当主の哀しみ
キッシュと別れたロウェルとミズノは、ロウェルの部屋で今後について話をしていた。
「真に愚かなことをしおって……」
お茶をすすりながら、ロウェルは静かに呟いた。
ライザーが動き、騎士も動いたとなれば、それはもうユリウスの仕業以外の何ものでもなかった。
「あの者は、昔から自分の邪魔になるものは排除しようとする冷酷さがある。あの猫も我らの知らぬところで、気に障ることをしたのやも知れん」
だが、あまりにも短絡過ぎるとミズノは思った。
巫女をこの国に据えたいのは分かる。
だが巫女殿が大切にしているあの猫を殺し、恨みでも買おうものなら、あの気の強い巫女殿は決してこの国の巫女になどならぬだろう。
そんなことすらも分からぬほど、あの猫を疎ましく思ったのだろうか。
「あの者は、一見冷静に見えて実のところは逆上に駆られやすい。昔からの悪い癖よのう」
「ふん、直らなかったのじゃから仕方あるまい。あれは、幼き頃に母上様を亡くし、父上様にも愛情を注がれずに育ったのじゃ。多少歪んだところで、当然のことじゃ」
ロウェルの言葉をミズノは鼻で笑った。
あれは可哀想な人間だ。
あれの父上様……つまり、先代の御当主様は、この国が荒廃し、立て直せぬと思い悩んでから、すぐにユリウスに譲位することを決めた。
その実、国民からいつ自分に不満が溜まり、刃を向けられるかと恐れたからだった。
アイゼンの名を持ちながら隠居を決めて城からも身を引き、田舎でのうのうと暮らしている父を、ユリウスは責め立てようとはしなかった。
ユリウスが当主としてその名を継いだのは、齢十二歳の頃だった。だが、国民の暴挙に怯えながら過ごす父の背中を見て育ったユリウスは、そんな父の思惑を本能的に察知していたのかもしれない。
年端もいかぬ幼き頃に、父は政治について学ぶようにユリウスに勉学を強要した。周囲の誰もが、現当主がご健在であるのにまだ早すぎるとその意図を測りかねた中で、ユリウスは驚くことなく了承し、何よりも意欲的に取り組んだ。
元々頭の良かったユリウスは、指導にあたったロウェルやその他の講師が驚くほどの勢いで内容を吸収し、筆記試験だけならばすべての課題をクリアしたと言えると、そうロウェルが先代の御当主様に報告した時だった。
『そうか。ではこの座をユリウスに譲位しよう』
実に嬉しそうにそう発した御当主様の言葉に、ロウェルは戦慄を覚えたものだ。
その言葉をユリウスに伝えた時の、あの表情をロウェルは未だにハッキリと覚えている。
当主という責務を息子に押し付け、逃げる算段を整えた父を、自分をひとり城に置き去りにすると決めた父を嘲る、小さな笑いと諦め。そして今にも泣きそうな、寂しそうな、そんな顔をしていた。
皆分かっていたが、その残酷な事実を本人に伝える事はしなかった。
お前は父に捨てられたのだと。
だがそれを悟れぬほど、ユリウスは愚かな人間ではなかったのだ。
「見かけは良い男なんじゃがのう。実に勿体無いことじゃのう」
その先代の心の内を知りながら、ユリウスは譲位を受けた。
誰かがやらねばならない。そう思えばこそ。
あれは、出来る限りのことをしたのじゃろう。
眷属の欠片が現れたと聞けば馬を走らせ、精霊の泉へ向かわせた。
城下町の店が次々と店仕舞いをする中、出来るだけ城との取引を持ちかけた。
サワナならば食うに困らんと民に教えたのも、ユリウスだった。
だからこそ、伝承の巫女が現れた今、なんとしてでもこの国の巫女に据えたいのじゃろう。
取り憑かれたような、当主としての意地が目をくらませたか……
「この国がもっと栄えていたならば、嫁ぎ手も多くあったじゃろうが。下手をすれば国民の不満が爆発し、いつここへ来るかも分からん。そんな当主の元へは誰も嫁がんじゃろうて」
そう言ってミズノはため息をついた。
とっくに適齢期は迎えているのに、未だユリウスが独身なのにはそういった事情があったのだ。
「ふむ……そうさな、あの城門に護られておらねば、早々にそうなっておった可能性もあるのう」
神々の聖域。
ロウェルはヤマト殿が話した言葉を思い出す。
この場を戦場と化すことだけは、避けなければならぬ。
だが、巫女殿のおかげで、おから料理についての公布がなされた。
それで少しでも民の不満が解消出来ると良い。
各々に思い詰め、場が静寂に包まれた時。
廊下から、落ち着いた静かな声がかけられる。
「ロウェル様。ラーミルで御座います。失礼しても宜しいでしょうか」




