ご挨拶
階段上から、侍女に手を添えて一歩一歩降りて来る彼女に、その場の誰もが魅入り、言葉を失う。
艶々な黒髪を丁寧に結い上げ、幾重にも差し込まれた金細工の簪は、襟足から流れ落ちる長い黒髪と共にシャラシャラと心地良い音を立てては、共に揺れ動き、長い睫毛の下に覗く漆黒の瞳は、凛としてどこまでも透き通り、見た者の心を吸い寄せる。
紅をさした艶やかな唇は濡れて、黒地を基調とした着物には刺繍が豪華に施され、腰帯は彼女の腰の細さを強調して、同時にその上の豊満な双方を引き立てていた。
「素晴らしい……」
誰もが彼女の姿に魅惚れ、感嘆のため息をついた。
その輪の中から耳に紅いピアスを光らせたナルシスが足を踏み出し、階段を降り切った彼女の前で跪き、うっとりとした表情で熱く潤んだ瞳を向ける。
「ああ、僕の女神!この世のものとは思えない美しさだよ。
今日この日、君に勝る美しさは他にはない」
「当然です」
そう答えたのは、ミカンだった。
そして明らかなドヤ顔をナルシストに向ける。
せっかくの可愛い顔が台無しである。
あの聞くに堪えないナルシスト怪事件を体験し、ミカンはナルシストに対抗心をメラメラと燃やしまくっていた。
たかだか領民へおから料理よろしくねえ!っていう挨拶をする為だけに、こんなに気合入れなくてもいいと思ったのだけど、きっとナルシストも気合を入れてくるからと、言う事を聞かなった。
その当のナルシストと言えば、フリルの大きさが普段の1.5倍には倍増したシャツにプラチナのネックレスと指輪、ブレスレットを重ね、裾の長い漆黒のビロードのジャケットをその上に纏い、まるで西洋の王子様のような格好をしていた。
そこに長いプラチナブランドと紅いピアスである。
顔もイケてる。
なのに、とてつもなく残念な男だ。
「さすが僕の女神だよ」
「違います」
「「違う」」
後ろに控えていたテオ達の声がハモる。
オスカーさんまで真面目な顔をして声に出していた。
「さあ、僕の手を取って。
会場までエスコートしよう」
ナルシストに耳は付いていないようだった。
きっと、その耳は取り外し可能なんだと思う。
わたしはニコリと笑って手を差し伸べる。
なんというか、ここはモデル根性が出る場面だ。
クールな服を着れば、メンタルも自ずとクールになり、キュートな服を着ればメンタルもキュートに……する。
とにかく、そんな服着てるのに、中身それかよ!っていうのがわたしは嫌だった。
そこがギャップ萌えする場面でもあるけど、キャラで売り出しているわけではないから、そこまでは求めない。
これだけ着飾って、近寄るな変態!とは騒げない。
「宜しくお願い致します、ナルシスト様」
ナルシストはパチンとウィンクをして、わたしの手を取った。
「光栄だよ。
そして、僕の名前はナルシスだよ」
「ふふっ、面白い方」
「ト」を置き忘れて来ただけよ。
私達は手を取り合い、会場へと向かった。
商店街を抜けた先にある大広間。
ちょうど、大豆畑と商店街の中間に当たるその場所には舞台が用意され、領主一行の出番を待ちわびる領民が大勢待ち構えていた。
その舞台裏で、首に金のネックレスを付けてサーカス団みたいな派手なジャケットを着たモルモットと、私があげた和風の日傘を差した奥様が私達を出迎えた。
「おおっ、アスカ殿!
また今日もなんとお美しい!
会場の設営の為先に出向いておりましたが、いやはや、エスコート出来た我が息子が羨ましいですな」
「まあ……本当ですわ。
このように美しいお嬢様ですもの、ナルシスが惚れ込むのも分かりますわね、ほほほ」
そう言って奥様はナルシストに向かってウィンクをした。
私は努めて無表情でその様子を見つめる。
ナルシストのウィンクは、母譲りなのかもしれない。
「母上、公衆の面前でそのようなことを……
アスカが恥ずかしがるではありませんか」
「いえ、私は別に」
むしろ、おまえが恥ずかしがれ。
そう言いたいのをグッと我慢して笑う。
私の言葉を聞いてナルシストが満面の笑顔を作った。
顔だけは良いので、キラキラして眩しい。
そう思うのに、顔は自然としかめっ面に変化した。
「アスカ……それは、公表しても良いってことかい?」
いっぺん死ね。
私がハンマーで殴ってあげましょうか?
「ふふふ、違います、ナルシスト様。
公表も何も、そもそも私達にはなんの関係もないではありませんか。
ナルシスト様のファンに誤解されてしまいますわ」
ふふふふ、と笑って顔を背ける。
いつぞやもユリウスに似たような感情を持ち合わせた気がする。
笑いを堪えるのに必死です。
恥じらいと見せかけた嘲笑を隠し、顔を背けた私のアゴをナルシストは指でクイッ自分へ向けさせると、同時にゴキッと首が鳴る音が聞こえた。
__殺す気?
ニコッと笑って、額には青筋が立つ。
「なんでしょう、ナルシスト様」
真剣な眼差しで私を捉え、すっと首に手を回す。
え、私絞め殺される?
瞬きをしながら、そっと腰を引くと、
「何があっても、君のことは僕が守るよ」
そう言って顔を近づけ、その唇が徐々に私に……
ピタッ
私とナルシストの間に何かが割って入る。
ナルシストも私もパチパチと瞬きをして、その正体を見るとミカンの手だった。
頬を膨らませて、プンプンと怒り、ずいっと手を伸ばして私の口をぴたりと抑え込んでいる。
「ふむむむむむむっ!」
おおっ!ミカンナイスよっ!!
拍手喝采だわっ!!
ミカンの手の中で私はミカンを称賛した。
ナルシストは薄らと笑ってミカンを見つめた。
ミカンもニコリと笑ってナルシストを見つめ、互いに視線の先で静かな火花を散らしていた。
「あらあら。こんな所で、おイタ
しちゃいけませんよ、ナルシス。
さあ、領民も待っています。
アスカ様、参りましょう」
そう言って、ほほほほと笑いながらナルシスト母が割って入って来たので、私はほっと胸を撫で下ろす。
「ええ。そうですわ、参りましょう、ナルシスト様」
「そうだね、女神。
僕の名前はナルシスだよ」
領主主催の公布の伝達を兼ねた、発案者である私の挨拶。
モルモット一家に続いて私は壇上に上がり、そこに集まった領民を見渡す。
この時間は商店街の店先もすべて閉じられて人通りもなくなり、全領民が座ったり立ったりしながらも広場に所狭しと集まって、入りきれなかった領民は大豆畑にまで溢れていた。
たった一日で領民全てに公布宣言をする為の下準備を行き渡らせたモルモットは、やはり凄いと思う。
あんな膨れたリスみたいな顔をして、これほど広大なサワナを纏める領主の手腕を兼ね備えているとは、侮れない。
モルモット一族に並んで私も並び立ち、その背後にはオスカーさん、テオが控えた。
ミカンとトキは舞台裏で待機だ。
大きな拍手と共に迎えられた私達は、モルモットが領民にユリウスから配布された公布状を高く掲げて読み上げる所から始まり、時見の巫女様の話やユリウスが開示した伝承の話をして、この先おからを使った料理を作る意味と理由を述べた。
その為に明日から二か月間という期間の中で、コックの実演の元、おから料理がこの広場で無料配布される事を伝えると、領民から大きな拍手と共に歓喜の声が上がった。
私の目の前にいた女性は手をすり合わせながら頭を下げて涙を流し、子供を抱きしめて喜び合う人も多くいて、一見豊かそうに見えたこの土地でも、すべての人が豊かなわけじゃなくて、トキみたいに苦しまぐれに移住を決めた人も多くいたのだと思い知る。
「我々の貧窮する生活に、おから料理という新たな救済の手を差し伸べて下さった、おから料理発案者、立花朱鳥殿が今日、我々に一言挨拶をされたいと、ここサワナにお越しになられている!
皆が知る通りサワナは大豆の名産地である。
どうか彼女の話を良く聞き、皆も尽力して協力をして欲しい!
では、アスカ殿、こちらへ」
そう言って中央に出るように促され、ナルシストのエスコートで前に歩み出る。
私が一歩前に進み出ると、男性陣から、おおお……という感嘆の声が重ねて響き渡り、ナルシストが私の手に触れた瞬間、きゃああああっ!!という非難めいた悲鳴が女性から起こって、私のこめかみはピクピクと痙攣した。
「触っちゃいやあああああっ!!
ナルシス様あああっ!」
そんな声がぎゃあぎゃあと響き渡る。
「すげえ、綺麗……」
「美人だ……、おい、おまえ黙れよ!」
「何よ、あんたこそ黙りなさいよ!」
男女で取っ組み合いまで始まる始末で、突如として場は騒然となり、私は口を引きつらせる。
「ちょ、ちょっと……」
「みんなっ!僕の話を聞いてくれっ!」
ナルシストがすっと前に出て、よく通る高い声で呼びかけると嘘のように場は静まり返り、女性達の視線がナルシストへと一点に集中した。
騎士も真っ青の統率力……オスカーさんの言葉を思い出し、私はさらに顔を引きつらせる。
なにこれ、軍隊みたい。
「どうか彼女の話を真剣に聞いて欲しい。
彼女はここに国民を想って来てくれたんだ。
その彼女の想いを僕の為に無下にしないで欲しい」
「ナルシスト……」
「アスカ、僕のせいで騒ぎになってしまって、すまなかったね。
さあ、君の声を皆に聞かせてあげてくれ」
ナルシストは少し困ったように眉を寄せて、瞳を悲し気に揺らし、そう言った。
だから私は笑う。
「あなたのせいじゃないわ。
皆を纏めてくれてありがとう。
さすがナルシスよ」
そう言ってポンとナルシストの肩に手を乗せ微笑むと、その美しい顔に綺麗な笑顔が浮かんだ。
私はナルシストの隣に並び立つ。
「皆さん、はじめまして。
立花朱鳥です。
この度、民の飢えを癒そうとなさった時見の巫女様の意思を汲んで、皆さんが天塩をかけて育てた大豆をさらに活用し、より一層飢えの緩和に繋がれば良いと思い、おから料理を考案致しました。
目標は出来るだけ早く、全国民におから料理を認知させ、食して貰う事にあります。
その為にぜひ皆々様のお力添えをお借りしたく、この場に参上致しました。
時見の巫女様の為、国民の為、家族の為……」
私の為。
「どうか、ご協力、宜しくお願い致します!」
そう言って領民に頭を下げると、わあああああああっ!!
と盛大な拍手と共に歓声が湧きおこった。
私は笑顔を作り、手を振って応える。
「素晴らしかったよ、僕の女神」
ナルシストがそう言って私を見つめ、ありがとう、と言葉を返そうとした時だった。
「大変だあああああっ!!
大豆畑が燃えてるぞーーーっ!!」
そんな叫びが、広場の奥から響き渡ったのは。
最後までお付き合い下さりありがとうございます。
これからも応援( `・∀・´)ノヨロシクです




