バカヤロウ
「しかし、おかしな事もあるものだ」
夜遅く。騒ぎを聞き付けたオスカーさん達が私の部屋を訪れていた。
皆で円陣を組むようにして床に座り、出来るだけ声をひそめて話し込む。
「その銀髪の男って何者だよ。
わざわざミカンを外に連れ出して、部屋に侵入するなんてよ。しかも物盗りじゃなかったんだろ?」
一様に皆難しい顔をしている。
そう、それは私がトイレから戻った後の話。
部屋に戻るとヤマトが駆けて来て事のあらましを説明した。
男が部屋に侵入して、ヤマトを捕まえようとしたんだとか。
ヤマトをさらって何をする気だったのかしら。
この猫喋るし宙には浮けるし威圧は出来るし、化け猫なんだけど。
その男も見る目がないわね、まったく。
「ヤマトは荷物には目もくれずに、自分の事捕まえようとしたって。ジャーキーも床に落ちてたから、本当にヤマトを狙って来たんじゃないかしら。一応、荷物も確認したけど、何も盗られていなかったわ」
「ヤマト……お前何したんだよ。どっかで恨みでも買ったのか?」
テオが顔をしかめてヤマトを抱き上げた。
「巫女様。申し訳ありませんでした。このようなことになるなんて……警戒はしていたつもりだったのですけど、騙されてしまって……」
ミカンが申し訳なさそうに項垂れる。
「大丈夫よ。結果的に何もなかったんだもの」
「ミカンとヤマトが言うように、銀髪の男は確かにこの宿に泊まったようだ。我々の後に来たのだと女将も話していた。
案内されて部屋に行ってみたが、既にも抜けの殻だった。逃げ足が早い所を見ると、盗賊か野盗といった類だろう」
盗賊か野盗?
そんな人間が猫なんてなぜ欲しがるのかしら。
猫愛好家の野盗でもいるのかしらね。
「でも盗賊だったら何も盗らないで出て行くのもおかしいですよね。それに巫女様の猫を狙うなんて。何か別の意図があったのでは?」
別の意図、と言われてもさっぱり見当がつかない。
「念の為、これからはヤマトからも目を離さない方が良いだろう」
皆の視線がヤマトに向けられる。
トキが心配そうにテオの膝の上に乗るヤマトに手を伸ばし、頭をそっと撫でた。
「ヤマト……離れちゃダメだからね」
そう言ったトキの言葉に応えるように、ヤマトがぺろりとトキの指を舐め返した。
何あれ、猫っぽい。
胡散臭い視線をヤマトに向けつつも、話がひと段落ついたこのタイミングで、私は勢い良く立ち上がり、扉に向けて人差し指をビシッと立てて叫んだ。
「じゃあ、そういう事で。行くわよ! 源泉の泉にっ!」
「ダメだ」
「無理」
「やめた方がいいよ」
「巫女様……」
全会一致の拒否を私は聞かなかった事にした。
「野盗が出たかもしれないのだ。まだその辺りに潜んでいる可能性もある。こんな夜中に外に出るなど危険すぎる」
オスカーさんが重ねて有無を言わせぬ様子で、厳しい視線を私に向ける。
だああああっ!
やっぱり、こうなると思った!
野盗だか盗賊だか知らないけど、本当に余計な事してくれちゃって!
私は温かい温泉に入りたいのよっ。
ずっと、外出するの楽しみにしてのにっ!
準備も万端に、私の首にはバックパックから取り出した懐中電灯がぶら下がっていた。
私の楽しみを奪うとは、許せないわっ!
「オスカーさんもテオもいるし、きっと大丈夫ですよ。遠くに逃げて行った可能性だってあるじゃないですか!」
「巫女様、危険過ぎます。今夜の外出は控えましょう」
諦めきれずに食らいつく私に、いつもニコニコ顔のミカンまでが厳しい顔付きで私を諭した。
こういう顔の時のミカンは頑なだ。
せっかく炎の精霊もいるんだし、どうせなら試してみたいじゃない!
上手くいけば、もしかしたらあの大きな泉が巨大な温泉へと生まれ変わるかも知れなかったのにっ!
私はその憤りを発散すべくガラッと窓を開けて、夜空に向かって大声で叫んだ。
「野盗のばかやろーーーーっ!!」
「おわっ」
真下から驚いたような声が聞こえて、思わず目を向けると、銀髪の男が私を見上げていた。
「んっ?」
「やべっ!」
やべっ?
目が合った途端に男は走り出した。
それを見た私は無意識に部屋を飛び出したのだった。




