大豆畑燃ゆる
「もうすぐですね、ラーミル様っ!」
「もう一踏ん張りです。
急ぎましょう!」
ラーミルを先頭に、第4騎士団は怒涛の勢いで馬を駆ける。
駿馬は最後の力を振るわんとばかりに蹄を蹴り上げ、大量の砂塵が風に乗り舞い上がった。
ここ数日、ろくに睡眠も取らずに馬を走らせた。
ハァハァと大きな呼吸を繰り返している馬も限界が近い。
だが、サワナまで到着出来れば!
サワナまで到着すれば、後はどうとでもなる。
急げ、一秒でも早く、あの人の元へ!
ラーミルが馬を駆り、その焦燥感に己の身も心も追い詰めているその後方で、ルドルフは密かに舌打ちをした。
立花朱鳥の護衛の増援。
初めはそう聞いていた。
サワナで開催される無料配布の規模を考え、増援が必要だと言われた時にはなんの違和感も持たなかったが、いざ馬を走らせてみれば、ラーミルが用意したのは全て駿馬で騎士団の連中は皆何事かと驚きを隠せなかった。
だがそれでも、通常通りに馬を走らせたとして、それが例え駿馬であろうとも、野盗達の足に追いつくものではないとルドルフは高を括った。
サワナへ到着した頃には、全て終わった後だと、そう思っていたのに。
ラーミルは、三食の飯を取る時間さえも惜しみ、ひたすら馬の体力のみを考慮して休みを取り、走り続けた。
馬は限界に近い。
だが、このまま行けばギリギリ体力は持つだろうとルドルフは踏む。
まさか、たった3日そこそこで、目の前にサワナを捉えることになろうとは__
ここまで急ぐ理由はなんだ。
異常なほどに先を急ぐ理由を何度もラーミルに問いかけてみたが、答えはいつもはぐらかされた。
だが、3日目で到着を目前としているこの事実に、ルドルフは嫌な予感を覚える。
まるで何かに《間に合わせよう》としているようではないか。
無料配布の為?
__いや、違う。これは、それとは違う別の目的があることを匂わせる。
ラーミルは何かを掴んだのか?
もしや、御当主様の命に関することを……
あの時、御当主様はライザーにも同様の案件を頼んでいると仰った。
ラーミルはライザーの側近なのだ。
ならば、私が先に命を成し遂げるのを妨害するつもりでライザーに差し向けられたか?
そこまで考え、ギリッと唇を噛みしめ前を駆けるラーミルをギラギラとした目で静かに睨み付ける。
__させてなるものか。
これは、千載一遇のチャンスなのだ。
ライザーよりも早くに御当主様の命を全うし、己の有能さを誇示するのだ。
さすれば、ライザーだけではなく、あの若い隊長すらも見返せるだろう。
大した力量もないくせに、血筋のみで隊長に成り上がったオスカーを、ルドルフは前々から良く思っていなかった。
的確な判断も、采配も、武芸に至っても、オスカーに引けを取るとは思わない。
そもそもあの若造があの女を巫女として迎えることを決めたから、このような事になったのだ。
忌々しい男め。
ライザーとオスカー。
功を立てる事が出来れば鼻持ちならぬこの二人を突き落とし、自分はその上に行けるのだとルドルフは信じて疑わない。
その為には誰よりも早く、確実にあの猫を抹殺し、それに乗じてあの女を殺さなければ。
差し向けた野盗共は、上手くやっただろうか。
それともまだ、手を出しかねているか。
ラーミルが馬を飛ばしたせいで、野盗共との時間差はほとんど消えた。
我らが到着する前に早く__
「おい……なんだ、あれは……」
考え事に耽っていたルドルフはその声でハッとし、声を上げた騎士団員に視線を向けた。
その男は真っ直ぐに目を向けたまま、信じられない物でも見たように大きく目を見開いている。
「どうしたのだ」
「あ、あれ……!」
そう言って行く手を指さす。
その方向に視線を移すと、先の地平線が紅らみ、ゆらゆらと揺れているのが目に入る。
「あれは……!?」
「火事だっ!!」
「あそこはもうサワナだ!
サワナの大豆畑が燃えているぞっ!」
隣の男が叫び、変わらずに馬に鞭打ちながら、一同に動揺が走る。
「一体何事かっ!」
「これほどの距離であのような……
下手をすれば畑だけでは済まぬぞ!」
ラーミルは目の前の光景を信じられない思いで見つめた。
あの地平線は紛れもなくサワナの大豆畑だ。
火事__
原因は分からないが、胸騒ぎがする。
立花朱鳥を狙う何者か。
もしも、あの火事に便乗して事を起こそうと企んでいたら……
ドクンッと心臓が高鳴り、背筋に寒気を覚える。
だが瞬時に弱気になりそうな自分を叱咤し、歯を噛み締めて叫んだ。
「急ぐんだ!!目一杯飛ばせっ!!」
絶対に間に合わせてみせる!
ラーミルの怒号で、皆が腰を浮かせて馬体を蹴り、鞭を打つ。
大きな蹄の音を鳴らしながら、駿馬は最高速度で駆け出した。
その先の、紅い地平線へと向かって。
◇◇◇◇◇
大広間には、大勢の悲鳴が響き渡っていた。
逃げ惑うもの、大豆畑に向かおうとする者、人々は冷静さを失って紛糾し、場は混沌と化した。
逃げ惑う人々がぶつかり合い、押し合って、倒されたり転んだりしなながら互いに罵声を浴びせ、甲高い子供の泣き声が入り混じる。
その中を私はオスカーさんに手を引かれながら走り抜けていた。
何度も行き交う人々と肩をぶつけながら、その間を擦り抜けモルモットの屋敷へと向かう。
「ヤマトはっ!?」
何度も後ろを振り返りながら、誰に言うともなく叫ぶ。
この混雑の中、確実に側にいると分かっているのは、オスカーさんだけだった。
みんながちゃんと付いて来ているのかも、ヤマトがどこにいるのかも、全く分からない。
「俺と一緒にいる!心配するなっ!」
後方でテオの叫び声が聞こえ、私は胸を撫で下ろす。
テオの声はすぐ近くから聞こえた。
きっとみんなも一緒に近くにいる。
きっと大丈夫。
ここを早く抜けてモルモットの屋敷に着けば、みんなとも合流出来るはず。
「モルモットさんは大丈夫しょうか」
地獄絵図と化したあの広場で、火事と聞いて真っ先に飛び出しのはモルモットだった。
止める暇すらなく、たちまちモルモットの姿は雑踏の中へと飲み込まれ、ナルシストと奥様が何度も叫んだが、モルモットは結局戻って来なかった。
「きっと現場で采配を振るわれているのだろう。
先ほど消防団が現場に向かって行くのが見えた。
総指揮を取れるのはモルモット様だけだからな。
無事だと信じよう」
私の手を強く握り、人の波を掻き分けながらオスカーさんは答える。
「そうですね」
私は現場へと向かい消火活動に携わりたかったけど、オスカーさんに止められた。
この混雑の中、何かあっては騎士2名では対応出来ないと言われて、やむなく断念したのである。
モルモットの屋敷は商店街を抜けた最奥へと位置する為、屋敷へ近付くにつれて人混みはまばらになり、屋敷が見えた頃には周辺にほとんど人は居なかった。
屋敷の玄関前まで到着した私とオスカーさんは、はあ、はあ、と肩で息をしながら後続を振り返る。
振り返った先には誰もおらず、私は不安に駆られて、いてもたっても居られなくなった。
「オスカーさん、誰も来ないわ」
「落ち着け。もうしばらく待つんだ」
私達はギュッと手を握ったまま、雑踏の中から皆が出てくるのを待った。
後続にはナルシストもモルモットの奥方様もいる。
それに加えてトキやミカンもいるのだ。
皆大丈夫だろうか。
胸が不安に掻き毟られ、とても落ち着いていられない。
やっぱり少し戻って皆を探した方がいいんじゃないかと、オスカーさんに提案しようと思った時だった。
「アスカっ!」
雑踏の中からテオの声が聞こえ、ハッと顔を向けるとヤマトを胸に抱き抱えたテオと、その後ろから手を繋いでミカンとトキが一緒に現れた。
「ああ!良かった!皆無事で!」
__無事だったか。
テオの胸の中でヤマトが語りかける。
私はテオからヤマトを受け取って、その身体に顔を埋めた。
「ええ、大丈夫。良かったわ、無事で」
トキやミカンとも抱き合って無事を喜び合い、ホッと一息ついた直後に、ナルシストと奥方様が手を繋いで現れ、ようやく全員が雑踏から抜け出して合流する事が出来た。
「ここは大豆畑からは一番遠い場所にあるんだ。
だから、屋敷にいれば心配はいらないよ。
さあ、みんな中に入ろう」
ナルシストが言った通り、大豆畑の火事がどれほどの規模なのか分からないが、ここからは何も見えず、遠くに雑踏の音だけが聞こえた。
この屋敷だけが、その雑踏から空間を切り取られたかのような静寂の中にあって、異様な静けさを保っている。
「ああ。まずは屋敷で落ち着こう。
テオ、お前は玄関前で見張りだ。
良いな」
「了解です!」
ナルシストの言葉にオスカーさんは頷き、テオに指示を出すと屋敷に入るように私を促した。
ナルシストがドアを開けて、奥様を先に通し、次に私に入るように勧める。
ヤマトを抱き締めたまま、奥様と肩を並べて玄関をくぐり、その先に映し出された光景に私は思わず目を剥いて固まり、
「きゃあああああっ!」
奥様は、ドサッと腰を抜かして悲鳴を上げた。
「何事だっ!」
オスカーさんが次いで飛び出して来て、やはりその光景に目を疑う。
「こ、これは……!?」
玄関ホールには、いつも笑顔で出迎えてくれたメイド達が背中や腹を切り裂かれ、恐怖に顔を歪めたまま口から血を流して倒れ込んでいた。
それも、一人ではない。
玄関先で床ごと剣に貫かれている者、階段上で転がり落ちるようにして亡くなっている者、奥の部屋へと続く扉の前で大きく背中を切り裂かれている者……
どこを見てもメイドの死体が転って、その下に血溜まりを作り、壁に血飛沫が飛んで、玄関ホールは血臭に満ちていた。
「うッ……」
その生々しい光景に思わず吐き気を覚え、口を抑えてうずくまる。
__アスカ、大丈夫か。
しっかりしろ。
「やっと戻って来やがったか。
待ちくたびれたぜ、お嬢ちゃんよ」
頭に響いたヤマトの声を打ち消すように被せて発せられた声に、思わず顔を上げる。
すると、一階の各部屋の扉が一斉に開き、ぞろぞろと手に刀や斧を掲げた屈強な男達が姿を現し始めた。
「何者だっ!」
チャキンッと金属音を鳴らしてオスカーさんが腰から剣を抜き、身を構える。
その様子を男達はニヤニヤしながら余裕の表情を浮かべて見つめ、さらに階段上からも雪崩れ込むようにして男達が姿を現した。
「隊長っ!こっちからも来ます!」
背後でテオが叫び、振り返ると、どこから現れたのか入り口を塞ぐようにして男達が並び立っている。
決して狭くはないこの屋敷が、薄汚れた男達で埋め尽くされ、私達はあっという間に取り囲まれた。
最後までお付き合い下さりありがとうございます。




