老人たちの集い
「爺さん、いるか。俺だ。キッシュだよ」
店内に向けて声をかけると、豆腐屋の爺は形相を変えて飛び出して来た。
その様子を見て、ロウェルもミズノもやはりただ事ではないと感じる。
「よく、よくおいで下さいました! さあ、急いで中へ!」
そう言って作業場を抜けて三人を自室へ案内すると、すぐさま爺は店の鍵を閉めに行った。
表の錠だけでなく、裏口の錠も閉めて完全に外部から遮断された豆腐屋は、それだけ豆腐屋の爺が何かを強く警戒していることを物語っている。
「一体何事じゃ」
ミズノが尋ねると、豆腐屋の爺は意を決したように、あの晩の出来事を話し始めた。
「なんだって……」
愕然とそう呟いたのはキッシュだった。
一連のあらましを聞いた三人の顔色は悪い。
騎士があの嬢ちゃんの命を狙ってる?
しかもサワナで、だと?
「野盗に頼んでおったと言うんじゃな。して、サワナまで追わせたと」
険しい表情でそう問いかけたのはミズノだ。
あの手紙を読んだ時は驚愕に我を失いそうになったが、飯を食い、ロウェルを呼びに行った時にはある程度の冷静さを取り戻していた。
キッシュの言う通り、目立つ行動を取って騎士の目については不審に思われるやもしれぬ。
それゆえに、はやる気持ちを押し殺し、普段と変わらぬ素振りでロウェルの元へとミズノは赴いた。
「そうなんじゃ。しかもこの城下町に入っておった。ここは関所もあるというのに、どうやって入ったのか……いや、そんな事はどうでもいい。とにかく、一刻も早く我々もサワナに行かなければ!」
「待つんじゃ」
早く、早くと急かす豆腐屋の爺に待ったをかけたのは、ロウェルだった。
「ここは、慎重に動かねばならん。よいか。まず、この城下町に野盗が侵入出来た経緯についてじゃが、思い当たる事がある」
ロウェルがそう言うと、ミズノも頷いた。
「左様。城に古くから務める騎士のうち、その抜け道を知る者がおるんじゃ。関所を通過せずに、野盗を中に入れる事の出来る裏口を知っておる者がの。そこから、ある程度騎士の範囲を絞る事が出来るじゃろう」
「誰なんだよ、そいつは」
「先代の御当主様が統治しておられた頃、一度内戦が起きかけた事があっての。その時に裏口を使用した者がおる。爺や、どこの隊だったかの」
キッシュの問いかけに、ミズノはその答えをロウェルに求めた。
騎士については、ミズノは詳しくない。
「そうさの。今で言う第4騎士団と、第8騎士団じゃ。もしかしたら、その中におるやもしれんのう」
第4騎士団と第8騎士団……キッシュは心の中で呟く。
確か、あの嬢ちゃんと懇意にしていた奴らは、第4騎士団じゃなかったか。
「そこは俺が調べてみる。厨房にいると、騎士共と接触も多いからな」
キッシュの言葉に二人は頷いた。
「そ、それで。慎重に動かねばならんというのは、何故ですか。ロウェル様」
膝を揺さぶりながら、豆腐屋の爺が尋ねると、ロウェルは静かに息を吐いた。
「よいか。騎士というのは、いくら私怨があったとて、単独の行動など起こさぬものじゃ。事が公になれば、騎士の権威は剥奪され、城からも追い出されるからのう」
「で、では……?」
ロウェルの言葉の意味が読み取れず、豆腐屋の爺は明らかな答えを求めようとロウェルを食い入るように見つめた。だがロウェルはそっと視線を床に落とした。
「上からの命令があったと考えるべきじゃろう」
ミズノも同じ事を考えていたのだろう、何も言わなかった。
騎士は命令に背かない。
それは、絶対的な掟だ。
「待てよ。騎士に命令出来る人間なんて、一人しかいねぇじゃ……」
キッシュが言いかけた言葉にその場の皆が沈黙する。その沈黙が答えとなった。
「おい……嘘だろ?」
「待つんじゃ。決めつけるのは早い。話が少しおかしいわい」
「どういう意味だよ、ロウェル様」
「あの者は、朱鳥殿をこの国の巫女にすげるつもりでおった。それは、間違いないのう。その為に我らを敎育係として任じ、調印も交わしたんじゃ。それなのに、その朱鳥殿のお命を狙うなど、矛盾しておるとは思わんか」
ロウェルは御当主様と言わずにあえてあの者、と言い換えたが、この場の全員がその意図を汲んだ。
豆腐屋の爺は真っ青になって拳を握り締め、黙って話を聞いている。
「そう言われりゃ、確かにそうだな。でもよ、サワナに行かせたのはその……あのお方だろ? ライザーって奴が言いに来たんだぜ。間違いねぇ」
「ほう。ライザーが?」
「ならば、あのお方が関与しておるのは、間違いないじゃろう」
ミズノはそう言って目を伏せた。
ロウェルも頷いて同意する。
「しかし、朱鳥殿を狙うというのは、やはり腑に落ちんのう。それならは、城に滞在させずに追い出せば良い。爺や、その話をした騎士は他には何か言っておらんかったかの」
そう問われて、豆腐屋の爺はあの時の会話を懸命に思い出す。
立花朱鳥、あの時はその名前を聞いて動転してしてしまったが、他に何か言っていただろうか。
よく思い出せ。そう自分に言い聞かせる。
あの時、騎士はなんと言った。
そう、確か……
__いいか。忘れるな。殺すのは女と、女が飼っている黒い猫だーー。
「そう……そうだ。確かにあの騎士は言っておった。殺すのは女と飼っている猫じゃ、と」
「なんじゃとっ!」
その言葉に驚愕し、声を荒立てたのはロウェルだった。




