バックパックの脅威
しっ、死ぬっ!!
真夏の熱気を含む、ねずみ色のアスファルトが手をこまねく。
そのアスファルトに向けて、わたしの首をぐいぐいと引っ張るのは、はち切れんばかりに膨れ上がったバックパック。
しかし、そうはさせまいとステンレスの窓サッシが首を押し留める。
わたしは今、バックパックの重みを利用し、窓サッシに首を引っかけて自殺を図ろうと……するかあああああっ!!
真夜中。わたしはそんな無様な格好で一人、バックパックの重みと格闘しながらジタバタともがき苦しんでいた。
ことは数分前に遡る――
◇
「あはははっ!!」
エアコンの効いた部屋でお笑い番組に腹を抱えるわたしは、やっと念願のひとり暮らしを叶えて気分は最好調だった。
こうして心ゆくまで時間を堪能できるのも、明日から一週間のお休みが待っているからだ。
マネージャーの和美さんからは引っ越しの後片付けをするように仰せつかっているんだけれども。まだ時間はあるし急がなくてもいいでしょう。
たっぷりと氷をいれたアイスコーヒーで喉を潤し、時間を気にすることなく深夜番組を堪能できるって、なんて素晴らしいのかしら。
ひとしきり笑ったらぐう、とお腹が鳴った。
「ポテチが欲しいなぁ」
お腹をさすりながら窓際をチラッと見やる。
そこにはサンダルとパンパンに膨れたバックパックが三つ、鎮座している。
物欲しそうにバックを見つめること数秒。
わたしはブンブンと首を横に振った。
「いやいや! だめよ! あれは非常食品! 非常時に食べる物です!!」
やっぱりコンビニまで買いに行こう。
おもむろに立ち上がったわたしは、テレビの電源を切ろうとリモコンを手にした。
その時、ゆらっと体が揺れる。
立ちくらみにも似たその感覚に、一瞬息を止めて立ち止まる。
……気のせい?
しばらくその場から動かないでいると再びゆらゆらと体が揺れた。
「あ、やっぱり揺れてる」
わたしは目を輝かせる。
今日こそバックパックの出番かもしれない!!
急いで窓際に駆け寄り、サンダルに足を通す。
バックパックはちょっと重いから、すんでのところで背負えばいい。
前回の地震の時、さらなる揺れを待って三つとも背負っていたら、結局震度は3止まりだったし軽く筋肉痛になったのよね。二の舞は演じまい。
とりあえずサンダルは履いていても問題ないからこれでキープよ。うん。
「あっ! そうだ、窓あけなきゃ!」
地震が強いと建物が歪んで窓がひらかなくなることがあるって、テレビでいってたのよね。軽い揺れを感じながら窓を開ければ、湿気をたっぷり含んだ熱風が空気砲のように襲いかかった。
「あっつ……」
むわっとした熱気に顔をしかめながら外をのぞき込めば、すぐそこにアスファルトが見え、テレビからもれる笑い声が夜空に抜けた。
だけど揺れにはまだ変化がない。
もしかしたらこのまま収まるかな。
直後、そんな気の緩みを嘲笑うように、がたがたがたっ! と大きな揺れが襲いかかった。
「きゃあっ」
ぐわんぐわんと波打つ床にバランスを崩してよろけたわたしは、前のめりに倒れこんで膝をつく。その拍子にリモコンが手から滑り抜けてどこかにすっ飛んでしまった。
「えっ! ちょっと待ってよ!!」
わたしは咄嗟にリモコンを追いかける。
幼馴染みの涼太はわりと几帳面なところがあるので、失くしたら大変だ。
冷静に考えれば地震の最中に気にかけることではなかったけれど、ため息をつく涼太の顔が真っ先に浮かんでしまったのだから仕方がない。
「あった!」
ベッドフレームの脇に隠れているリモコンを発見したわたしは、四つん這いになり、ほふく前進よろしく床を進もうとした。
だけど再び、
――どんっ!!
全身に突き上げるような衝撃が襲う。揺れがさらに大きくなり、部屋全体が歪んだようにうねる。再びバランスを崩したわたしは転がるように尻餅をついた。
ここまでくると、リモコンどころの話ではない。
「涼太! ごめんね!」
ここにいない幼馴染みに無念! とばかりに謝り、バックパックのもとへと向かう。
左右の揺れが激しく這って進むのもつらい。
一刻も早くバックパックのもとへ行かなくては!!
何度か揺れる力に負けてゴロゴロと転がりながら、やっとバックパックにたどり着く。奥の方でガッシャーーン! と大きな音がしたけど振り返ってる余裕はなかった。
手前のバックパックに手を伸ばし、ひとまず首に引っかける。
二つ目のバックもたぐり寄せたけど、揺れは酷いし重たいしでうまく背負えない。
四苦八苦しているうちに、テレビから音が消えた。
煌々と照っていた電気も消え、揺れ動く部屋に不気味なほどの闇が広がる。
本能的な恐怖が、ぞわりと背筋を這い上がった。
とりあえず外に出なきゃ!
わたしは首に掛けたバックパックを前に抱き抱えて、窓サッシの上によいしょっと持ち上げる。
あとはわたしが乗り越えれば……
意を決して身を乗り出した時だった。
わたしより先に、ずるりとバックパックが窓から滑り落ちた。
その拍子にグンッと首が引っ張られる。
「ぐえっ!!」
乙女として有り得ない声が出てしまった!
わたしの首は窓サッシに引っかかり、首に引っかけたバックパックの重みで挟み撃ち状態。あまりの衝撃に喉は痛むし呼吸も止まる。加えて揺れ動く部屋のせいで踏ん張りが効かず首を持ち上げられない。
死ぬっ!!!
こんな間抜けな死に方があってたまるかっ!!
『あの立花麗花の愛娘、立花朱鳥がバックパックで首吊り自殺!!』
こんな死に方さらして、いいニュースの爆笑ネタにしかならない。末代までの恥よ!!
あ、末代はその場合わたしだったわ!!
「ぐ……苦しっ」
バックパックの重みで首は持ち上がらない。
それなら……!!
わたしはバタバタともがいていた足をできるだけ床にしっかりと押しつけ、勢いよく蹴り上げた。完全に浮き上がった下半身を前転の要領で外に向けて回せば。
ぐるんっ!!
世界が360度回転した。
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