それはまさにあの光景
明かりが灯されていた宿屋街の通りとは違い、夜の林の中はお化けでも出て来そうな程に暗く、静かで不気味だった。
その中を懐中電灯で照らしながら、私達は道を進む。
「テオ。野盗が潜んでいる可能性もある。視界も悪いから決して警戒を怠るな」
「はい。分かってます」
先頭を行くオスカーさんとテオがそう言って、腰に差している剣に手をかけた。
あれ、本物なのかしら。
剣なんて時代劇の小物でしか私は見た事がない。切ったら、本当に切れるのかな。
どこか遠い感覚で私はそんな二人を後ろから見ていた。
さわさわと木の葉が鳴る小道を抜けて、私達は再びあの泉の前に立った。
泉の周りは円を描くように林で囲まれている為、その空間だけがすっぽりと切り取られたかのようだ。
水面は夜空を映し取り、星々のきらめきが落ちてきているように見える。
「で、どうするんだよ」
夜空を見上げてテオが問いかけた。
「ヤマト。どうすれば精霊を呼べるの?」
私の足元にちょこんと座るヤマトに教えを乞うてみる。
__名前を呼べば良いのだ。
「名前?」
__お主なら、分かるであろう。
私の顔を見上げて、夜の闇に溶けるようなその身体の中で金色の瞳がすっと細められた。
名前__それは、アレのことかしら。
「名前って。炎の精霊様~とか、そんな感じかよ?」
テオが戯けたように言う。
その後ろではミカンがトキと手を繋いで、一歩下がって見ていた。
「違うわ」
炎の精霊の名前。
あの紅く光る輝きがわたしの中で溶けた時、精霊が教えてくれた。
私はゆっくりと泉に向かって歩みを進める。
正面から突風が凪いで、わたしの長い髪が風に乗ってなびいた。
__さあ、器の子。僕達を呼んで。
__器の子。僕達の名前を呼んで。
__君は知っているよ。
__君は知っているよ。
__さあ、呼んで。
私の想いに同調するように、頭の中で精霊の声が響いた。
呼ばれるのを心待ちにしているように。
私は泉に向けてすっと右手を差し伸ばし言葉を紡ぐ。
「おいで。
炎の精霊、ユトゥリーナヴ」
私の右手の掌から紅い煌きが溢れ出した。
キラキラと輝くそれは一筋の光の筋となって、泉の中央へ向かって緩やかに湾曲しながら進み行く。
光の筋は天に向かって螺旋を描くように立ち上がり、そこに精霊は姿を現した。
あの焚火の中で見た精霊達だ。
「凄い……」
後ろでトキの呟きが掠れて聞こえた。
オスカーさんもテオも言葉を失ってその様子を見つめている。
ふふふふふ……
そう笑いながら、彼らは私を見つめた。
__やっと呼んでくれた。
__待ってたんだよ、器の子。
__君は、何を望むんだい?
__君は、何を望むの?
光の渦の中でくるくると回りながら、精霊が問いかける。
何を望むか?
そんなの決まってる。
私はきっと精霊達を見つめ、すぅっと呼吸をして大声で叫んだ。
「ここの泉を沸かしてちょうだい!!」
一瞬の間。
「おまっ……なんか色々台無しだよっ!!」
テオが夢から覚めたように騒いだ。
見ればオスカーさんも、大きなため息をついている。
だって、その為に来たんじゃないの。
__沸かす? 沸かすってなぁに?
__ねぇねぇ、器の子。
__沸かすってどうすれば良いの?
精霊達が不思議そうにそんな事を尋ねて来た。
なんでしょう。
この子達、お湯を沸かす事に使われた事なかったのかしら。
__愚か者が。
ヤマトの溜息が聞こえた。
「沸かすっていうのはね。つまり、この泉を貴方達の力であっつくして貰いたいの。うんっと、あっつくして貰いたいの! 出来るかしら!」
__ここの水を熱くすれば良いんだね?
__ふふふふ。水、いっぱいあるね。
__ふふふふ。器の子は、面白いね。
__うんうん。器の子は面白いね。
なんだか、精霊に笑われた。
でも、あんな小さな精霊がこの巨大な泉を熱くするなんて出来るのかしら。
やっぱり無理って言い出したりして。
そんな私の考えは、直後に精霊達の声によって遮られた。
__『その願い、叶えよう』
精霊達の声が、同時に響いた。
そう思った瞬間。
精霊達を包み込む紅い光が瞬時にその強さを増し、大きな火柱となって立ち昇った。
ごおっ! という大きな音を立てて天高く立ち昇った火柱はその方向を一転し、泉へと向けて落下した。
火柱は泉の底へ向けて勢いを増し、水面に到達した瞬間、ざあっと泉の水が波紋を広げて外へと向かって大きな飛沫を生み出した。
ざばぁっと泉の水が私達を襲い、オスカーさんが私を庇うように抱きしめる。
後ろからは、きゃああっ! というミカンの声。
それに続いてミカン! と叫ぶテオの声が聞こえた。
まるで遊園地のウォーターアトラクションに乗った後のように、私達はあっという間に水浸しになる。
なんとか体勢を整えて泉を見ると、中央の辺りに真っ赤な光の集合体が見えた。
泉の底から光出す紅い光。
その時だった。
こぽっこぽっとその光の上にある水面が弾いた。
それは少しずつ外へと広がって、中央付近の水は遠目にも見て分かるほどに湧き上がり、大きく水面を弾いている。
この大きな泉の水面全体がごぼこぼと鳴りながら私達のいる付近までも水を弾いているその様は、まるで__
「地獄の釜茹で……」
思わず、声が漏れてしまった。




