【スクリュードライバー?】(1)
「なぁに、【スクリュードライバー】なら、氷を詰めて『ウォッタ』と『オレンジジュース』を混ぜるだけだ。誰でも出来るだろ」
結局、俺はイソトマの提案に乗ることにしたのだった。
あまり悩んで待たせてしまうのは良くないし、強硬に断っても場の雰囲気が悪くなる。
それならばいっそ、経験と思ってやらせてみるのも、悪くはない。
最初にお客さんに優しくされるというのは、後になっても忘れないものだ。
この時でないと出来ない『失敗経験』も、後にネタになることだし。
「それじゃサリー。まずは──」
「おっとマスター。ちょっと良いか?」
「はい?」
サリーに一連の流れを説明しようとしたところ、イソトマが待ったをかけた。
「せっかくだから、マスターは一切アドバイスしないってのはどうだ?」
「ほ、本気ですか?」
俺は「本気ですか?」と尋ねたが、本音を言えばこうだ。
正気ですか。
だが、イソトマは既に少し酔いが回っているようで、がははと豪快に笑う。
「おうよ。その方が、面白そうだろ?」
「……まぁ、イソトマさんのご注文でしたら、仕方ないですが」
既にイソトマの頭が『ポーション酔い』に支配されているのは分かった。
俺が口出しをするのは、場を白けさせる効果しかないだろう。
諦めて、俺はうずうずとしているサリーに向かって言った。
「サリー。道具だけは教えるから。好きにやってみな」
「分かりましたわ!」
ウキウキと目を輝かせるサリーに、俺は道具とその使い方だけを教えてやる。
そして材料まで出してやると、サリーは俺と、そしてイソトマに頷く。
ちらりと周囲に目を向ければ、幾人もが、また何か面白いことをやっている、という目でこちらを見ていた。
相変わらず、見世物小屋扱いされることに定評のある店だよ。ほんと。
「それでは、作らせて頂きますわ。材料は『ウォッタポーション』と『オレンジジュース』でしたわね?」
「そうだぜ! とびっきりのを頼む!」
「任せてくださいな!」
どこからそんな自信が湧いてくるのか。
イソトマの声にサリーは頷き、一つ大きく深呼吸した。
そして、俺のいつもの作業を真似るように、まずはグラスを手に取った。
のだが、
彼女は思い切り、細長いグラスの『縁』を持った。
そしてそのまま、それを作業台へと置くのである。
なんてことをするんだ!
という俺の心の悲鳴は、呑み込んでいるので当然届く事はない。
当たり前だが、グラスの縁は直接お客様の口に触れる部分である。手で触れないのは勿論のこと、何もなくとも乾いた清潔な布で軽く埃を払うのは当然だ。
そんな俺の驚愕を置いておいて、サリーはさらに作業を進める。
次はグラスに氷を敷き詰める番だ。
サリーは意気揚々と、アイストングを握りしめる。
グーで。
馬鹿野郎か! それじゃあトングを開けないだろうが!
正しい持ち方を教えてはいないが、これではまるで初めて道具を持った子供だ。
案の定、サリーはトングで氷を掴むことができない。氷の大きさまで、口を開けられないのだから当たり前だ。
その状態で、しばらく悩んでいたかと思うと、
あろうことか、手で氷を掴んだ。
「ばっ──」
思わず叫びかけて、慌てて口を押さえた。
サリーは少しだけばつが悪そうな顔で俺を見たが、固い笑顔で誤摩化し、作業に戻った。
……まぁ、これでグラスに氷は満たされた。
そこから残る作業は二つ。
材料を入れることと、混ぜること。
サリーはまず『計る道具』とだけ教えたメジャーカップを手に持つ。
メジャーカップは、円錐の頂点同士を繋げたような計量器具だ。
画像のイメージとしては、砂時計をシャープにした感じだろうか。
通常はその中央を、人差し指、中指、薬指の三本で持つのだが、
サリーはその器具を、親指と人差し指で持った。
……もう何も言うまい。
スマートさの欠片もないが、教えてないのだから仕方ない。
最悪、分量が計れれば良いのだから、これ以上の失敗はあるまい。
厳密な計り方は色々あるがそれは──
──ちょっと待て。
俺がこれから先、いったい何を教えていくべきか迷っている最中。
サリーはその右手にメジャーカップを持ち、
その左手にオレンジジュースのボトルを持っていた。
メジャーカップで、なぜかオレンジジュースの方を計ろうとしていたのだ。
「さ、サリー!」
「は、話しかけないでください! い、いま集中しているところなんですの!」
口出し無用との指定を忘れて俺が声をかけるが、サリーはそれ以上にテンパった様子で叫び返した。
も、もしかしてこいつ、実はめちゃくちゃ緊張しているのか?
サリーはプルプルと震える指で、あろうことか『オレンジジュースを』45ml(正確には45mlではないが、今は良い)計り、グラスに注いだ。
そこでふぅ、と一息を吐いて、
そのグラスに『ウォッタポーション』をなみなみと注ぎ入れた。
比重の関係で底の方がオレンジ色、上になるほど透明という、ある意味見事なグラデーションを描いていた。
あえて説明するまでもないと思うが、
【スクリュードライバー】はウォッカ『を』オレンジジュース『で』割るカクテルだ。
決して、ウォッカ『で』オレンジジュース『を』割るカクテルではない。
俺は思わず、イソトマの表情を見る。
彼はあんぐりと口を開けて、その作業の様子に血の気を引かせていた。
そんな彼と、目が合った。
たぶん、俺もおんなじような顔をしていることだろう。
「あ、あとは混ぜるだけですわね」
まだ緊張した声の震えを保ちながら、サリーはバースプーンを手に取る。
バースプーンとは、通常のスプーンよりも細長い、バー特有の器具だ。
その先端には小さなスプーン、もう一方の先端にはフォークが付けられている。
スプーン側はそのまま、かき混ぜたり、液体を掬ったり、液体を計ったりと色々な用途で使われる。
フォーク側は、果実を潰すのに利用したり、少し邪道だがスプーンでは入りにくい氷の隙間を通して、液体をかき混ぜるのに使ったりする。
さて、当然のごとくサリーはバースプーンの中央を握りしめる。
持ちにくいと言いたげな顔をしながら、ガチャガチャと乱暴に液体をかき混ぜる。
……あー。ちょいちょい零れてるけど、もうどうでも良い事かな、これは。
中の氷と液体が喧嘩しているけど、これももう、割とどうでも良いかなー。
俺が諦観の気持ちでぼんやりと見つめている中、ついにそれは完成した様子だった。
「で、できましたわ! えっと【スクリュードライバー】でしたっけ? どうぞ!」
本当にある程度だけ混ざった、オレンジジュースのウォッタポーション割りを差し出され、イソトマは苦い笑みを浮かべていた。
「お、おう、いただくぜ」
「はい、召し上がってください」
すさまじく渋々とそのグラスを受け取ったイソトマ。
彼はグラスを口に近づけた段階で軽く躊躇する。
しかし、
彼の目の前には、期待に染まったサリーの目がキラキラと輝いている。
イソトマは意を決して、目を瞑ってからその液体を口に含んだ。
彼の喉が、一瞬「うっ」と呻くように動いたのを、俺は決して見逃さない。
少し時間が経ち、彼の喉が、口に含んだ液体をごくりと嚥下した。
「ま、まぁ、初めてにしちゃ、上出来なんじゃねえ……か?」
「本当ですの!?」
「……あ、まぁ、初めてにしちゃ」
さて、その段階になって、俺はようやく動くことにした。
口出し無用という約束だったが、サリーが作り、イソトマが飲んだ。
この時点で、それは達成したと言っても良かろう。
「サリー。ちょっと良いか」
「あら、なんでしょうか?」
俺が声をかけると、サリーは自信満々といった表情で、俺を見てくる。
恨むぞイソトマさん。頼むから、勘違いだけはさせないでやってくれよ。
それは優しさじゃなくて、甘さって言うんだ。
「……そろそろ、一度休憩に入れ。お前にも、この【スクリュードライバー】を作ってやる。カウンターの端に座って待ってろ」
「あら、良いんですの。実は私も、自分の作ったものがどんなものか、気になってましたの」
「あぁ、楽しみにしてな」
言ってやると、サリーは「分かりましたわ」と答え、意気揚々とカウンターの内側から外へと向かっていった。
指定したのは、俺の居る入り口側とは反対のほうの端だ。
そこなら、俺の声は聞こえないだろう。
フィルにも声をかけてやり、二人揃って外に出たのを確認したあと。
俺はまず、イソトマに言った。
「止めなかった自分に全ての責任があります。申し訳ございません」
「……いや。悪いのは俺だ」
イソトマは低い声で答えた。ついでに、酒は一向に進んでいない。
彼の隣に座っている連れは、【ジン・トニック】をすでに半分近く飲んでいるのにだ。
さてと。まずは、尻拭いからだろうか。
「イソトマさん。宜しければそのグラスを、一旦こちらでお預かりしても?」
「おう? それは、構わねえけど、捨てるのは……」
「いえいえ、そんな勿体無いことはしませんよ」
俺がにこやかに答えると、イソトマは抵抗せずにグラスをこちらに寄越した。
断りを入れてから、軽くバースプーンで味を見る。
無造作に鼻に入り込んでくる『ウォッカ』的アルコール臭。
口当たりが少しオレンジな以外は、やたらと攻撃的な刺激。
混ざり合わずに、つぶつぶになって飛んでくる甘さと度数。
後味は『ウォッカ』の中に、強引にオレンジが割り込んでくる感じだろうか。
一言でいえば、不味い。
俺は少し考え、そしてイソトマに尋ねた。
「イソトマさん。この不味い一杯を、飲める二杯にするのは問題ないでしょうか?」
俺の提案に、イソトマは勢い良く顔を上げた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
諸事情で無理だと思ったのですが、思いの他早く切り上げられたので、遅れて更新させていただきます。
ギリギリ、毎日更新の範疇だと信じております。
推敲が足りていないと思われます。荒い文章で申し訳ありません。
※補足ですが、ちゃんと作れば作中の分量でも、そこまで不味くはなりません。
ただ【スクリュードライバー】ではなくなるだけです。
※0920 誤字修正しました。




