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ラーミル・メルギッシュ

 揃って視線を伏せていたロウェルとミズノは同時に顔を上げた。



「ほっほっほっ、ラーミル殿。どうぞお入り下さい」


「失礼致します」




 そう言ってロウェルの部屋を訪れたのは、ラーミル・メルギッシュ。


 あのライザーの側近を務める男だった。



「ロウェル様がわたくしをお呼びになるとは、珍しいですね。何かご用でしょうか」



 丁寧に障子を締め、すっと畳に正座をしてラーミルは静かな視線をロウェルに向ける。



「ふむ。その前に、お主に確認したいことがあっての」


「確認とは、なんでしょうか」




 ミズノは二人の会話を黙って見守ることにした。


 そもそも、ライザーの側近など危うくて使えぬ。



 そうロウェルに反対したものの、あの者ならば大丈夫じゃとロウェルは強く押し切った。



 ミズノはこのラーミルとかいう男がどういう人間なのか、全く知らない。


 知っているのは、ライザーの側近として雑務と取り纏めていることだけだ。


 余計な口出しはせん方が良い。




「お主は騎士達とは違い、元々は貴族の出でライザー殿の補佐として登城したのじゃったな」


「はい、そうです。五年目になります」


「では聞くが、その五年で己の手を汚した事はあるかの」




 単刀直入な物言いだった。


 もしラーミルが己の手を汚したことがあったのなら、途端に警戒するだろう。


 だが、立場が上へ上れば上るほど、綺麗事だけではやり通せぬ事柄が多くあることをロウェルもミズノも知っている。



 その問いに、ラーミルはしばしの沈黙を守った。



 しかし視線を逸らすわけでもなく、動揺するわけでもなく、ただ真っ直ぐにロウェルの目を見つめ返していた。


 揺らがぬその眼光は、問いかけの意図を読もうとしているように見える。


 しばしの沈黙を守り軽くため息をついた後、ラーミルはようやく口を開いた。




「この国を守るため、上層部の者には、それなりの責務とそれを全うするための矜持がございます。わたしも必要を迫られれば、いつでも手を染めたでしょう。しかし、ライザー様はわたしにそれを求めません。きっと全ておひとりで請け負っておられると思っております。そうでなければ、五年も務めたわたしが未だに手を汚していないなど、あり得ぬのでしょうから」




 その言葉にロウェルは目を細めて笑った。



「ほっほっほっ、そうじゃのう。あの男はそういう男じゃ。汚れ仕事と分かっておる事を部下に押し付けたりはせぬ。あのライザー殿をそこまで理解しておるお主にだからこそ、頼みたい事があるんじゃ」



「頼み、ですか」



「左様。これから話す事はライザー殿にも関わりのある事。しかし、お主ならば分かるじゃろう。ライザー殿が行う行動の全てが、その本意ではないということも。あれは賢い男じゃが、決して逆らうような男ではない。躊躇い、葛藤する行動を取るからこそ、お主にその責務を背負わせたりはせぬ。それは分かるかの」




 ロウェルの目が優しくラーミルを見つめる。


 ラーミルはそっと視線を伏せて黙って頷いた。



 ラーミルは思っていた。



 いつでも、どんな仕事でも、自分に任せてくれたら良いのにと。


 五年という歳月は、城務めをする人間としては短い。月日だけを見れば一介の騎士よりも劣るだろう。


 だが、自分は幸運にも能力を買われライザー様の側近として国の中枢に関わる業務に就くこととなった。


 ライザー様の背中を追えば追うほど、あの方が背負う責務を目の当たりにする。それは決して綺麗事だけで全う出来る物ではないのだと、ラーミルは理解していた。



 国の闇を背負い、御当主様の手足となって動くあの方を、ラーミルは心の底から尊敬している。



 だが決してその闇をライザー様は自分に見せようとしない。おひとりで背負うこの国の闇は、どれほど重いものなのか。その一部でも背負わせてくれたらどれほど嬉しいか。けれど自分にその罪を負わせようとされないあの方は、本当に心優しい方なのだ。




立花朱鳥(たちばなあすか)殿をご存知か」



 立花朱鳥。


 おから料理の考案者。

 時見の伝承の巫女。


 ラーミルは全て知っている。


 なぜなら、彼女が初めて御当主様と謁見したその場にもラーミルはいたのだから。




「もちろんです」


「これから話すことは決して口外してはならぬ。あのライザー殿にもじゃ。これは、お主がこの国の上層部のひとりとして、全うせねばならぬ使命と心得よ」




 そう言ったロウェルの陽だまりのような温かな視線が、突如として厳しいものへと変わる。



 ここからが本題なのだと(さと)るのに十分な威厳を、ロウェルは生み出した。




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