裏と裏
皆さんこんにちは。
更新が進まず申し訳ございません。
これからはマイペースな更新に切り替えて行こうと思います。
剣戟の音と喊声が入り混じる混乱の最中。
鍔迫り合いを行いながら、ルドルフとバーグラーは対峙する。
相手を押し剣戟を払い、時には引いて寄せつけつつ徐々にその渦中から遠のいて行く。
お遊びのようなその剣戟の中で、バーグラーはチラリと後方に視線を向ける。
そこに女の姿がない事を確認し、バーグラーはにやりと嗤う。
この戦いが始まる直前に、バーグラーは仲間に女を手渡した。
バーグラーはこのサワナに入ってすぐ、女を拘束する場合を考えて郊外に手頃な隠れ家を見つけておいた。
今頃はこの渦中から抜け、隠れ家に向かっているはずだ。この騎士との戦いはその為の陽動に過ぎない。
「女は行ったようだな」
ガキンと刃を交えながら、ルドルフがバーグラーの視線の先を追い、口の端を吊り上げた。
「ああ。この騒ぎだ。俺らは数がいるからな、この程度の人数じゃいくら騎士とはいえ止められねぇさ」
「ふん、あの火事もお前達の仕業か?」
「ご名答。注意を引きつけたくてね。こんだけ大豆畑があるんだ、多少燃えたところで何も変わんねぇだろうさ」
周辺の連中の動きを注意深く見ながら二人は剣を交え、距離を縮めるたびにひっそりと会話を行った。
見る限り自分と敵対する相手との剣戟で皆手一杯のようだ。
単独同士の戦いならば武が悪かったかもしれないが、バーグラー達は数が物をいう野盗団だ。
しかも今回は依頼料も高額だった為、失敗するわけにはいかないと、その中でも選りすぐりの猛者を連れて来ている。
簡単にやられるわけがない。
「サワナは大豆の産地だ。ここの被害が大きくなれば我々アイゼン国に取って大打撃となり得るのだぞ。陽動にしては、些かやり過ぎではないのか」
そう言ってルドルフは頬骨の奥に沈んだ目をぎょろりと動かし、鈍い光を纏わせる。
そんなルドルフをバーグラーは一蹴し、鼻で笑った。
「今更大打撃も何もねぇだろうが。飢死してる奴なんざぁ、サワナを出りゃあごまんといる。俺たちゃぁ、依頼さえこなしゃあいいのさ。そうだろうが」
暗に国に対しての無能さを責め立てるような言い方をしながら、そう言うバーグラーの目は全く笑っていなかった。
野盗というものは、大概がそんな底辺の生活から離脱したゴロツキばかりだ。
不満の一つや二つは当然あるだろうとルドルフはその濁った瞳をバーグラーのギラつく眼差しに合わせながら静かに考えた。
「その通りだな。その為の依頼料だ。女を捕縛したのは確かめたが、猫もしっかりと捕縛したんだろうな」
「いや、それがなぁ。寸前で逃げられちまってよ。多分まだあの屋敷の中にいるんじゃねぇかと思うんだがよ」
「なんだと?」
御当主様からの命令はあの猫の抹殺だ。
そこを確実に遂行せねば意味がない。
ルドルフは苛立たしげに舌打ちをして顔を顰め、屋敷へと視線を移す。
「あの屋敷の中はどうなっている」
「ああ、騎士が何名かいやがったな。あと俺たちと同種の人間が首を突っ込んできやがって、仲間とやり合ってやがる」
「同種の人間だと?」
「ああ。ザックっていう野盗の一味だ。あいつらとはよく鉢合うぜ、まったく」
忌々しそうに口を歪めながらバーグラーは剣戟を繰り出す。
それを交わしながらルドルフは周りを見渡して状況を確認する。
単なるゴロツキの集まりかと思えば、まともに騎士とやり合っているではないか。
まだ誰も倒されておらず、場は騒然としている。今ならば誰もこちらに意識を向けないはずだ。
「行け。女を殺すんだ。猫はこちらでなんとかする」
「依頼料を半額にされちゃあ、たまんねぇんだけどなぁ」
「ふん、そのまま払ってやる。今だ、行け」
「随分と気前がいいじゃねぇか、じゃあ後は頼むぜ、騎士様よ」
バーグラーは少しだけ目を見開き、瞬きをすると、すぐさまにやりとした笑みを貼り付け、剣を跳ね返した反動で踵を返し建物の影へとその姿をくらました。
それを形だけ追いかけた後、ルドルフはわざとらしくため息を付きながら再び騒動の中へと舞い戻る。
ひとまず女は確保した。
あとは猫を手に入れれば良い。
それからルドルフは剣戟を繰り出しては味方を援護し、騎士としての本領を発揮した。
歳の功とは言え、ルドルフとて長年アイゼン国で騎士として仕えた身だ。
農家の出でありながら、騎士として試験に合格し、長年務めあげてきたその実力は本物である。
その実力を遺憾無く振るい、多少の時間がかかりはしたものの、屋敷外の野盗を鎮圧することには成功した。
事務処理が主な仕事のラーミルは、よほど体力を消耗したのか怪我こそしていなかったものの、ぐったりと疲れた様子で壁にもたれてズルズルと腰を落とし、深呼吸を繰り返しながら天を仰いだ。
その様子を尻目に、ルドルフは屋敷内へと足を踏み入れる。
屋敷外で野盗討伐に成功した騎士が屋内に流れ込み、制圧に加勢してから場が収束するのは、あっという間だった。
野盗の頭が早々に姿を眩ませたこと、それも一つの要因となって、野盗達は蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
ここで目の上のたんこぶでもあるオスカーが、敗死などという事にでもなれば幸運だったが、残念ながら頬にいくつか擦り傷を作る程度で済んでいたようだ。
テオも汗だくでへたり込んでいるものの、生きている。
数で押したはずだが、なぜ生き残っているのか。
内心その強かさに忌々しさを覚えながら、ルドルフはオスカーへと近づく。
「隊長、ルドルフです。ご無事で何よりですな」
オスカーは剣の柄に力を込めて立ち上がる。
めったに疲れなど顔に出さないオスカーだったが、さすがに疲労の色が濃い。
額からは汗がいくつも滴り落ち、艶やかな黒髪が首筋にへばり付き流れ落ち、憂いに満ちたその濡れた瞳は、男色の気がないルドルフからしてみても思わず喉を鳴らしてしまうほどの色香に満ちていた。
「ルドルフ……なぜ、おまえがここに……いや、それよりもアスカだ。野盗の頭が連れ去って行った。おまえは見なかったか」
「立花朱鳥殿ですか。我々も彼女を取り返す為、奮闘したのですが、力及ばず奪われてしまいました。頭まで取り逃してしまった始末。
誠に申し訳ございません」
「なんだ……と」
目を伏せ項垂れて見せると、オスカーの目が驚愕に見開かれる。
ふらつく足で立ち上がると、慌てたように外へ向かって走り去って行く。
それを見届け、ルドルフはゆっくりと乱雑に荒れた屋敷内を見渡した。
__猫はどこだ。
野盗の死体やこの屋敷のメイドと思われる者の死体があちこちに転がり、その隙間を縫うように視線を流すと、ふとある男と視線がぶつかった。
銀色の髪をした男。
その身なりから野盗の一味のように思えたが、とくに悪びれて逃げ出す様子もなく、こちらをじっと見つめている。
その視線に違和感を覚え、ルドルフは顔を顰めた。
「なあ、おっさん」
野盗を貫いたその剣をずしゃり、という血肉を裂く音を立てて抜き去ると、空を一振りして血を払う。
おっさん、などと言われたのは初めてで、ルドルフは憮然としながら受け応えた。
「わたしのことか、小僧」
「ああ、そうだ。あんたさあ、さっき隊長さんに謝ってただろ。アスカと頭を逃して申し訳ありませんでした、ってな」
「それがどうした」
乱れた髪を手で掻き上げながら男はニヤリとした笑みを貼り付けると、その視線に氷のような冷たさを宿し、射抜くようにルドルフを見つめて言い放った。
「謝る時はな、もう少し感情込めて言った方がいいぜ。あれじゃあ、まるでなんとも思ってねぇみたいだ」
その言葉にルドルフは目を見張った。
その言葉の裏にある意味を、理解して。
「アスカの命を狙ってる奴ってのは、もしかして、てめぇか?」
ゆっくりと向き直った男の瞳は、真っ直ぐにルドルフを捉えた。
そして再び殺気が男の身体を包み込み、刺すような空気の中でルドルフは言葉を失い、ただ男を見つめ返すことしか出来なかった。




