うわさ話
ぎこちない笑みを浮かべながら、その後、私達はモルモットと一緒に朝食をとりに一階の大広間へと向かった。
大広間では他のお客さんも集まって食事をしながら、しきりに源泉の泉に恩恵が戻ったと大声で話し合っている。
ポーカーフェイスを保ちながら、私達は案内された席についた。
珍しく皆何も話さずにもくもくと無言で朝食をとる中で、モルモットが私に耳打ちをする。
「アスカ殿。私は思うのですが、あれはアスカ殿の炎の精……」
「お黙り。モルモット。私達は昨日の夜はどこにも行っていません」
「昨日の夜?」
アカン。
動揺している。
余計な事を喋ってしまった。
「昨日の夜、私の部屋に誰かが侵入したようなのです。その事です」
話題を変えるつもりでそう言うと、モルモットは目を丸くしてご飯粒を飛ばしながら声を張り上げた。
「なんですと! 盗賊ですかな!?」
「いえ。何も盗られませんでした。どうやら、ヤマトを狙ったようです」
「ヤマト?」
「これです」
私は隣に座っているヤマトを指さした。
__これとはなんだ。
ごめん。動揺してる。
「この猫を、ですか?」
「ええ。ヤマトは私にとって、とても大事な猫なのです。いなくなると困るのです」
ですです、と話し方がぎこちない。
あちらこちらで、源泉の泉の話で持ちきりなのだから仕方がない。
珍しく食も進まない。まだ三杯しかお代わりしてないもの。
「昨日の夜、林に向かう連中を見たってヤツがいるんだとよ」
ぴくっ
思わず耳が反応する。
「へぇ? じゃあ、そいつらがやったってゆーのか?」
「そいつぁ、わかんねぇけどさ。遠目だったから、顔も分からなかったって話だしよ」
ほっ、そう溜息を漏らしたのは、私ではなく隣に座るテオだった。
やはり、皆も気をそばだてている。
「でも、髪の長い女がいたって……」
私はおもむろに持っていたゴムで髪を団子にして一纏めにした。
向かいのミカンがそれを見て無言で頷く。
「俺は林に火の玉が浮いてたって聞いた」
新たに聞こえたその言葉に、皆一様に顔をあげて視線を交わし、同時に首を傾げる。
「こう……真っ暗な林の中にな、白い光がチラチラと動いてたんだとよ」
白い光……もしかしてそれって懐中電灯……
「え? 俺は林が燃えたって聞いた」
「燃えてたのかよ」
「聞いたら燃えてなかったみたいだ。でも、夜遅くに林の真ん中で火柱が見えたって言うヤツがいるんだよ」
「火柱ぁっ? そんなのあったら、とっくに林が燃えてんだろ」
私達は全員、顔をそっと背けた。
「結局わかんねぇじゃねぇかよ。まあ、なんでもいいよなぁ」
がはははっ! と男達は肩を叩いて笑い合う。
でも確かにあの火柱は目立ったかもしれない。
これからは気を付けないと。
「そうなのですか。巫女……アスカ殿が大切になされている猫ならば、いなくならないように、きちんと見ておかなければなりませんな。サワナは広いのです。迷子になったら大変ですからな」
「へっ?」
あ、全然聞いていなかった。
モルモットがニコニコと私を見ているので、私もニコニコと返してみた。
笑ってごまかせってヤツである。
「しかし、泉に恩恵が戻った真相は分かりませんが、これでこの街にも活気が戻るというものです。このアイゼンにそういったことが起きるのは、大変喜ばしいことですな」
「そうね、ここは商人たちが拠点とする宿屋街なんでしょう? 宿で温泉に入れるって知ったら、わんさか人が集まって宿屋もぼろ儲けできる……」
そこまで言って、ハッとする。
そうだ。そうよ!
噂話にビビってる場合じゃない。ここにはこれからもっと多くの人間が集まる。人が集まる所にはお金も集まる。
「女将さんに会わなくちゃっ!」
私はもぐもぐとクズ野菜炒めを頬張りながら、そう叫んで立ち上がったのである。




