ナルシスパレード
ずっと一緒にいたのに、気が付かなかった。
私って本当にバカだなぁ。
毎日この声を聞いていたのに。
なぜ今になって気付くのだろう。
私は抱きしめられたまま、そっとオスカーさんの腰に腕を回した。
「アスカ?」
ほら、この声。
間違いないんだから。
全部、覚えている。
あの時の胸の痛みも涙も、息苦しさも。
あの時の互いの息づかい…も。
腰に回した腕にぎゅっと力を入れる。
なんでずっと黙ってたんですか。
私はあなたにずっと言いたいことがあったのに。
「どうした」
胸に顔を埋めたまま離れなくなった私に、オスカーさんが心配そうに声をかける。
「ありがとう」
ぽつりと零れるように呟くと、私の顔をのぞき込もうと身体を引き離そうとしていた、オスカーさんの動きがピタリと止まった。
「あの時。助けてくれて、ありがとう」
ずっと伝えたかった言葉を告げる。
ああ、ようやく伝える事が出来た。
私は胸元から顔を離し、オスカーさんの顔を見上げて満面を笑みを向ける。
「ありがとうございました!」
初めてきた異世界。右も左も分からないまま、頼りにならない黒猫がそばに一匹。突然訪れた命の危機。
あの時、私を助けてくれたのがオスカーさんで本当に良かった。
そう思えば思うほど、笑みが溢れて止まらない。
私を見つめるオスカーさんの瞳が、驚いたように大きく見開かれる。
「アスカ……」
ひとこと私の名を呼んで、オスカーさんは言葉に詰まったように息をのんだ。私と同じ黒曜石のような瞳の中に私の顔が映り込む。
「アスカ、おまえ……!」
傍にいたテオも、なぜか驚いたように声をあげてわたしを凝視した。
__やっと思い出したのか。
「アスカ! そんなに強く抱きしめて! 僕にヤキモチを焼かせたいのかい? ああ、なんて悪い子なんだろう! ほら、こっちにおいで」
呆れたようなヤマトの声がしたと思ったら、ナルシストが苛立ったように声を荒げて後ろから私の腕をつかむと、グイッと自分に引き寄せた。
「んあっ!」
強制的にオスカーさんから引き剥がされた私は、驚きのあまり思わず変な声が出た。
だけどその瞬間、また腕をつかまれグイッとオスカーさんに引き寄せられた。
「うっぷ!」
その胸元に顔を押しつけて、鼻がふさがる。く、苦しい。
な、なにっ! なんなのっ?
「おや騎士殿。何をするんだい? アスカは僕と一緒にいたいんだよ」
んなわけあるかいっ! ナルシストはこれだから、面倒くさい!
「いいえ。先ほどアスカ殿は、わたしと一緒に行くと申していたはずです。その役目はわたしが」
わたしの頭上で火花が飛び散っている気がした。
ナルシストとオスカーさん。その二人のどちらを取るかと問われれば、迷う必要なんて1ミリ足りてない。
当然オスカーさんだ。私はオスカーさんを選ぶと、そう言いかけた時だった。
「アスカ。行こう」
くいっと手を引っ張られて、二人の間を体がすり抜ける。
「トキ」
「うん。俺とじゃ、イヤ?」
少し上目遣いで私を見上げてそんなことを言う。何それ、可愛い。
「イヤなわけないわ。よし、トキと行こう!」
それで私達は仲良く手を繋いで商店街を見て回る事にした。
__何やら不穏な空気がまとわり付いているな。
私の横をスタスタと歩きながら、ヤマトがそんなことを言う。不穏な空気? なにそれ美味しいの?
確かにナルシストがくっ付いて歩いてるだけでも不穏ちゃあ、不穏だわ。
しかし、私の世界で毛嫌いされているはずのそのナルシストの人気は、サワナでは異常なほどの熱気をもたらした。
きゃああああああああっ!!
ナルシス様よっー!!
こっち向いてぇええっ!!
「ほら、ナルシスト。あっちを向きなさい」
きゃあああああっ!!
手を振ってぇ、ナルシス様ぁっ!
「ほら、ナルシスト。手を振りなさい」
ナルシス様ぁっ!!
抱いてぇぇぇぇっ!!
「ほら、ナルシスト。抱いて差し上げなさい」
「君は何を言うんだい?」
右向いて手を振り左向いて手を振り、髪の毛を左右になびかせながら、絶えず笑顔を振りまくナルシスト。
私達が商店街へと赴くと、それを見た誰かがナルシストが現れたと噂をして、商店街はあっという間にナルシストパレードに変貌し、両サイドは商店を覆い隠すほどの女性達で埋め尽くされた。
ついさっきまでは、若い女の子なんてチラホラとしか見かけなかったのに。
「あなた、本当に人気があるのね」
「今頃気が付いたのかい? 当然じゃないか、この僕だよ? 人気が出ない方が不思議だろう?」
「ああ、そうね」 聞いたわたしがバカでした。
__あれがイケメンというものか。
「違うわよ。あれはナルシストって言うのよ」
__ほう。初めて聞く言葉だ。
「自己愛が過剰な人間を指すのよ」
__ほう。あれは己が好きなのだな。
「自分が一番好きなのよ。それより、人混みが酷いわ。ヤマト、離れないようにこっちにおいで」
当初は距離を取り、遠巻きに見つめていた女性陣は次第にジリジリと間合いを詰め、いまやナルシストに触れようと手を伸ばして来ている。
このままでは、ヤマトが踏み潰されてしまう。
「ちょっと、そっちの黒髪の人もカッコイイわ!!」
「え? そっちの子も可愛いじゃない? 騎士団?」
「きゃああああっ! 騎士団よ、騎士様がいるわっ!!」
んっ? 後ろから騎士団という声と悲鳴が聞こえて振り返ると、オスカーさんとテオがナルシストと共に女性の渦に呑み込まれて行く所だった。
「わあ……たーいへん」
やっぱり騎士団ってモテるんじゃない。
そう思った時だった。
不意に何かが私の口を塞ぎ、腰に腕を回されて身体がふわりと宙に浮き上がった。




