そこにいたナル
得意げな顔のモルモットに案内されて開かれた扉をくぐると、正面に横幅の広い大階段が飛び込んで来た。城の謁見の間にもなかった、目にも鮮やかな赤い絨毯がよれひとつなく敷かれてある。
一階、手すりの両脇には石膏でできた女性の裸婦像が並び、天井には落下したら間違いなくやられてしまいそうな大きなシャンデリアが、休む暇なくキラキラと輝きを放ち続けていた。
我は金持ちなり! 家がそう物語っている。
トキやテオは口をあんぐりと開けて、いまにも落ちそうなシャンデリアを見上げていた。
「いま帰ったぞ!」
玄関ホールでモルモットがそう叫ぶと、数人のメイド達が姿を現し横一列に並び立った。
「……あれ、本物?」
襟や袖口に白いレースが施された黒を基調とした半袖のワンピースに、フリル目一杯の丸みを帯びた白いエプロン。頭には控えめなブリム。
メイド喫茶とコスプレ衣装の定番
king of コスプレ、ここに現る。
「ほぅら、言ってごらんなさい。あの言葉を」
私がニヤリと笑ってそう言うと、メイド達はすっと姿勢を正して、男心をガシッとつかんで離さない、あの魔法の言葉を声をそろえて高らかに言い放った。
『おかえりなさいませ、ご主人様!』
「ただいま……」
「アーッハッハッハ!」
ホントに言ったわ! 笑える。お腹が苦しいっ! 携帯があれば動画撮ったのにっ!
「あ、アスカ殿?」
「モルモットさん。なんでもないわ。素晴らしく躾の……教育の、行き届いたメイドさんたちね。衣装も……実に凝ってて素晴らしい」
「おお。さすがにアスカ殿は目が肥えていらっしゃる。この衣装はわたしの息子が、わざわざセノーリアに出向いて購入してきた物なのです」
息子がメイド服を買ってきたですって?
ぷっ、息子はコスプレマニアなのかしら。
「たいへん良い趣味でいらっしゃるのね……」
ふ、ふ、ふ。
笑いをこらえるのが大変だわ。
「アスカ殿の着物姿には到底かなうものではりませんがな。はっはっは」
「これはこれで、ウケがいいのですよ? うふふふふ」
ウケってなに? と後ろでトキがミカンに尋ねていた。
トキはウケを狙える子だ。まあ、年齢層はだいぶ高くなるけど。
ここはひとつ、ウケの取り方を伝授してあげよう。そう思った時だった。
「父上!」
階段の上から声がした。
「おお、いま帰ったぞ。息子よ」
息子? さっき話してたコスプレ大好きの息子さん?
「お帰りなさい、父上!」
トキに歩み寄ろうとしていた足を止めて振り返ると、キラキラと輝くシャンデリアのもと、その生き物は姿を現した。
ウェーブのかかった長いプラチナブロンドの髪を、ふぁっさぁ! と手でかき上げ、なびいた髪の隙間からは耳に光る赤いピアス。
襟元から裾まである大きなフリルが歩くたびにフッサフッサと揺れる。
袖のフリルも一歩一歩階段を降りるたびにフッサフッサと揺れ動き、私はサンバのカーニバルを思い出した。
お尻にまでフリル付いてないでしょうね。
男はシャンプーのCМでも撮っているような動きで、髪を右へ左へと揺らしながら優雅な動きで階段を降りてくる。
きゃあああああああっ!
それを見たメイド達から絶叫が聞こえた。
ちがう。
悲鳴が、聞こえた。
___しかし、あの動き。
私はすっと目を細める。
髪をかき上げたあの動きといい、服のセンスといい。この男からは、アレの匂いがプンプンとする。思わず鼻をつかみたくなるくらい、匂う。
「おや? そちらの美しいお嬢さんは、どなたですか?」
美しい、
おまえその言葉大好きでしょう。
「紹介する。こちらはユーラから参られた立花朱鳥殿だ。詳しい話はまた後にするが、このたびはおから料理を広げるため、わざわざ我らに挨拶をしに参られた。しばらくこの屋敷に滞在することになるので、よろしく頼むぞ」
「そうなのですか……」
そう言いながら、全身フサフサ男は私の身体を上から下へと見定めるような視線を送った。
その視線を感じて、私は確信する。
こいつ、絶対ナルシストだ。
自分大好きナルシスト。
綺麗なもの大好きナルシスト。
醜いもの大嫌いナルシスト。
夜な夜な鏡を見ては、ああ僕はなんて美しいんだ……とか呟くタイプだ。
私がいた業界にも多く生息する生き物だ。
私の中のセンサーが振り切れんばかりに反応した。
「立花朱鳥です。このたびはこちらにお邪魔させて頂きます。ご迷惑でしょうが、よろしくお願い致します」
下品にならないように、にっこりと笑みを作る。
「迷惑だなんて! 君みたいな美しい子が僕の屋敷に泊まってくれるなんて。歓喜でうち震えてしまいそうだよ」
気持ち悪いからやめて下さい。
「紹介が遅れたね。僕の名前はナルシスという。君には特別にナルシス、と呼ばせてあげるよ」
背中にバラでもせおったような華やかさで、微笑みを作ったナルシストが私の手を取り甘くささやいた。
いやあああああっ!
メイド達から再び悲鳴があがる。
「……ナルシス…ト?」
「そう。ナ・ル・シ・ス、と。」
全身総毛立って青ざめる私に、ナルシストはパチンとウィンクを返した。




