テオの想い
「隊長!」
夜遅く、屋敷周辺の見回りを行っていたオスカーを呼び止める声があった。
「テオ。どうした、何かあったのか」
「何かあったのかじゃありませんよ。これからどうするんですか!」
駆け寄って来たテオは怒っているような視線を向けて噛みつくように叫んだ。その様子に少し眉をひそめ、オスカーは淡々とした答えを返す。
「朝方まで見張りを行う。明日の昼過ぎにはおおよそ準備が整うそうだ。朝にはコック達も皆集まるとか。サワナの領主様は仕事が早いな」
「そういうことを言ってるんじゃないんですよ!」
「では、なんだ」
テオは一瞬ためらうように言葉を詰まらせ、意を決して真っすぐにオスカーを見つめた。
「アスカのことです」
その言葉にオスカーは黙り込んだ。テオが何を言い出すのか、見当がついたからだ。
「砂漠でアスカに初めて会った時、隊長言ってたじゃないですか。あの……責任は俺が取るって。だからことあるごとにアスカの護衛を望んで傍にいるんですよね? アスカにあのことをいまだ伝えてないのも知ってます。俺だって、それを知った時のアスカの反応を考えたら不安になるし怖い」
最後は顔を曇らせたテオにオスカーはそっと目を伏せた。一瞬、顔を曇らせたテオはすぐさま気を取り直し、再び怒りを滲ませた視線をオスカーに向けると、我慢ならないといったように声を荒げて言葉を続けた。
「だけど! 黙って見守ってるから、あんな変な男にアスカがベタベタされて! 隊長は嫌じゃないんですか。婚約の話まで出たんですよ? アスカはあの通りでしたけど……責任……本気で取るつもりがあるなら、アスカのこともっと、ちゃんと守って下さいよ」
こぶしを握り締めてその手を震わせ、きゅっと口を結んでテオはオスカーを睨みつけた。
テオもアスカのことは好きだ。ずっと女の子は弱くて、男が守らなきゃいけないものだと教わってきた。だけどアスカは他の女の子とは少し違った。馬には乗れるしヤマトはブンブン放り投げるし、どこかがさつなところもある。
ご飯は男より食べるし、男勝りでなんでもやりたがるし、御当主様のことは呼び捨てにするし、ロウェル様とミズノ様のことだって、爺ちゃん婆ちゃんなんて呼んでるのはアスカくらいなものだ。
だけどいつも笑顔で前向きで。決して常識にとらわれず、自分の気持ちのおもむくままに生きようとする、アスカの生き方を見るのは心地が良かった。
アスカはとても美人だし、着飾った時なんて息をのむくらい綺麗で、女神様がいるならこんな感じかもしれないなんて思うくらいだ。その反面、飾らないで大飯を平らげる時は凄く可愛い。コック達だってすぐに骨抜きにされた。
そんなアスカに好意を寄せる人間は多い。それなのに隊長ときたら何も言わないし、いつだって静かに見守るだけだ。騎士としてなら、それは当然の姿なのかもしれない。
でも……隊長はあの時、この娘の責任は自分が取ると言ってたのに……
あの時は正直いってどう見ても奴隷にしか見えなかったアスカに、そこまでしなくても……とテオは思ったものだ。
だけどアスカの魅力を知れば知るほど、その隣に立つのが自分が尊敬してやまないオスカーであればどれだけいいかと思う気持ちは強くなった。
恋とか愛とか、テオにはよく分からない。この国の婚姻は社会的地位など関係なく自由だが、家の取り決めで決まる婚姻がないわけでもない。実際、城に勤める多くの者は御当主様がその縁を取り持って下さることも多い。
だから責任を取るって意味もぼんやりしてあやふやで、テオにはやっぱりよく分からないことだ。
でも、急に現れたあんな変な男にアスカを取られるくらいなら、隊長に任せたいとテオは強く思った。
「テオ、私は……アスカに負担をかけたくないのだ。砂漠でのあの出来事は、おまえも知っての通り緊急的な処置だった。それなのにあの事実を知って、傷ついてしまうのではないかと心配になる。不慮の出来事とはいえ、私がしたことの責任をアスカに取れと言われたら、私はこころよく承諾する。だが今はまだ、その時ではない」
「じゃあ、いつになったらその時が来るんですか」
確かにアスカの気持ちを思うなら、黙っていても良いのかもしれない。今まではそれでも良かった。だからテオも何も言わないで見守ってきた。
だけど今は焦っている。領主の息子はアスカにベッタリだ。誰がどう見ても惚れてる。城にいる人間は、あんなにあからさまに女性に好意を向けたりしない。だからこのままでいいなんて慢心していたんだ。
城から一歩外に出れば、他の男達は騎士でもなんでもない。あの男のように好きならば好きだと告げ、触りたければ触る。結婚、なんて言葉すらもサラリと言ってのけてしまう。
騎士道は大事だ。でもそれだけを頑なに守って、大事な人を他の奴に取られたら笑えないじゃないか。
「今はおから料理の公布が先だ。そのために我々はここにいる。その後は精霊の泉を回らねばならない。アスカが巫女と承認されるまでは、余計なことに気を遣わせるつもりはない」
「余計なことって!」
「もし仮に。アスカが領主の息子を選んだとしても、それは彼女が選ぶ道だ。私に止める権利などない。それが彼女の幸せならばな」
「権利ならあるじゃないですか! 隊長はアスカと……」
「だから、あれは応急処置だと言っただろう。仕方なかったとは言え、私は責任を感じている。だが、アスカが責任を感じることなどない」
「そんな……」
「ほら、屋敷に戻れ。くだらないことに頭を悩ませるな。屋敷の中の警備はおまえの担当なんだぞ」
「分かってますけど……」
グッと両手を握りしめ、テオはうつむいた。しばらく黙り込んだ後、顔を上げるとキッとオスカーを睨み上げた。
「そんな悠長なことを言って、あの変な奴にアスカを取られたって知りませんよ!」
そう吐き捨てて走り去って行くテオの後姿を、オスカーは表情を変えず静かに見送った。




