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救出

 家屋が燃え盛る風に乗って紅い火の子が舞い上がり、少し長めの黒髪が風に煽られてはためく。


 閉じたまぶたをそっと開けば、月より煌々とした金色の瞳が姿を現した。


 目の前では、窓を突き破った炎が勢いを増してうなり声をあげながら、今にも小屋全体を飲み込もうとしている。


 ヒトの形をとったヤマトがすっと右手を扉に向かって掲げると、目に見えない圧力が勢いよく扉へと向かい、バンッと大きな音を立てて閉ざされた扉を吹き飛ばした。


 火の手は小屋内部全体を包み込み、上下左右から暴れるように動き回っている。


 その中で、ヤマトは炎の揺らめきの中に霞むアスカの姿を捉えた。


 炎に臆する様子もなく、ヤマトは小屋の中へと迷わずに進み出る。


 十字に(はりつけ)にされたアスカの首はがくりと項垂れて、綺麗に着つけられた着物はあちこち乱れていた。


「アスカ」


 近寄り、アスカの手首にはめられた枷や足首を縛っている縄に視線を移す。


「アスカ」


 意識を失っているアスカの頬に手を伸ばし、再びヤマトは問いかけた。


 閉ざされた長いまつ毛の端から涙の筋が薄汚れた頬に浮き上がり、形の良い唇の端は切れて血が滲んでいた。触れた頬は腫れ上がって赤黒く色を変え、彼女が何をされたのか一目瞭然だった。



 切れた唇にそっと指を伸ばし、ヤマトは痛々しいアスカの惨状に顔を歪ませる。


 怒りを乗せた金色の瞳の輝きが深みを増し、アスカの細い手首を拘束している重厚感のある錆びれた枷に鋭い眼光を向ければ、パキンと軽やかな音を立てて枷は弾け飛んだ。


 両手首の枷を外し、足首と腰を縛り付けていた縄はヤマトが軽く人差し指を上向きに動かせば、風が鋭い刃となってそれを断ち切る。


 自由になったアスカの身体は長い黒髪を揺らしながらヤマトの胸元へと向かって倒れ込み、ヤマトは悲痛な面持ちで力を失った彼女を受け止めた。


 いたわるようにアスカを抱きかかえたヤマトが入口をくぐり外に出ると、待ちかねていたように小屋は音を立てて崩れ落ちた。


 ヤマトは地面にそっとアスカを下ろして寝かせると、右の手のひらをそっと彼女の頬にかざした。


かざした手のひらから淡い金色の光が浮かび上がり、頬や唇をなでるように動かせば、腫れあがっていた頬や切れて血の滲んだ口元が綺麗に修復されて元のアスカの美しさを取り戻す。


「ん……」


 気を失っていたアスカのまぶたが震え、何度か小さく瞬きを繰り返しながらその眼が薄く見開かれる。


「アスカ。気が付いたか」


「わた……し……」


「どこか痛むところはないか」


「ここ……は……あなたは、だれ……ですか……」


 顔や体を煤で黒く汚したアスカの視線はまだどこか虚ろだ。視点が定まらず、夜色の瞳は小刻みに揺れ動いている。


「我はヤマトだ……お主を助けに来たのだ」


「ヤマ……?」


 周囲で燃え上がった小屋が次々と崩れ落ち、野盗たちの悲鳴が混ざり合う。その騒音にふたりの声はかき消える。


 今にもまた途切れそうな意識の中でアスカが聞き取れた言葉は、ほんの少しだった。


「ヤマ……ダさん……あり、が……」


 絞り出すようなアスカの言葉が途切れ、再び彼女は意識を手放した。


「愚か者が……ヤマダではなくヤマトだというに」


 ぐったりとして横たわる彼女の頬をそっと指先で拭い、ヤマトは小さな声でそうこぼした。


 怒ったり泣いたり笑ったり、いつも生き生きとして豊かな感情を見せていたアスカのこの惨状を見つめるヤマトの表情が歪む。


 自分の胸を締め付け、苦しめるこの痛みの原因が何者なのか、ヤマトには理解できない。


 けれど、理解できている感情がひとつだけある。


 いつものように元気になって欲しいという思いが。


 頬にかかった髪をそっと指で取り払い、ヤマトは瞳を閉じてゆっくりとアスカに近づき唇を重ね合わせた。


 ヤマトの身体を金色の光が包み込む。その光は彼の瞳の色と似て非なる柔らかなものだった。


 周囲の喧騒を遮断し、静寂がふたりに訪れる。


 優しく満ちる溢れる慈愛が周囲の空気を変え、飛び回っていた炎の精霊の瞳から金色の輝きは失われ、精霊はふたりの傍に舞い降りると静かに様子を見守った。


 燃え上がる小屋を囲む林の木々たちが、歌うように葉を揺らす。空へと飛び立った多くの鳥たちは周囲の枝に羽を落ち着かせると、そのつぶらな瞳をふたりへと向けた。


 さわさわと風が鳴く。


 林全体から仄かな淡い翠の煌めきが立ち上がり、ヤマトが身に纏った金色の光はそれに反応するように大きく膨らみ、アスカの身体をも包み込む。


 柔らかな風がふたりを癒すようになびいて、黒く汚れたアスカの身体から汚れは消え失せ、艶やかさを取り戻した黒髪が風に乗ってさらさらと流れた。


 ゆっくりとアスカから唇を離したヤマトの耳に、大勢の人の声が飛び込んでくる。


「アスカーーッ!!」


 あの声はテオだろう。


 声のした方に視線を向ければ、炎の精霊に先導されてこちらに向かって来るオスカーや騎士たちの姿が小さく映る。


 ヤマトはアスカを抱えて立ち上がり、必死の形相でアスカの名を呼び続ける彼らに向かって歩み始めた――。














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