40秒。
誤字、脱字報告に感謝致します。
翌日。
スチュワート三兄弟とレオナルドは王城で催される夜会に遅れることなく、なんとか、かんとか間に合った。
幾つかあるらしい王城の夜会用の大広間の中でも今夜は一番広くて豪華な部屋に案内される。
既に招待客の大半は集まっており、スチュワート家よりも後に招待客が来るような様子はなかった。
「エマ様ーーーー!」
呼ばれた方へ顔を向けると、刺繍の授業で同じ机を共にする友人達がはしたなくないギリギリのスピードでこちらに向かって来ていた。
「まあ、皆さまドレスとてもお似合いですわ」
フランチェスカは、甘過ぎないピンク色のレースのドレスを着ていた。
マリオンは、肩に花飾りの付いた黒地のワンショルダードレスを着ていた。
双子は、水色と白の生地を交互に縫い合わせたこの世界では珍しいマリン柄のオフショルダーのドレスを着ていた。
「一時はどうなることかと思いましたわ。エマ様本当にありがとうございます!」
フランチェスカが胸に手を当て、エマに感謝の礼をするとそれに合わせ、マリオンも双子も同じように礼をする。
「お役に立てて光栄ですわ」
ふふふっと笑ってエマが礼に応える。
「でも、こんな女性らしいドレスを私なんかが着て大丈夫でしょうか?」
柔らかいピンク色のレースは、初めてだとフランチェスカが恐縮する。
「とても綺麗ですよフランチェスカ様。女性らしい貴女にぴったりです」
ウィリアムがエマに躾られた甘い言葉をフランチェスカに贈る。
10歳の少年の褒め言葉でも嬉しいらしく、頬を染めてフランチェスカは喜んでいる。
「いや、私もまさかワンショルダードレスを着る日が来るとは思わなかったよ。せっかく届けてもらったけれど、着るのに勇気がいるから騎士服と迷ったんだけど……親も兄も使用人もドレスにしろと勧めるものだから……」
剥き出しになった片方の肩を恥ずかしそうにマリオンが押さえながらどこかおかしくないかと聞いてくる。
「マリオン様は、背が高くてスタイルが良いので完璧に着こなせていますよ!髪飾りもとても良く似合って綺麗です」
ゲオルグが父親譲りの甘い言葉をマリオンに贈る。
身長の高いゲオルグとマリオンが並べばとても絵になる。このまま、二人でダンスなんかしてみれば注目の的となるだろう。残念ながら、例によってゲオルグが踊ることはないが。
マリオンはにっこりと笑い礼を言うが、ドレスのせいか仕草がいつもよりも女性らしい。
「この縞模様、とても気に入ったわよねケイトリン」
「この縞模様、とても気に入ったわキャサリン」
双子もお揃いのドレスを気に入ってくれたようだ。
「エマ様、本当に助かったわ。私のドレスは出来たけどケイトリンのドレスが完成しなかったの。でもお揃いじゃないドレスなんて着れないわよね?ケイトリン」
「エマ様、本当に助かったわ。お揃いじゃないドレスなんて着れないわよキャサリン」
二人のドレスは、水色と白の縞模様の順番が逆なだけで全く同じドレスのデザインだ。褐色の肌に薄いマリン柄が良く映えている。
「キャサリン様も、ケイトリン様も凄く可愛いですわ!お二人には絶対にマリン柄が似合うと思いましたの!」
大好きな、銀髪褐色肌の双子のドレスアップした姿にエマは何度もうん、うんと頷いている。
この柄は絶対に流行ると思いますわ!と双子がハモる。
今朝、スチュワート家を訪れたヨシュアから、今日の夜会にドレスの間に合わない令嬢が大勢いるとの噂があると話を聞いて、もし、刺繍の授業の友人達が困っていたら……ドレスがないよりはマシと思い、家族で作っていたドレスをヨシュアの商会に頼んで届けてもらっていたのだ。
週の初め、メルサの不在がどうにもこうにも寂しかったレオナルドが、三兄弟が学園に行っている間に残りの三着を縫い進めていたのが幸いした。
一緒に放課後遊んでくれる友人を確保出来なかったエマ達も自ずと早く家に帰ってドレスを完成させたのだ。
「エマ様のドレスも相変わらず素敵ですわね」
ほぅっとフランチェスカがエマのドレスを見て、ため息をつく。
純白のドレスの裾部分だけにエマの瞳の色である薄い緑色の細かな刺繍がほどこされて、いつもよりも清楚なものだった。
刺繍の見事さもさることながら、ドレスの美しい白色に目を奪われる。
華奢で色素薄めのエマが着ることで、人とは思えないほどの儚さと透明感があり、神聖な空気を纏っている。
「あっありがとうございますっフランチェスカ様」
エマがフランチェスカに礼を言うが笑顔が微妙に強張っていた。……なんとも複雑な気持ちである。
今日着ているのは、猫を膝に乗せて動けなくなったがための、苦肉の策の急拵えのドレスなのだから。
ハロルドから買ったインクも殆んど使ってしまい、丁度スチュワート家に在庫が無く、唯一残っていた白色のインクの中に前回の夜会で着ていたボタニカル柄のドレスを浸けて、真っ白なドレスにする事しか出来なかった。
もちろん、三兄弟もレオナルドも猫が乗っていて動けなかったので、猫を起こさないように小さな声で、マーサや使用人に指示してやってもらった。
翌日が晴れたから良かったものの、最悪生乾きの状態で着ていく事態も有り得た。神様、晴天をありがとうございます。
思いの外、真っ白になったドレスに袖を通し、なんとか誤魔化せるかとマーサと話していた横で、何故かレオナルドが小刻みに震え始めた。
「……?お父様?」
何事かと父親の顔を覗き込むと、ガバッとエマの肩を掴んでレオナルドが叫んだ。
「駄目だよ!このドレス!ウェディングドレスみたいじゃないか!?」
「!!?」
確かに白いドレスなのでウェディングドレスっぽくなってしまっている。
が、もうそれは仕方がない。
「エマ様!!もうこのまま僕と結婚しま…………!!!」
レオナルドの叫び声で別室にいたヨシュアが走って現れて、エマの姿を見た瞬間、その勢いのままスライディングしながらエマの前まで来た。
なんて、自然な流れなんだ……と感心するほどスッと床に片方の膝を突きプロポーズをする……途中でレオナルドが首根っこを掴み部屋の外に投げる。
「っいったーーー!」
盛大にお尻から落ちたヨシュアの声がバンっと大きな音でレオナルドが扉を閉めることで遮られる。
その一瞬に見えたレオナルドの鬼の形相は、一生忘れられないと後にヨシュアは語ったのであった。
何事かと心配するゲオルグとウィリアムにヨシュアは大丈夫だと答え、パンパンと尻餅を付いた箇所を叩いて、誰にも聞こえないように、ぼそっと呟く。
「でも、まあ、諦めないけどね……」
人の首根っこを軽々と掴み放り投げるなんて……と驚いているエマとマーサに向かって同じ人間か?と疑いたくなるような悲痛な声でレオナルドが懇願する。
「エマ、こんなドレス着て行ったらヨシュアみたいなのがウジャウジャ湧いてしまうよ!せめて、せめて刺繍で模様を入れよう!」
「もう、お父様??ヨシュアも冗談で言っているのに、あんな投げては駄目ですよ?」
「……旦那様、申し訳ありませんが一度ドレスを脱いで、刺繍して、また着せるなんて時間はありませんよ?もう出発しなくては間に合わない時間です」
マーサが全く申し訳なさそうにせずにレオナルドへ無理だと首を振る。
「うーーそこを何とか…………!!!いや、この裾の部分!ここなら着たままでも出来るから!」
「ですから、旦那様、もう、出発の、時間、なんです!」
王家主催の夜会に遅れるなど、あってはならない。それはレオナルドもわかっているだろうとマーサが言い含める。
既にここで、グダグダしているだけでも刻々と時間は過ぎて行くのだ。
「大丈夫!40秒で支度する!!」
どこぞのママのセリフをまさか自分のパパから聞くはめになろうとは……驚いているエマの足元に座り、レオナルドは本当に40秒で刺繍を仕上げたのだった…………。
やっとお友達にドレスを着せることが……できた……。




