霧の中で
階段を大股で飛び越え、全力で走る。
あいつ! 絶対あいつだ!
待て、こらーーーーっ!!
「アスカっ!!」
「巫女様っ!!」
後ろから皆の叫び声と、駆け出す足音が聞こえる。
私は構わず何度も大股で階段を飛び降り、玄関に向かって走り抜ける。
がらっ! と大きな音を立てて玄関の扉を押し開けて滑り込むように外に飛び出すと、直ぐに男が逃げた方向に向かって全力疾走で駆け出した。
「はぁっ、はぁっ、待てーっ!!」
絶対こっちに逃げた筈なのに! 追えども追えども、背中すら見えない。
そのうち、薄らと霧がかかって来た。一度立ち止まり、周囲に男の姿を探す。霧はあっという間に濃くなって、目先の状態すらも分からなくなった。
「こんな時に霧なんて……」
気が付けば一面真っ白になっていた。下手すると方向感覚すら見失いそうだ。
「アスカーーっ!!」
「どこだーっ!!」
「巫女様ーっ!どちらですかっー!」
後ろから皆の叫び声が聞こえたけど、この霧じゃ影も形も捉えられない。
完全に逃げた男の姿を見失い、私は大きくため息をついて、皆に応じた。
「こっちよーっ! こっちーっ!」
「アスカの声だ! どこだ!?」
「巫女様ーっ!」
「こっちよっ!」
「全然見えねぇ!」
声はそれほど遠くない。
私は首からぶら下げた懐中電灯を照らして、ぶんぶんと振り回した。
「こっちよ! 明かりが見えるかしらっ! ここよ!」
「明かり?」
「あっ、あれじゃない?」
「そこから動くな!」
懐中電灯を皆の声のする方に向けて、照らす。
しばらくすると薄らと人影が見えて、皆が姿を現した。
「良かった。無事だったか」
オスカーさんが私の肩を掴み、心配そうに眉を寄せた。
__愚か者が。勝手に飛び出すとは何事か。
「ったく、どうしたんだよ。急に飛び出して。すんげぇビックリした!」
テオも困ったような顔をして、髪の毛を掻き上げると大きくため息をついてそう言った。
「いたのよ」
「誰がいたの?」
トキが私の顔を見上げて尋ねる。
「銀髪の男が窓の下にいたの。目が合ったら、やべって言って逃げたのよ。それで思わず追いかけちゃったの」
私がそう言うと、皆が顔を見つめ合った。
「銀髪の男と言うと、ヤマトを狙った男か?」
「多分……でも、やべって言ったのよ。怪しいでしょう? 絶対あの人だと思ったのよ」
「でも、お一人で飛び出すなんて……」
ミカンが困ったように眉を寄せて私を見つめる。
確かに何も説明しないで飛び出したのは悪かったと思うけど、なんていうの?
殆ど無意識だったのよね。
なぜ登るのか、そこに山があるから。
なぜ追うのか、そこに逃げる者がいたから。
そんな感じだったのよ。
男は確かに銀髪だった。
目も合ったし……一瞬の事で顔はよく覚えてないけど。
そうこうしているうちに、霧が薄れて来たと思ったら、嘘のように消えてなくなった。
そこには、さも当然のように、夜の宿屋街が軒を並べている。
「霧……なくなったわね」
一体なんだったのかしら。
10分やそこらしか出ていなかった。
風もないのに霧ってこんなに早くなくなるものなのかしら。
「でも、霧が晴れて良かったです。あのままでは、宿に戻るのも一苦労でしたから」
「だな! 周りが見えなくなるのは酷いぜ、まったく!」
「ああ。まったくその通りだ。さあ、宿に戻ろう」
各々が安堵したように言葉を交わす。
男を逃してしまったのは残念だったけど、仕方ないわね。
そう思い、私も皆の歩みに合わせて宿へ引き返そうとした時だった。
目の端に見覚えのある場所が映る。
「待って! ここって林に行く道の所じゃない?」
あの道って泉に続く道よね。
夢中になって追いかけてるうちに、こんな所まで走って来ちゃったんだわ。
私が思わず声を上げると、皆が私の視線の先を目で追った。
「ああ、本当だ。こんな所まで来てしまっていたのか」
「あーあ。俺すっげぇ嫌な予感がする」
「そうですね……」
「アスカ、行くの?」
最後にトキが私を見上げてそう言うから、私は満面の笑顔で返事をした。
「もちろんっ! これは神の導きよっ!」
__都合の良い事を。
ヤマトの言葉は聞かなかったことにした。
ふっふっふっふっ!
あの男追いかけて来て本当に良かったわ。感謝しなくちゃ!
私は明かり一つない暗闇の中へと懐中電灯を照らし、林へ向かう街道を指さして言った。
「さあっ、行くわよ! いざ、温泉を求めて!」
はああっと皆の溜息が重なったのも、私は聞かなかった事にした。
一同が林へ向けて姿を消して行くのを銀髪の男は額に汗を流し、物陰から息をひそめて覗いていた。
「はあっ、はあっ。なんだよあの女。叫びながら追いかけてくんなっつーの! しつけえし、女のくせに足速えしよ。久々に使っちまったじゃねぇか」
だが猫を狙ったことがバレて今夜は警戒して外には出ないと踏んでいたが、こいつはラッキーだ。
奴らは林に入って行った。夜なら視界も悪い。暗闇に乗じて、あの猫を今度こそ捕まえる機会が来るかもしれねぇ。
一度あいつら、呼んでくるか。
一人じゃ捕まえられねぇからな。
男は短い間に思考を纏め、仲間がいる飲み屋へと走り出した。
「巫女様……てなんだ?」
そう、首を傾げて。




