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新たな恩恵

「あ? 役立つ恩恵だ?」



 雑踏の中、掻き消える事なく耳に届いたその声にザックは眉を寄せた。



 この喋る不気味な猫……導く者とか言ったか。



 巫女の(かたわれ)としているのは分かったが、恩恵を与えるだと? そんなことまで出来るっていうのか?




 __左様。お主の持つその力はそもそも神々の力の片鱗である。その元を辿れば容易いことよ。




 そう言ったヤマトの黄金色の瞳が、一際(ひときわ)その輝きを増してザックをとらえる。だが、見ているものはザックではなく()()()()



「へぇ。そりゃあ、もっとすげぇ恩恵貰えるってんなら有り難く頂戴してやるぜ。ただし時間がねえ。今すぐ寄越せ」



 背中越しに大豆畑を飲み込まんとする炎の熱を感じながら、ザックは口早にそう返した。




 __ならば額を寄越すが良い。




「額だぁ? てめ、引っ掻いたりしねぇだろうなあ?」



 __……貴様までアスカと同じ事を言いおって。そのような事はせぬわ! 時間が惜しいのは我も同じこと。早くせぬか!



 ヤマトの目がくわっと大きく見開かれ、ザックは胡散臭げにヤマトを見ながら近付くとひょいと持ち上げた。



「ぜってー引っ掻くなよ。引っ掻きやがったら、あの中に放り込んでやるからな!」



 そう言って燃える大豆畑に視線を向ける。




 __愚か者が! そのような事をしてみろ。永劫に続く闇がこの世に訪れるであろうぞ!




「へいへい。ほらよ」



 ヤマトの言葉を流しながらザックは自分の額を突き出す。神々の遣いだというこの猫を燃やしたら、本当に地獄でも訪れそうだと内心思いながら。



 顔に近付いたヤマトは前足をその額に差し出して触れた。途端にヤマトの全身の毛が逆立ち膨れ上がる。



 抱き抱えていたザックは思わず身構えた。毛が逆立っただけではない。ヤマトの全身が紅いオーラで包まれているのが分かったからだ。



 思わず振り落としたくなる衝動をなんとか堪え、ザックは息を飲む。ヤマトの黄金色の瞳の中で紅い炎が縦に伸びた。深淵の中で燃えるその紅い炎は、まるで地獄に燃える炎のように見える。



 こいつが神々の遣いってホントかよ。


 思わずそんな事まで考えてしまう。



 だがその声は、朗々とザックの()()()()()()()




 __此の者ザックは、彼の水涼の神より恩恵を受けし者なり。水涼の神リュリス、我が言霊に応えよ。此の者に御身の御力を賜らん。




「水涼の神?」



 思わず言葉が漏れた。水涼の神。ザックには聞き覚えのあるものだった。それはかつてアイゼン国に在り、干魃(かんばつ)を癒すためにその恩恵を与えていたとされる神の名前。



 農家を営む人間でこの神の名を知らない者などいない。




 __左様。お主の持つ恩恵の片鱗は水涼の神のものだ。長らくお主が住んでいた土地に、その恩恵の加護があったのだろう。それがお主の中で細く生きながらえておったようだ。微力なもの故、お主には霧程度しか行使出来ぬようだったがな。




 すっと細められた金色の瞳を見つめ、ザックは零れそうなほど目を見開いた。



 あの逃亡の役にしか立たないと思っていた力が、水涼の神の恩恵だった? そんなバカな!



「ふざけんな! 水涼の神の力だと!? そんなもんがあんなら、俺の家族はバラバラになんかならなかった! 妹だって死なずに済んだんだ!」




 年中晴天のアイゼンでは、霧程度の水やりでは田畑に影響をほぼ与えられない。



 土の問題もあったかもしれないが、干魃(かんばつ)を防いだという水涼の神の恩恵さえあれば、田畑は潤っただろう。



 そうすればいくらでも自給自足は出来たはずだ!



 ヤマトを睨み付けて怒鳴ったザックの目の端にキラキラと蒼い輝きが映る。



 ハッとして上を見上げれば、どこからともなく蒼い輝きがザックを包み込むように降り注いでいた。



「なんだ……?」




 __水涼の神が応えたのだ。いくら恩恵の片鱗を身に宿そうとも、巫女の器ではない以上は神々の恩恵を得る事は叶わぬ。だが、我が望み、お主が望んだ。そして、水涼の神が恩恵を与える事を決めた。それは、お主にその力を行使するだけの器があると認められたという事。これから、お主の望むように使うが良い。




「俺の望むように?」




 __左様。神々は悪意ある者の求めに応じることはせぬ。そうさな……まずは新しい力を試してみるがいい。舞台はお主の後ろに整ってあるようだ。




 ニヤリとヤマトが笑った気がした。ヤマトはザックの手の中で身動(みじろ)きして飛び降りると、雑踏の中を颯爽と走り去って行った。




 __神の期待を裏切るでないぞ。




 頭の中で響く声を聞きながら、ザックは走り去るヤマトを呆然と見つめて立ち尽くした。



「お(かしら)!」


「あ?」


「あ? じゃねぇですよ! これからどうするんですかい!? 早くアスカさん探しに行かねーと! あの猫様もどっか行っちまったし、追いかけた方がいいんですかね!?」



 燃える大豆畑とヤマトの消えた方角を交互に見ながら問いかける仲間の言葉にザックは気を取り直す。


 そうだ、呆けてる場合じゃねえ!



「そうだ、アスカを……! いや、ちょっと待て」



 __新しい力を試してみるがいい。



 ザックは大豆畑に向き直る。未だに火の勢いは収まらず、大勢の人間が汗水垂らして必死に消火活動を行っている。中には頭を抱えて泣きながら崩れ落ちている者もいた。



 小さな子供たちが悲鳴のような鳴き声をあげて、必死に親にしがみつきながら、燃ゆる大豆畑を見ている。



「助け……られるのか?」



 その呟きに答えたのは誰だったのか。

 でも確かにザックは聞いた。




 __君が望むなら。




 そう、答えたその声を。





順次一話から読みやすいように改稿を加えて、分割作業行います。

お付き合いくださる方は、ブクマして下さると嬉しいです!

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