宿屋の夜
源泉の泉を堪能した私達は宿へと帰って来た。
モルモット達はどんな商談をしているのか、まだ戻って来ていない。
女将から夕食の準備が整っていますと声をかけられて、モルモット達を待とうかと皆で悩んだけど、いつ戻るか分からなかったので結局先に頂く事にした。
「ねぇ、ミカン。あの泉を見るとお城のお風呂って凄く不思議な感じがするわよね」
もぐもぐとご飯を頬張りながらミカンに話しかける。
「そうですね……お城のお湯は、ずっとあのままですし。恩恵とか関係ないのでしょうか」
「恩恵は関係ないのよ、あそこは」
もぐもぐと口を動かしながら、私は先日ヤマトから受けた講義を思い出していた。
「あそこは神様のお城だから」
「神様のお城ぉ? なんだよ、それ」
向かいでテオがリスのように頬を食べ物で膨らませながら言葉を返す。
「ヤマトが言うにはね、あの城は昔神様が作ったお城で、その神様の力が残ってるんだって。あの転移陣もそうらしいのよ。だから、多分お風呂もそんな感じなんじゃないの」
「へぇ。そうだったのか。あのお城って実はすげぇんだな」
テオが感心するように目を大きくした。
__ほぉう。理解が良いではないか。
ヤマトはジャーキーに魅力されてから、色々な物を食べたがった。
今もお膳に乗っているおかずをクンクンと嗅ぎ分けながら、その金色の瞳で狙っている。
「大体の事は理解したわ。でもあのお風呂は、どういう構造なの?」
__話したであろう。高位の神は多数の力の源を持ち合わせるのだと。それはつまり、それぞれの力を組み合わせて様々な事が出来ると言う事だ。
「組み合わせ……ね」
お風呂を沸かすのに必要なものと言えは、当然の如く火を使う。
水はたっぷりあるんだし、そうなると。
「私の精霊使ってあの水沸かせないかしら、あははっ」
「精霊の恩恵をお湯を沸かす事に使うなど……あまりにも精霊に対して非礼ではないか?」
品よくおかずを箸で運びながら、オスカーさんが私の言葉に眉根を寄せた。
非礼とかあるのかしら。
なんなら取扱説明書とか欲しい。
「それにあの泉はとても大きいです。あれほどの水を沸かすとなると、大変なのではないですか?」
「どうなんだろう? 実際やってみなきゃ分からないわね、そこは」
そう言って、もぐもぐと再び食べ始めた私をテオが呆れ顔で見つめた。
「お前……やるつもりだろ!」
「えっ? そうなのですか、巫女様」
「物は試しって言うじゃない。やってダメならそれで終わりよ」
一同が瞬きして私を見つめていた。
だってせっかく炎の精霊がいるんだから、試してみたいじゃないの。
使い方は分からないけど。
「おい、ヤマト。いいのかよ、好きにさせて」
漬物をポリポリ食べながら、テオがヤマトに助けを求めた。
__巫女の器が、どこでどのように恩恵を行使するのかは自由だ。
「私の自由だから、放っておけって」
「マジかよ……」
と言う訳で、私達は源泉の泉で炎の精霊の恩恵を試してみる事にした。
初めはあまりにも規模がデカイので、宿屋のお風呂で試そうかと提案したんだけど、上手くいった時に言い訳するのが苦しいとオスカーさんに反対された。
そう言えば、私が巫女の器って事は秘密にしろってモルモット達にも言ってたんだものね。
じゃあ、バレないように夜中にこっそり泉に行こうという話になったのだ。
あそこなら宿屋街からは離れているし、林に覆われて中も見えない。
時間を見計らえば誰にも見られる事はない。
「皆が寝静まったら部屋に迎えに行く。それまで待っているんだ。決して勝手な行動は取るな。いいな?」
オスカーさんに念を押されて頷き、私とミカンは迎えが来る時間まで部屋でヤマトをいじって遊ぶ事にした。
そのうちモルモット達も帰って来て、上機嫌で商談が上手く行ったと報告しに来た。
モルモットはおから料理の宣伝もして来てくれたそうだ。
全ては大豆あっての物種であるからして、先に大量購入を勧めたのだろうと思う。
モルモット達が長旅用に持ち合わせた肉は一つではなかったし、やり手の領主がいるからこそ儲かるんだろうなと感心してしまった。
「ミカン、私トイレに行ってくるわ」
宿屋といっても元の世界のホテルのように各部屋にトイレが付いているわけじゃない。
この宿でトイレに行くには、部屋を出て一階に降りなければならなかった。
そう声を掛けると、ミカンは頷いた。
「分かりました。ここでお待ちしています」
「うん。じゃあ、お願いね」
そう言って部屋を出ると、そこには真面目な顔をしたテオが立っている。
偉い偉い。真面目に仕事してたのね。
「テオ。私トイレ行ってくるわ」
「じゃあ、俺も行く」
「……女子トイレに付いて来る気?」
「だって離れたら何があるか分からないだろ。隊長に絶対に目を離すなって言われてんだよ」
「すぐ戻って来るわよ」
「ダメだ。絶対に一緒に行くからな」
私は小さくため息をつく。
これが彼の仕事なのだから仕方ない。そう思う事にした。
「じゃあ、一緒に行きましょう」
「おう」
真面目に騎士の仕事をしているテオを見るのは初めてかもしれない。
野宿の時も見張りには立ってくれていたけど、私はのんきに寝ていたし、従者の人と変わりばんこに寝ずの番をしててくれたという事しか知らない。
こうやってみると、テオも結構逞しい所があるなぁと思ってしまう。
そんな朱鳥達が部屋から出て階段を降りて行くのを、銀髪の男は薄く開いたドアの隙間から注意深く覗いていた。
騎士が四六時中女と猫の側に張り付いていて、声を掛ける隙すらない。
それでもじっと機会を伺って、やっと来た絶好の機会。
あの部屋の中には付き添いの女が一人と猫がいるはずだ。それなら、なんとかなるかもしんねぇ。
男は滑るように扉の隙間から静かに部屋を出て、猫がいる部屋をノックした。




