アイゼンの悲劇
砂漠地帯を抜けると巨大樹の森へ突入。
そこは首がもげそうなほど上を見上げても先端がみえないほどの高い木が、みっちりと生い茂る森だった。ひとつひとつの枝も樹齢何百年の大樹みたいに太い。
あれほど眩しかった太陽は空を覆い尽くす葉で見事に隠れてしまっていたけど、涼しくて気持ちのいいところだった。静かだし涼しいし、蹄のパカパカという音が子守歌になってしまって何度か意識が飛んで落馬しそうになってしまったくらい。
そのたびにヤマトとテオから「起きろ!」とハモった声が突き刺さった。
そうしてこっくりこっくりしながら、ようやく緑のトンネルを抜ければよくやく待ち望んだ光景が広がった。ふわっとした風が全身を吹き抜け、かすかに甘い花の香りを運ぶ。
わたしはひらけた視界に目を輝かせる。
広々とした緑の大地に真っ直ぐ伸びた街道。むきだしの土に小さな石が転がるような畦道だったけど、それでも人為的に整備された道であることに間違いはない。
人為的な力を目の当たりにしたわたしの喜びは計り知れない。
自然が嫌いなわけじゃないのよ。ただずっと砂漠にいたから少し恋しかっただけなの。
「やったああ! 道だわっ!」
バンザーイ!! と両手を上げて喜びの声を上げると周りの騎士達から笑い声があがった。
「地面見て喜ぶやつ、俺初めて見た」
周りの騎士達に混ざりながらテオはそういったけど嬉しくて仕方がない。
右も左も分からない砂漠であてにならない黒猫様と一緒だなんて。
一時はあの砂漠で干物になるかもしれないと本気で絶望したんだから。
でも、ここは違う。
街道だ。そのうち街並みが見えてくるはず。
わたしは旅行好きだった。
知らない土地を歩み、ご当地グルメに舌鼓を打つ。
それって最高にしあわせなこと。
異世界だろうとそれは変わらない。
ここにはどんな街並みが広がっているんだろう。
期待に胸を膨らませるわたしは、気付けば鼻歌なんか刻んでしまうほどには浮き足だっていた。
それからしばらく進んだ後に、遠く集落のような物が見えた。
きたきた!!
だけど目を輝かせていたわたしの顔は集落に近づくにつれて曇っていく。
なんなんだろう、これ。
わたしは散乱した黒い丸太を手綱を引いて避ける。
避けた先にまたひとつ。
森をでてから街道を挟んでいたのは見事な緑の絨毯だった。
どこまでも広がる美しい緑。ピンクや黄色の小さな花々が風に揺れて、ここでピクニックなんかしたら最高だろうなって考えていたのに。
だけどいまは所々にえぐられた剥き出しの土が顔をあらわし、焼け焦げた真っ黒な丸太が乱雑に散らばり始めていた。
その様子を眉をひそめながら見渡していると、ふいに悪臭が鼻腔を突いた。
なんの臭い。これ。
「隊長。やはりこの場所は迂回した方が宜しいのでは」
「このルートが最短だ。迂回する必要はない」
「しかし……」
オスカーさんに何かを訴えていた騎士が後ろを振り返り、不安そうにわたしの様子を窺う。思わず鼻を塞いだわたしは首をかしげてみせた。
「なあ、アスカ。あのさ……あんまり見るなよ」
「なにを?」
ついさっきまで朗らかだったテオの声は暗く、一転して真剣な表情だった。
わたしを見つめる茶色の瞳には先ほどの騎士と同様に不安そうな色が滲む。
どうしたの?
そう尋ねようとして――わたしはハッと前に向き直った。
臭気が急に強くなり、むせ返るような悪臭がわたしの体を包み込んだからだ。
わたし達は集落に足を踏み込んでいた。
いや、正確には集落だったものに、だ。
遠目に集落だと思われたそこは、真っ黒く焼け落ちた家屋がなんとかその原形を保ち、建ち並んでいるものだった。
――火事?
炭化した家屋はほとんどが崩れ落ち、大黒柱だけがかろうじて残っている家も少なくない。まだ薄らと煙を空に伸ばす家もあって、火災が起きてからそれほど時間は経っていないように思えた。それほど大きな集落ではないようだけど、火災を免れた家は見当たらない。どこまでも真っ黒な家屋が奥へと続いていた。
確かに集落が丸ごと焼け落ちる惨状は衝撃的だ。
けれどわたしは、この程度でキャーキャー騒ぐような乙女ではない。
テオはそれを心配したのかしら。
そんなことを考えたときだった。
そこに、足が見えたのは。
……え?
家屋が崩れて焼け落ちた壁の陰に、足を見つけた。
真っ赤な、足。
わたしはそれを見つけて目が離せなくなってしまった。
あれ、ひとの足よね。倒れているの?
無意識に馬の頭をそちらに向ける。
「アスカっ!」
後ろでテオが叫ぶ声が聞こえたけど、わたしの視線はそれに釘付けだった。
馬を進めて家屋の近くに辿り着くと、崩れかけた家屋の側に倒れているひとを見つけた。逃げ遅れたのだろうか、重そうに重なり合った木材の下敷きとなった手足と、かろうじて上半身がみえた。
衣服は焼け落ち、全身が泥や炭で汚れている。見えた足は皮が剥けて真っ赤に焼けただれていた。血の滲んだ胸の曲線から女性なのかと思う。
その遺体を目の前にしてあたまが真っ白になる。
呆然としながら馬を下りて遺体の側に立ち、身体を覆うように積み重なった焼けた木材に手をかける。
だって凄く苦しそうで。
はやく取ってあげなくちゃ、と。
わたしはそろそろと手を伸ばし、ひとつずつ持ち上げる。
手の震えが止まらなかった。ほんのりと温かい炭化した木材が崩れてしまわないように、ひとつひとつ丁寧に取り除いて、終いには苛立って力任せに放り投げた。
どうしてこんな。いったいどうして……
どうして死んだ後にも苦しまなくちゃならないの。
気付けば、わたしは歯を食いしばって泣いていた。
溢れる涙を手で拭いながらひとりで黙々と作業を続ける。
「アスカ……」
すぐ後ろから声がした。
テオだとわかる。だけどテオはそれ以上何もいわなかった。
彼女の亡き骸から木材をすべて取り除いて、わたしはその場にへたりと座り込んだ。
……少しはラクになったかな。
わたしは首に巻いていたスカーフを取り、綺麗に広げて体に被せてあげた。
その無残な亡骸をしばらく呆然と見つめ、背後に感じる気配に向かって口をひらく。
「なんなのこれは。どういうことなの、テオ」
自分でも信じられないくらい低い声がでた。
「それは…」
「野盗に襲われたのだ」
テオの声に重ねるように聞こえたのはオスカーさんのものだった。
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