サワナ到着
「それでは女将さん、後のことはよろしくお願いします」
「ええ。お任せ下さい。土産物まで考案して下さって、本当にありがとうございました。アスカ様」
店頭には早くもできたてほやほやの団子が、小分けにされて売り出されている。
その脇には『おだんご売ってます お土産にどうぞ』ののぼり旗。これは勝手ながら作らせてもらい、私がどすっと突き立てた。やはり団子といったら、のぼりは欠かせない。
宿屋の店頭に新たに設置された土産コーナーには、すでに興味を引かれたお客さんの姿もある。出だしは上々かもしれない。
そんな光景をにまにましながら見つめ、宿屋の玄関先で私たち一行は、見送りに出向いてくれた宿屋の皆さんに挨拶をしていた。
それぞれ馬車に乗り込み、いざ出発というタイミングで女将さんは私のもとに歩み寄ってくると、こそっと耳打ちをした。
「アスカ様が巫女様だということは、秘密にしておきますわ」
「えっ……」
「ふふ、だってお付きの方が巫女様とお呼びになっているじゃありませんか。初めは意味が分かりませんでしたけど、きっとあの泉の恩恵を取り戻して下さったのも、アスカ様なのですよね?」
「あ……」
私は返事に困りながら視線をミカンに流す。ミカンは巫女様と呼ぶ癖が抜けない。
オスカーさんにも注意を受けているのに、気が抜けるとすぐ巫女様〜になる。
皆が隠そうとしている中でどうなのかと思うけど、私はどっちでも良かったので特に注意することもなく放っておいた。
でも、こうやってバレたりすると今後面倒なことになるかもしれない。今度からはキツく注意しようと心に決めた。
「本来ならば宿屋街の者、全員でお礼を申し上げなければならないところ。しかし、身分を隠されているご様子ですし、ここはわたくしが皆に代わってお礼を申し上げます」
そう言って女将は深々と頭を下げた。
やっぱり接客業を営む人というのは、よく見ている。
誤魔化すべきか悩んだけど、口外しないと言ってくれているのだからまあいいかと思うことにして、私もコソッと耳打ちを返した。
「私は温泉に入りたかっただけです。団子めいっぱい売ってくれたら、それで良いですから」
「あら。うふふ」
私に今、必要なのはお金なのだ。
お金がないから、こんな所まで来た。
お金がないから、ライザーに借金した。
お金がないから、精霊の泉に行けない。
あっ、それは頭が足りないからだった。
礼を言うなら金をくれ! と大声で叫びたいのを私は笑顔で我慢した。
「ではな、女将。世話になった」
そうしてめでたく新たな事業の第一店舗を宿屋街にオープンして、私達はお世話になった宿屋のみなさんに別れを告げたのだった。
◇
それから数日間、馬車に揺られては野営を繰り返し、ついに私達は目的のサワナへと到着した。
こんもりとした白い雲がいくつも流れる青空のもと、濃い緑色の絨毯が大きな葉をゆさゆさと揺らしながら、見渡す限り一面に広がっている。ときおり強い風が吹けば、さざ波のように全体の葉が波打つその様は、まるで一枚の絵画がそこにあるようだった。
「広い……」
「まあ……素晴らしい景色ですね、巫女様」
馬車から顔をのぞかせて景色を眺めていた私達は感嘆のため息をついた。
「ここがサワナなのね……」
「俺も始めて来た……」
馬に乗りながら目の前に広がる広大な大豆畑を目にしたトキも、その景色に圧倒されたようだった。
大豆の名産地とは聞いていたけど、これほど広大で豊かな土地だったとは。
恩恵の影響を受けない土地。飢えに苦しむ人達が集う場所。この大豆畑を見ただけで、なんとなくその理由が分かる気がした。
どこまでも広がるその大豆畑を横断するように、私たちは真っすぐに伸びた街道を馬車に揺られながら移動した。
しばらく街道を進むと、ちらほらと畑作業をする農民の姿や街道を行き交う商人達の姿を目にするようになった。
馬車に荷を積みながら通り過ぎる人達に笑顔で挨拶をする人、カゴに溢れんばかりの荷を詰め込んでせっせと道行く人、キャアキャアと楽しそうな笑い声をあげて遊びまわる小さな子供達。
「ユーラと全然違うわ」
あんな廃れたシャッター街とは比べ物にならないほどサワナは活気に満ち溢れていた。この肥沃な土地が、そこに住む人たちにも活力を与えているみたいだ。
「大豆に恩恵の影響がないというのは、本当の話だったようだな」
行き交う人々に視線を送りながら、オスカーさんもその様子に驚いたようだ。
大豆は時見の巫女様が異世界から持って来たのよね。元々この世界のものではないから、影響を受けなかったということなのかしら。
大豆畑を抜けて一段と賑やかな商店街に入ると、通りには大豆や豆腐を売る店が立ち並び、お客さんを呼び寄せる元気な声ががあちこちで聞こえた。
その商店街の裏手にはずらりと軒を連ねる民家が見える。
商店街を抜けた先にモルモットの屋敷はあった。明治時代に建てられたような、
レンガ造りの洋館だ。
商店街から見えた民家はみな平屋建てだったのに対し、この家は二階建て、もしくはそれ以上の高さがあって見るものを圧倒する。
ここが領主の家だ!! と、いかにも主張しているようだ。
その誇張の塊のような家の前で馬車は止まり、モルモットがボテボテと走って来て笑顔を向けた。
「アスカ殿! ここがサワナです。どうです、素晴らしい景色でしたでしょう。活気もありますぞ。サワナでは飢えに困るものはおらんのです。そしてここが、我が屋敷に御座います!」
ジャーン! とばかりに腕を広げて屋敷を指すモルモット。
「ええ。見事な大豆畑でした。町も賑やかで、とても活気に満ちていましたね。このアイゼンにこのような場所があったなんて、驚きました。モルモットさんのお屋敷もずいぶん立派ですこと。ここにお世話になれるなんて、とても嬉しいです」
ここならば、もしかしたら立派なベッドとお風呂があるかもしれない。いくら食べてもおかわりが自由かもしれない。お肉も出るかも。そしておから料理を広める絶好の場! モルモット君にはぜひ、気分良く計らって頂こう。
打算にまみれた腹黒アスカは、これ以上ない程の、満面の笑みをモルモットに向けた。
「いやいや。わたくしこそ、アスカ殿をお招き出来るとは光栄の極みと言うものです。はっはっはっ」
「まあ、お上手。うふふふ」
モルモットと顔を見合わせ、互いに笑い合う。
「なんだアレ」
「何か考えがあるのだろう」
「巫女様……分かりやすいです」
「……」
呆れた様子でうふふ、あははと笑顔を振りまく私を見つめる四人の視線は、とても冷ややかなものだった……




