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狙う者

 早いうちに終わらせねぇと。

 あいつらがいつ戻ってくるかわかんねぇ。


 気が急ぐのを堪えながら、男は部屋のドアが開くのを待つ。


「はい。どちら様ですか?」


 中にいる女はすぐにドアを開けなかった。

 声だけかけて、相手を確かめている。


 ちっ、面倒だな。


「さっき下の階にいた者なんですが。黒髪のお嬢さんが、あなたに用があるから呼んできて欲しいと言伝を頼まれたんすよ」


「えっ? 巫女……アスカ様が?」


 あの黒髪の女、アスカって名前なのか。


「はい。とても急いでいるみたいでした。早く行ってあげたらどうだ、でしょう」


 くっそ。丁寧な言葉なんざ喋った事がねぇから、おかしな言い方になっちまう。


「困りましたね……この部屋を空ける訳にはいかないのです。この部屋の右隣のお部屋に騎士様がいらっしゃいますから、その方を呼んできては貰えませんか?」


 騎士だあ? んなの、呼ぶかっつーんだよ。


 早く開けやがれ。


 しっかし、随分と警戒が強い。

 ここで一番偉いのは領主だろ?


 あの女何者だ?


「……呼んでみたけど、いないみたいっすよ」


「え? そうですか……。仕方ないですね、少しお待ち下さい」


 やっとか。おせぇよ!

 時間がねぇ。トイレに行くっつったか?

 早く猫捕まえてトンズラしねぇと!


 ガチャリとノブが開く音がして、中から女が顔を出した。


 おかっぱ頭の女の肩越しに黒猫が見える。

 あいつだ。


「教えて下さってありがとう御座います」


 そう言ってドアを閉めると女はパタパタと階段を降りて行った。


 その後ろ姿が見えなくなるまで俺はしっかり確かめてからドアノブを回す。


 ガチャ……

 素早く部屋の中に入り、扉を閉める。


 正面に猫がいた。


 闇夜の月明かりに照らされながら、金色の瞳が小さな月のように浮かび上がっているようだ。


「こっちに来い、クソ猫」


 苛立たしげにそう言うと、猫がその目をすっと細めた。


 敵だ、と認識されたみてぇだ。

 犬猫は勘が鋭いから面倒だ。


 俺はズカズカと進んで猫の体を捕まえようとした。だが、猫は素早く動き回り、ベッドの下に逃げ隠れた。


「ちっ! 逃げんじゃねーよ!」


 ベッドの下に潜り込み、手を伸ばすも猫はジリジリと後ずさる。


 面倒になってベッドを飛び越え、向こう側に着地して、もう少しで猫の尻尾を捕まえられる、そう思ったのにまた素早く身を躱される。


 小動物は動きが機敏で捕まえんのが大変だ。


 舌打ちを繰り返し、仲間から貰ったジャーキーをポケットから出して目の前にぶら下げてやると、猫の動きがピタリと止まった。 


 これはいけるかもしれねぇ!


「ほら、こい。やるよ。こっちだ」


 プラプラと目の前で餌を振る。


 猫は警戒しながらも、餌に目が食いついている。 


 一度床に置いてみるか?


 餌を床に置き、少し身体を引いて、猫が近寄って来るのをじっと待つ。


 しかし、猫は動かない。


 身体を小さく丸めて金色の瞳に明らかな警戒心を宿し、ジャーキーから視線をそらすと、値踏みするようにギラギラと光るその目を俺に向けた。


「あん? なんで俺のこと見てんだよ、おめぇ。餌見ろ、餌!」




 __愚か者が。




「あ……?」


 俺しかいないはずのその部屋で、確かに低い声が聞こえた。


 誰かに見られたか!? 


俺は思わず身体を固くしで身構えると、ガバッと身を起こして部屋を見渡す。


 だけど、俺の他には誰も居なかった。


「気のせい……か?」


 そう呟いた後、ドア越しに階段を上る足音が聞こえて来た。


 やべぇ! 帰って来たか!?


 俺は慌てて部屋から飛び出し、自分の部屋へと舞い戻る。


「ただいまあー!」


 壁越しに女の声が聞こえる。


 宿屋の壁は薄い。だけら俺はわざわざあの女の隣の部屋にしてもらった。


 あの猫がアスカとかいう女の飼い猫なのは、もう分かってたしな。


「はあ? 男って誰よ」


 んっ?


 バクバクする心臓を抑えながら、俺は壁に耳を当てる。


「銀髪の男?」


 ちっ、あのおかっぱ女喋りやがったか。 


 これ以上ややこしくなる前にこの宿から抜け出さねえと。


 廊下には騎士がいるはずだ。


 そっとドアを開いて廊下の様子を見ようとした時だった。


「ヤマトを捕まえようとした? なんで?」


 ドアノブに伸ばした手が、ピタリと止まる。



 なんだ? 何を話してやがる?

 捕まえようとした?


 それって猫のことかよ?

 は?

 あの女誰と喋ってんだ?



「何よ、それ。じゃあ、ミカンを呼んだ男ってその人の事なの? つまりそれって、ヤマトを捕まえる為にミカンを誘い出したって事……」



 ぞわりと背筋に寒気が走った。



 あの女、誰と話してやがるんだ!?

 あの部屋には猫しかいなかっただろ?

 まるで一部始終を誰かに聞いてるみたいな口ぶりじゃねぇか。



「そんな事ある? よっぽど猫に恨みでも持ってる人でしょうね。とにかく無事で良かったわよ。何か盗まれた?」



 何か盗まれただと?

 誰がそれを知ってるってゆーんだよ。


 あの部屋にいたのは、俺と……猫、だけだろ……



「そう。なら結果オーライじゃないの。ヤマトも無事だったんだし。そのジャーキー食べていいわよ」


 ジャーキー?

 床に落としたままだった!


 でも、普通だったら、今まで無かったものが部屋に落ちてたら不気味に思わねぇか?


 まるでそこにあるって知ってるみたいな言い方……



 いや、馬鹿か。俺は。

 変な事考えてんじゃねぇ。

 とにかく今は逃げ出すのが先決だ。



 銀髪の男、と女は言った。

 騎士もすぐに探すはずだ。



 チラリとドアを開けると、騎士も部屋の中に入ったのか廊下には姿が見えなかった。


 今しかねぇ!


 俺はさっと部屋から飛び出して、階段を飛び降りた。


 とにかく、警戒された以上は宿屋で始末すんのは無理だ。


 タイミングを見るしかねぇな。


 宿屋のカウンターもすり抜けて、俺は外へ飛び出した。


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― 新着の感想 ―
[一言] 雇われた野盗さんも、ヤマトの正体聞かされてないみたいで、大変っすな。 もっとも、聞いてなお依頼を受ける人が居るかという話もありますが
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