影の者達
「やあ、豆腐屋のじいさん。厨房に納品か?」
時刻は夜も明けぬ、午前3時。
あれからどうしたものか、豆腐屋の爺は家の中で一人、考えた。
娘さんの力になってくれそうな人。
思い当たる人間は、二人しかいなかった。
門番に声をかけられ、爺はぎこちない笑いを返す。
「はい。交付も行われた事ですし、豆腐にも需要が出ましたから。先にお城に納入しようと思いまして」
「そうか。よし、通れ」
門番がクリスタルを掲げ、門が輝き出す。
ありがとうございますと一礼して荷台を起こし、門を通過した。
まだ明け方前ということもあり、敷地内を見渡しても見回りの兵士が何人か居るだけだった。
しかし、この時間ならばいるはずだ。
胸の中にしまった手紙を落とさないように、ギュッと押し入れる。
敷地内を荷台を引いて通り過ぎ、裏手に回った先にその入り口はあった。
鍵は空いているはずだ。ノブを回すとガチャリ、と音がした。
「あ? ああ、なんだ豆腐屋の爺さんかよ。おはようさん。今日納品の日だったか?」
コックコートに身を包み、食糧庫で食材チェックをしていたキッシュが振り返る。
「キッシュさん、おはようございます。豆腐やおからが足りなくなると困ると思いまして、お待ちしたんですよ」
「んん? まだあったと思ったがな。まあ、いいや。どうせすぐなくなる。運んでくれや」
「はい。では失礼して」
食糧庫の中に足を運び入れて荷物を下ろしながら、爺は注意深く周りを見渡した。
今のところキッシュしかいないようだが、コック達の朝は早い。
早く伝えなければ。
「キッシュさん。大事な話があるんだが……」
「大事な話?」
運ばれて来た大豆の状態を触って確認しながら、キッシュは豆腐屋の言葉に顔を上げた。
「なんだ?」
この人はあの娘さんとも仲良くしていた人だ。
きっと大丈夫だ。
爺は震える手で懐の中からしたためた手紙を取り出して、ぐいっとキッシュの胸元に押し付けた。
「こ……これを、ロウェル様かミズノ様に渡してくださらんか」
「ああ? なんだよ、こりゃ」
突然の出来事にキッシュは面食らったように目を丸くして豆腐屋を見た。
「大事な手紙なんじゃ! 頼む……! 頼みます!」
「手紙ぃ?」
呆気に取られたような顔をしてキッシュは声を上げた。
わざわざ手紙を頼むなんて、おかしいと思うだろう。
だが、いつまたロウェル様達が店に来てくれるのか分からない。
黙って待つわけには、いかないんじゃ!
「おい……爺さん。何があったんだよ」
「お前さんなら、あのお二人の元へ行けるじゃろう。早く……出来るだけ早く……! それを渡してくれんか!」
キッシュの胸倉を手紙と一緒に掴み、そう言って爺はつめ寄った。
「お、おい。ちょっと待て。だから一体何があったんだって聞いてんだよ」
すぐに頷かないキッシュに苛立ちながら、誰か来ないか辺りを見渡す。
この人になら話しても大丈夫な筈だ。
だけど、他の人間に聞かれる訳にはいかない。
きょろきょろと落ち着きなく辺りを見渡して、人の気配がないか探っている爺の様子に気付いたキッシュが声をかけた。
「あの嬢ちゃんもいねぇし、朝は通常通りになったからよ。まだ他の奴らは来ねぇぜ」
「なぜ、いないんです」
「公布に伴ってサワナに挨拶しに行ったんだよ。しばらく帰って来ねぇ」
「サワナ……」
サワナ。あの者達もそう言った。
サワナに着いたら見分けがつかない、と。
「お、おい……」
やはり、やはりそうなのだ。
なんど聞き間違いだったら良いと思ったか。
あの娘さんはお城にいるはずだ。
サワナになんか行っていない。
何度も何度もそう自分に言い聞かせた。
ドクンドクンと心臓が大きく脈打った。
間違いではない。
あの者達はあの娘さんを殺すと、そう言ったのだ。
「その手紙は……その手紙は、あの娘さんに関わる事じゃ」
自分が考えた間違いの可能性を全て打ち消されて、爺は震える声を絞り出した。
「あの嬢ちゃんに関する事……?」
キッシュの眉がぴくんと跳ね上がる。
これ以上はここで話せない。
渡してくれないのだろうか。
また理由を話せと詰め寄るのか。
どうか、どうか。
祈るような気持ちでキッシュを見れば、キッシュは腕組みをして、じっとこちらを見つめていた。
「6時だ」
6時?
何の事か分からず、爺は目を見張る。
「6時になったら配膳が始まる。そん時に行きゃあ、不自然に思われねえ。それまで待てるか、爺さん」
その言葉を聞いた途端、爺の目から涙が溢れた。
頼みの綱は、この人だけだったのだから。




