嫌な予感
「で、どうすんですかい、お頭」
目の前にバラバラと落ちた藁を弄ぶように拾っては投げ、拾っては投げて薄汚れた男たちは、未だに小屋の中で無為な時間を過ごしていた。
「どうするって、テメェらがあの女と猫に手ェ出すなっつったんじゃねぇか」
ザックは苛立たしげに眉を吊り上げ、胡座をかいて隅に固まった仲間を睨みつける。
「だって、本物の巫女様だったんだぜ」
「ああ、あの猫もやっぱり普通の猫じゃなかったんだ」
「聞いたかよ、あの声。ありゃ悪魔かなんかだぜ」
「てめぇ、神様だって言ってたじゃねぇか」
「おまえ、拝んでただろ。悪魔に拝むなよ」
口々に神だの悪魔だのと口論する野郎共を呆れてた目で見据えて、ザックはわしわしっと頭を掻いた。
「とにかく。あの女が巫女ってことも、あの猫が神だか悪魔だかは分からねぇが、巫女の力になるっつってんだから、そのままにしときゃあいいんだよ。俺らに依頼して来たやつは、恐らくその事を知ってやがったんだ。あんな得体の分からねぇモンに手出しして火傷なんかしてられねぇ。今回の話は流すぜ、いいな」
「おおおおおおおっ!! やったあああああっ!!」
言った途端に薄汚い野郎共は抱き合って喜んだ。
皆一様に薄汚い恰好をして、髪はボサボサで肌は汚れ、体格に至っては筋肉隆々の奴から線の細いヤツまでいる。
そいつらが涙を流して抱き合うというその酷い絵面に、ザックは更に眉をしかめる。
「抱くなら女にしとけよ、バカ野郎」
だがそんな言葉は野郎共の耳には入っていないようだった。
心の底から安堵したように、明らかに身体の力を抜き笑顔を取り戻している。
まあ、あんなん見たらそうなるか。
かくいうザックも、あの猫の声が聞こえた時は全身が粟立った。
あれは、紛れもなく猫を捕まえようとした時に聞いた声と同じだったからだ。
『__愚か者が。』
やはり、あの猫だった。
あの時、隣の部屋から聞こえて来た会話は、あの猫にしか知り得ない内容のものだった。
まるで誰かがその場で盗み見をしたような、あの会話。
あの部屋には自分と猫しかいなかったことは、何度も確認した。
だからあいつらの会話を盗み聞きした時は、ゾワリとした物が背筋を走ったのを覚えている。
だけどそれも、あの猫が話せるってんなら辻褄は合うんだ。
あの猫自体が状況を説明したってんなら、あんな会話にもなるだろう。
信じられないことだったが、実際に声を聞いてしまっては疑いようがなかった。
『巫女』と『導く者』
それを知った上での今回の依頼だとするなら、俺らが偶然源泉の泉の出来事を見たのは幸運だったのかもしれない。
ザックはそう思っていた。
それでなければ、知らぬうちにこの国を救うことの出来る巫女を失いかねなかった。
依頼して来たのは恐らくあの偉ぶった口調から、身分のある奴だ。
ザックは野盗に身を転じてからというもの、何度もこういった依頼を引き受けた。
だからその経験上、今回ももしかしたら、と踏んだ。
身分の高い連中っていうヤツは、頭が回ってずる賢くて、それでいて警戒心が強い。
狙う獲物が大きければ大きいほど、二の手も三の手も打ったりするもんだ。
そういった依頼を引き受けやすい野盗共の間で、ターゲットが被りぶつかり合うことも、しばしば起こる。
__このままここにいたら、面倒くせぇことになるかもしれねぇな。
それは、長年の勘、とでもいうような予感だった。
「俺らは手を引いた。もうここにいる必要はねぇ。帰るぞ」
ザック達の拠点はユーラ近郊にある。
野盗達はすぐに頷き、隠してあった馬に跨ると正面の大街道を避け、裏街道へ続く方向へと一斉に駆け出した。
商店街で賑わうサワナを背に、砂埃を上げながら馬を駆けると、正面からも大人数で馬が駆け出して来るのが見えた。
「なんだぁ?」
仲間のひとりが、訝しげに首を傾げる。
ザックも不審に思った。
最短ルートはもちろん正面の大豆畑を抜けた道だ。
この道は整備された通りでもなんでもない。
野原を抜け、林を抜けるとサワナの隣町に続く街道に出る。
その道は身を隠しながら進むにはうってつけだが、足場も悪く決してラクな道ではない。
それをあれほどの大人数で通って来るなんて……
「なあ……あいつら、なんか見たことあるんだけどよ」
思わず馬の足を止め、ザックと仲間達は正面から迫る馬の軍勢を待ち構えた。
「ちッ……バーグラーだ。面倒くせぇのが来やがったな。何しに来たんだ、あいつら」
先頭を切る男の顔を捉えて、ザックは嫌そうに顔をしかめた。
「あいつら、また数増えてませんかね」
仲間達も一様に顔をしかめる。
バーグラー一味も野盗だ。
その規模はユーラ近郊では一番大きく、ザック達も何度か依頼のブッキングでやり合った事があった。
バーグラー達は弱い野盗共を吸収しながら、規模を拡大し、その数を以って実に好き放題やっている。
そこらへんの小さな町は、この男がやる気になれば、すぐに潰されるだろう。
女子供にも容赦はなく、殺人にも躊躇いがない。
女を弄ぶのが趣味で、襲った村や集落から女を捉えては毎晩慰み者にし、もう何人も孕ませているんだとか。
想像するだけで反吐が出る。
ザックとて殺人を犯したことはある。
だが、無闇やたらと殺すのは好きではなかった。
女を弄ぶのも趣味ではない。
そんなザックを慕った仲間の野盗共は、見た目こそゴロツキのそれだが、心根は優しい者ばかりだった。
それゆえに、気も弱いが。
とにかく、バーグラーとは昔から反りが合わないのだ。
ヒヒィン!
向かいからやって来たバーグラーが、ニヤついた笑みを浮かべて手綱を引き馬を止めた。
その頬には大きな刀傷がある。
体格も他の奴らより一回りは大きく筋肉隆々だ。
いかにも悪者といった目つきの悪さも相まって、ゴロツキ代表といった風格だった。
「よお、なんだよザックじゃねぇの。こんなとこで何してんだよ」
「テメェにゃ、関係ねぇよ。テメェこそ、何しに来やがったんだ」
そう言いながらバーグラーの仲間に視線を移すと、ザッと30人くらいはいるように見えた。
多いな……
サワナを潰すつもりか、こいつ?
バーグラーはザックの後ろにいる仲間を一瞥し、バカにするように鼻で笑った。
「俺たちは仕事だ。お前らはもう帰るんだろ? 良かったなぁ、また俺らとやり合うことにならなくてよ。じゃなきゃ、また何ヶ月も仕事出来なくなるだろうが、んがっはっはっはっ」
わざとらしく腹を抱えてバーグラーが笑うと、他の仲間も大笑いした。
前にブッキングした時に、手を引けと言われて憤慨してやり合った時は、ザック達は数の違いもありボコボコにやり返された。
容赦なく痛めつけられて死人が出なかったのが幸運なほどだった。
それを思い出してザックの仲間もギリギリと歯を食いしばってバーグラーを睨んだ。
だが二の舞を演じるほどザックとてバカではない。
血が沸騰するほど憎たらしいが、グッと堪えた。
「そうだな。俺らはもうここには用事はねぇ。お仕事、頑張んな、バーグラーさんよ。行くぞ、オメェら」
「そうかい。また遊べると思ったんだが、残念だったな」
ニヤニヤとした笑みを浮かべるバーグラーを一瞥し、横を通り抜けようとした時だった。
「__ところで、おめぇら、黒髪黒目の女と猫を見なかったか」
ザック達を横目で捉えながらバーグラーが発したその声は、やたらと低く、ハッキリとザックの耳に響いた。
黒髪黒目の女__
トクン、と心臓が音を立てる。
ザックの背後にいた仲間が突如、水を打ったように静まり返る。
近くにいた仲間がゴクリ、と喉を鳴らす音を聞きながら、ザックは口の端を上げて薄く笑い、バーグラーに視線を流し、口を開いた。
「知らねぇな」
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