気付く想い
――テオの姿が見えなくなるとオスカーは壁に身体をもたれかけ、そっとため息をついた。
伝承の巫女――その迎えを命じられて砂漠に赴いた、あの日。
そこには自分と同じ黒髪、黒目の少女がいた。全身砂まみれになった、身体のあちこちに痣のあるとても華奢な体つきの少女だった。
この世界に黒髪黒目の人間はいない。オスカーの見た目も今でこそ、誰も気に留めなくなったが珍しいものだ。
その自分と同じ特徴を持った娘。風貌はとても貧相なものだったが、それだけでも妙な親しみが湧いた。
その少女は微動だにせずに地面に突っ伏して、初めは死んでいるのかと思った。だが馬に驚いて鼓膜を打ち破るほどの叫び声を上げた少女は、直後に呼吸困難に陥ってしまった。
涙を流して助けを求めるように訴えかける彼女の視線を見た時、心臓が早鐘を打ち自分でも信じられない程に動揺した。この少女をなんとか救いたいと思った。
とっさに騎士養成所で習った措置を取ってなんとか症状の安定を図ることに成功はしたが、緊急事態だったとはいえ、男女で口づけを交わしたということを重々しく受け止める女性もいるだろう。
かくいうオスカー自身も男女で口づけを交わしたことなどあれが初めてであったし、そもそも騎士が女性に口づけをするというのは婚姻の約束をした者と決まっている。
緊急的な措置だったとはいえ、あの瞬間、その方法を取ると意を決したのと同時に、例え少女が奴隷であったとしても生涯面倒を見るとオスカーは覚悟を決めたのだ。
少女が目を覚ました後、いつ自分にその責任を問うてくるのかと身構えていたのだが、結局少女はお礼を言うばかりで責め立てたりなどしなかった。
それどころか、自分の性的な経験を赤裸々に明かしたのだ。
オスカーは悩んでいた。
あれは口づけを交わしたことを忘れているのか、または知らない素振りをしているのか。あの娘にとっては、それほど重大な事柄ではなかったかのかもしれないと思ったりもした。
その後も娘はオスカーに対して嫌悪感を抱く様子もなく、至って自然に振る舞い続けている。それならば、敢えてあのことをぶり返す必要もないのではと思ったのだが――
オスカーはあくまでも、娘の気持ちに沿う形で対応を決めるつもりだった。
しかし__
砂漠でルドルフと対峙した時の騎士の在り方を語った時の気概は一介の少女が持つそれではなかった。
巫女だけを頼りにするなと訴えかけたあの言葉も、焼けた集落の亡骸に心を痛め泣いた姿も。いままで自分達が当たり前だと思って真剣に向かい合うことを投げだした事柄に、彼女は真摯に向かい合った。
あのおから料理の考案をこの国に広めようとする努力は、巫女などいなくてもやりようはあるのだと、そう言われた気がしてならなかった。
呉服屋で着物を売り出した時も、結局はミズノ様と呉服屋の女主人への感謝の念があったためだった。一見、己のために動いているように見える時もあるが、その根底には誰かを想う気持ちが息づいている。
心根の優しい人間なのだろう。自由で気ままで強かで、時に艶やかで。決してそこには留まらぬ、自由の羽を持つ鳥のようだ。だからつい、その姿を出来るだけ傍で長く見ていたいと願ってしまう。
――あのナルシスという領主の一人息子。
あの男が恥じらいもなくアスカに想いを寄せる姿を見るのは心が焦れた。
触れるなと言いたくなるのをグッと堪えた。
「いつの間に、独占欲など抱えてしまったのだろうな……」
前髪をかき上げて自嘲するような小さな笑みを浮かべ、オスカーは独り呟いた。




