに気付くべきだったんだよ」
まるで子守歌のように滑らかに紡がれたナルシスの言葉は、二人の言葉を失わせるには十分なものだった……。




