死闘
階段上から現れた男を見つめる。
他の男達と体格が一回りも二回りも違うその男の顔には、大きな刀傷があった。
その肩には大鉈を担ぎ上げ、にやにやとした笑みを浮かべながら一歩一歩降りてくる。
「何者かと聞いているっ!」
臨戦状態のまま、オスカーさんが声を張り上げ、男を睨みつけた。
後方からはじわじわと男達に詰め寄られ、テオ達と密集する状態になる。
互いに背中を合わせ、私に触れたトキの身体がガクガクと震えているのが分かった。
「君達! 一体何者だか分からないけどね! ここはサワナ領主宅なんだよ、それを分かっての狼藉かい? こんなに僕の可愛いメイド達を惨殺して、ただで済むと思ってないだろうね?」
ずいっとナルシストが前に進み出て、メイド達の哀れな姿に目を背けて口元を覆い、周囲を取り囲んだ男達に向かってそう言うと、一斉に笑い声が起こった。
「ぐあっはっはっはっは! 坊ちゃんよ、よーく分かってるつもりだぜ? ここはサワナ領主の家で、そんでそこにいる女と猫が俺らの今回のターゲットってこともなあ」
「ターゲットだと!?」
女と言われて思わず顔を上げると、頬に傷のある男と視線が交わった。
ぎらつく視線が私を捉え、虎視眈々と獲物を狙っている。
「猫……ヤマトも?」
なぜ、私を狙うのか。
なぜ、ヤマトを狙うのか。
皆目見当もつかない。
だけど、その時ザックが言ったあの言葉が脳裏を掠めた。
__気を付けろ。おまえも、その猫もだ。
何か知っていたんだろうか。
もしあの場で詳しい話を問い詰めていたら何か変わった?
どうしてこんなに、人が死んでいるの……?
私やヤマトが目的なら、私達だけを殺せばいい。他の人間を殺す必要がどこにあるの?
恐怖と煮え繰り返るような怒りがごちゃごちゃと混じり合って、私の瞳からは涙が溢れた。
「俺たちゃあ、金を貰って商売してんでね。わりぃが命は貰うぜ、お嬢ちゃんよ。他の奴らも……邪魔するってんなら……斬るぜぇ」
大鉈にベロリと舌を這わせてそう言うと、一斉に周りの野盗共が武器を構える。
「待って! 待ちなさいよっ!」
__アスカっ!!
ヤマトを抱きしめる腕が震える。
涙が止まらない。歯がガチガチと鳴る。
だけど、私は一歩前に進み出た。
戦いなんて知らない。
オスカーさんやテオは強いのかもしれないけど、素人目に見たってこの人数差は絶望的だ。
私はぼろぼろと涙を零しながらも、男を睨み付けた。
「他の人達には手を出さないで。私とヤマトが狙いなんでしょう。抵抗はしないわ。だからお願い」
「ほぉう……随分と根性の座った嬢ちゃんじゃねぇの。おまけに美人ときてる。殺すにゃ、ちぃともったいねぇなぁ」
にやりとした笑みを浮かべ、男は私に近付くとそのゴツゴツとした手で私の顔を荒々しく掴んだ。
手加減なしにぎゅうっとアゴを挟まれ、痛みに顔を歪める。
「いたっ……」
「放せっ!」
短く叫ぶとオスカーさんは床を蹴り、勢い良く剣を振り上げて男に斬りかかった。
周辺にいた男達がそれに素早く反応してオスカーさんの背後を襲って蹴り飛ばし、後ろから羽交い締めにすると、腹部と顔に同時に何発も殴りかかる。
ガクッと膝を付いたオスカーさんの手から、カシャーンという金属音と共に剣が零れ落ち、一人の男がオスカーさんの髪の毛を掴んでグイッと引っ張り上げてその喉を大きく晒すと、もう一人の男が喉にナイフを突き立てた。
私は一瞬の出来事に驚愕して目を見開き、喉から血が出るほど叫んだ。
「ぐっ……!」
「オスカーさんっ!!」
「隊長っ!!」
後方を守っていたテオもそれを見て叫び、ギリギリと歯を噛み締める。
「言ったろうが。邪魔するなら、殺すってなぁ。頭のわりぃ騎士だぜ、まったくよぉ」
拘束されて身動きの取れないオスカーさんを見やって男は嗤い、その口が、ゆっくりと開いた__
「殺れ」
「いやぁぁぉぁぁっ!!」
「隊長ぉぉぉぉぉぉっ!!」
私とテオの悲鳴が重なり、密集した輪の中からテオがオスカーさんに向かって飛び出した。
「テオっ! 来るなっ!」
オスカーさんがそれを見て叫び、横から飛び出した野盗がテオの剣をガキンッと受け止める。
その後方からもう一人が斧を振り上げて飛び掛かり、テオに向かって振り下ろした。
「テオーーーーーッ!!」
男の手から顔を背けて振り払い、思わず身を乗り出した私の身体をガシリと男は後ろから羽交い締めにした。
「よく、見てな」
耳元で囁くようにそう言って、私は男の腕の中でもがいた。
「やめてぇっ!!」
「テオッ!!」
トキが泣いて、テオの名前を呼んだ。
その時__
風が、凪いだ。
後方の男達を瞬時に蹴散らして、私達の間を素早くすり抜け飛び出す影。
太陽の光に反射して、銀色の髪がキラキラと輝いた——
ガキィィィン……!!
テオへと振り下ろされたその斧を剣で受け止めて相手を蹴り飛ばし、反転してテオと組み合いをしていた相手に素早く斬りかかり、反動をつけてオスカーさんを拘束していた男を一閃し、状態を立て直しながらナイフを当てていた男を刺し貫いた。
「な……」
男達は何が起きたか分からないうちに、事切れた。
ズバッという音と共に剣を引き抜き、剣を振って血を飛ばすと彼は静かに私達に向き直った。
「なっ……!? お、おめぇぇぇっ!!」
私を羽交い締めにした男が叫び、私は信じられない思いで彼を見つめた。
「よう。無事かよ、アスカ」
「ザック……っ!!」
表情ひとつ変えずに私達を見つめ、その瞳に強い光を纏わせる。
信じられなかった。
なぜ、どうしてここにザックが現れたのか。
なぜ、私達を助けてくれたのか。
でもそんな疑問はどうでも良かった。
オスカーさんとテオを助けてくれた。
それだけで十分嬉しい。
「おいおい。おめぇらはもう帰るんじゃなかったのかい。何邪魔してんだよ、ああっ!?」
「ああ。ちょっと仕事が増えてな。わりぃね、バーグラーさんよ」
口の端を吊り上げて笑い、ザックはそう言ってバーグラーを面倒臭そうに見つめた。
「仕事だぁ? てめぇらの仕事はもう終わったって言ってやがったじゃねぇか」
「ああ、それがなぁ。お前さん達が来るまでは終わってたんだが、来てからまた増えちまってよ。
俺らも参ってんだわ」
「はっ! 何が増えたってゆーんだよ、おめぇ!」
バーグラーが殺気を膨らませて怒鳴り散らすと、周辺の連中も俄かに殺気を纏い、場はこれ以上ないほど緊迫した空気を生み出した。
武器を片手にジリジリとザックにも詰め寄る男達と、その前でオスカーさんを庇うテオ。
場が緊張感で張り詰め、息を呑む事すらも躊躇われた。
だけどその時。
「な、なんだ! てめぇらっ! うわああっ!」
「ああん? なんだぁ??」
屋敷の外から鍔迫り合いの音と、ドゴッ!ガキッ!という鈍い音が何度も聞こえ、悲鳴が上がり、バーグラーは首を傾げて外に視線を移す。
騒音が途絶えると、その先からゾロゾロと新たに男達が姿を現した。
薄汚れた服装、汚い肌、それぞれに武器を持ち、柄の悪いその表情を貼り付けながら、玄関から中へと押し入る。
そんな彼らの風貌は屋敷の中にいる連中と大して変わらない。
だけど__
「あ、あなた達!」
その顔を見て私は顔を輝かせる。
新たに押し入った男達も私を見つけて、表情を崩しぱぁっと笑顔を輝かせた。
「姉さんっ!! ご無事でしたかっ!!」
「みんなっ!!」
それは、あの小屋で出会ったザック達の仲間達だった。
ヤマトに怯えてて縮こまり、ガタガタと大きな身体を震わせていたあの人達。
その連中が入り口を塞いでいた野盗達を倒して中に入って来たのだ。
「あの、お猫様はっ!? ご無事でいらっしゃいますでしょうか!?」
武器を構え警戒しながらも辺りをキョロキョロと見渡してザックの仲間はそう問いかけた。
その言葉を聞いたバーグラーが首を傾げる。
「猫だあ? おめぇらもこの猫狙ってんのかあ?」
そう言って私の腕から飛び降り、足元でジッとバーグラーを見据えるヤマトに視線を投げる。
その視線を捉えた仲間達は、若干引きつった表情を浮かべつつ、庇うようにヤマトの方へと進み出た。
「そのお猫様はなっ! 神……いや、悪魔……」
「おいっ! 神にしとけっ!」
「「神なんだぞっ!」」
微妙な意思疎通を果たし、神で合意した彼らは声をハモらせてそう言い放った。
「神だあっ? 寝ぼけた事言ってんじゃねぇぜ、おめぇら。猫なんざ神と拝めるようになっちゃあ、おしめぇだろうがよ」
はっ!と鼻で笑い、バーグラーは近くの野盗に素早く視線を向け合図をした。
その合図の意図を読み取った野盗は、素早くヤマトを取り押さえようと手を伸ばし、ヤマトはそれを回避して逆サイドに飛び移る。
「おっとぉ!」
飛び移ったその先に、待ち構えていた野盗にヤマトは呆気なく取り押さえられた。
その手の中でバタバタと身をよじってもがく、ヤマトの声が頭に響く。
__アスカっ!!
「ヤマトッ!!」
私がそう叫んだのと、目の前で何かが光を反射して煌めき、ザシュッという音が鳴ったのは、ほぼ同時だった。
「え……?」
「ぎゃああああああっ!!」
男の絶叫と共に、ぼとっと目の前に何かが落ちて来た。
思わず注意がそちらに向き、それを目にする。
それは、手首ごと切り落とされた野盗の手だった。
「ひっ……!」
うわあああああっ!と耳をつんざく悲鳴をあげてドクドクと手首から血を流し、野盗はその場にうずくまった。
その男の前にはザックの仲間が剣を構えてそびえ立ち、立て続けに振るった二太刀目で、男の首を薙ぎ払った。
ゴロゴロ……と重みのある何かが転がる音がする。
静まり返ったその場に、彼の決して大きくない言葉はよく響いた。
「そのお猫様に、触らないでもらえますかね」
ついさっきまで私に見せていた笑顔を打ち消し、その顔には氷のような冷たさと冷酷さを張り付ける野盗。
感情すらも閉じ込めたその冷ややかな視線を、頭を無くした身体に向けてザックの仲間はそう言い放った。
「おめぇ………!」
私を掴む腕に力を込め、ギリギリと歯を噛み締める音が耳に届く。
そして、バーグラーは首筋に血管を浮き上がらせて、耳元で鼓膜が破れるほどの大声で叫んだ。
「全員皆殺しだああああああっ!! 殺っちまえ、野郎どもっ!!」
「「うおおおおおおおおっ!!」」
その怒号と同時にバーグラーの野盗共は一斉に飛びかかった。
「根性見せろよ、てめぇらっ!」
「「おおっ!!」」
それを皮切りにザックが叫び、仲間が応じ喚声の声をあげて迫り来る野盗に飛びかかる。
ガキィィィン!!
甲高い鍔迫り合いの音と男達の怒声と共に、場は一瞬で命を取り合う戦場と化した__
最後までお付き合い下さりありがとうございます。
もしよければ評価や感想など頂ければと思います。
(●´ω`●)




