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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章

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フィルの特性


 開店までの時間、俺はまず二人に、バーテンダーの心構えを教えた。

 それをどこまで真剣に聞いていたのかは定かではないが、二人とも理解はしていた様子だった。

 そして、そのあと、俺は昨日言ったことを改めて告げる。


「それで二人とも、今日は何もしなくていい。準備は俺がやるし、それを教えるのはまた今度だ。作業も全部俺とスイがやる」

「……それで、本当に良いんですか?」


 俺の言葉に、フィルの方が済まなそうに質問をしてきた。


「あぁ。とにかく、二人は元気に挨拶すること。そして自己紹介すること。それが済んだら、楽しんでみること。これだけを考えればいい」

「なんでそんなゆっくりなんですの? 私達は、なるべく早く『カクテル』を教えて欲しいのですけれど」

「それが、バーテンダーになる一番の近道だからだよ」


 焦るように突っかかって来たサリーに、俺はピシャリと言った。

 まず、この店の雰囲気に馴染むこと。それが、新しい人間の一番にすることだ。

 もっと本格的なバーであれば、客とは一言も喋らないどころか、バックに籠ってひたすらに洗い物ということもある。

 だが、俺の働いていたところはそこまでではなかったし、まずは、雰囲気に慣れて欲しいと思った。


 彼女はまだ少しだけ不満げだが、散々説教されたせいか、反論はせずに引き下がる。

 俺はそこで、意図してにこりと微笑み、付け加えた。


「それじゃ、分からないことがあったら何でも聞いてくれ。緊張しないで、自分を出しながら楽しむこと。以上」


 そのあと、その双子には簡単な掃除だけを手伝ってもらい、静かに開店の時間を待った。




 カラン。


 入り口の鐘が鳴る。

 それはつまり、新しい客が入って来たということだ。

 時刻はまだ十八時になる前。

 この店のオープンから、一時間経たないくらいだ。


「いらっしゃいませ!」


 テーブル席にではなく、カウンターの方へと足を向けたお客さんに挨拶をする。


 良く通る声で。語尾は伸ばさず切る。

 居酒屋のような挨拶ではなく、その人、個人のための挨拶。

 それが、バーテンダーの挨拶だ。


「い、いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませー!」


 それをこの二人にも一応説明はしたのだが、まぁ、最初は仕方ないか。

 ちなみに、前者の少しどもったのがフィル。

 後者のやたらと語尾を伸ばしているのがサリーだ。


「お、威勢の良いのが二人、入ってるな!」

「イソトマさん、お疲れさまです。こちらへどうぞ」


 俺は、この常連客が好む中央少し入り口寄りの席に、そっとコースターを配置した。

 入り口の近くは、同時に双子を配置した場所でもあり、その場所は丁度、俺と双子達の中間地点でもある。

 彼が席に着いたあと、すぐにおしぼりを用意しそっと彼に手渡す。


「いやー。本当に弟子になったとは」

「疑ってたんですか?」


 俺が少しだけ苦笑いで言ってみると、イソトマは面白そうに言った。


「なに、マスターに鬼のようにしごかれて、逃げ出しちゃいないかとね」

「いやいや! 僕、弟子には優しいですから!」


 最初は。

 そう心の中で付け足したが、横合いから、ぼそりと少女の声が聞こえた。


「……嘘吐き」


 俺がにこやかな笑みを浮かべたままそちらを見ると、サリーがさっと目を反らした。


「ほら、二人とも、自己紹介」


 俺は軽い苛立ちを水に流して、二人にそう促した。

 言われて、率先して前に出て来たのはサリーだった。


「初めまして……ではないですね。昨日お会いしました。改めまして、サリーです。宜しくお願いしますわ」

「おう、よろしくな。俺はイソトマだ」


 サリーの自己紹介は、憎たらしいことに中々様になっているのだった。

 言われた通りに、敬語も一応使えている。まぁ、ある程度は予想できたことではある。

 度胸がある奴は、こういうのは早いのだ。


 そして、真面目な子は往々にして、尻込みもしてしまう、のだが、


「……フィル? 挨拶は?」


 サリーと違って、かちこちと固まってカウンター端から動かないフィルに尋ねた。

 もう片割れの弟子のほうは、えっあっ、と視線を少し彷徨わせ、言った。


「……僕は、良いです」


 いや、何も良くねえよ。挨拶しろよ。

 俺は、思わずツッコミそうになるのをなんとか堪える。

 だが、彼と距離の近いサリーは、俺の気持ちをあっさりと代弁していた。


「何が良いのよ! 何も良くないわよ!」

「さ、サリー」

「良いから早く挨拶しなさい! 蹴られるわよ!」


 いや、それくらいじゃ蹴らねえよ。

 またしても、ツッコミそうになるのをなんとか堪えた。

 サリーに促され、フィルは手足を同時に出すロボットのようにイソトマの前に出る。


「あ、ふ、フィルです。よろしくお願いします」

「お、おう。イソトマだ。よろしくな」


 ややその動きに面食らったイソトマが、少し心配そうに挨拶をしていた。


 その少年のオドオドした態度に、俺は違和感を覚える。

 まさかとは思うのだが、この少年、実は極度の緊張しいなのではないか。

 あれ? でも、昨日は初対面でちゃんと話していたはずだよな。

 いったい、何が違うというんだろうか。


 と、そんな考えをしている間にも時間は進む。

 俺は意識的にその思考を打ち切り、接客に戻る。


「イソトマさん。ご注文はどう致しますか?」

「お、そうだな。俺も昨日のアレ、飲んでみたいんだが」


 昨日のアレ。

 さて、俺は昨日様々なカクテルを作ったわけだ。

 そして酒豪で通っているイソトマは、またしてもイベリスを忘れたゴンゴラと、色々と飲みまくっていたわけだ。

 そんな彼が要求するアレとは。

 彼が飲んでいないカクテルで、印象に残っているものだろう。


「【ブラッディ・シーザー】ですね。かしこまりました」


 俺は頷き、その後に少しの希望を込めて尋ねてみた。


「そしてイソトマさん。実はこの二人、イソトマさんが初めてのお客さんなんですよ」

「分かってるっつの! 今日入ったこの子らに、俺からはなむけの一杯ずつだ!」

「かしこまりました!」


 俺は腰を折って礼をした後に、急いで作業に取りかかった。

 用意するグラスは、三つだ。


 きょとんとしている双子に、今はわざわざ説明するでもないだろう。

 少し行儀が悪かったのは認めるが、イソトマは、そういう提案をされて悪い気はしないタイプだ。だからこそ、俺は自然に提案することにした。

 言外に『この二人に、何か飲ませてあげてはくれませんか』と。


 もちろん乗ってくれなければそれまでだ。だが、乗ってくれたのは好都合だった。

 フィルについて、少しだけ気がかりなことを埋めておきたいところだったから。




「おまたせしました。【ブラッディ・シーザー】です」

「おぉ。待ってたぜ」


 俺の言葉に笑顔を見せるイソトマに対し、恭しく細長いグラスを差し出す。

 そして、隣に立っている二人にも、同じようにグラスをそれぞれ渡した。


「こちら、イソトマさんから。二人のこれからの成長を願って、一杯ずつだ」


 二人はその一杯を、おずおずと受け取った。

 そして、しばし呆然と、何をして良いのか分からなそうにそれを見つめる。


「まずは、お礼」


「あ、はい! ありがとうございます!」

「か、感謝致しますわ!」


 俺の言葉に反応して、慌てて礼をした二人だった。


「おう! じゃあ二人とも、頑張ってマスターみたいになれよ!」


「は、はい!」

「え、ええ」


 イソトマの激励の声を受け、二人はそれぞれ返事をしていた。

 フィルは緊張に声を裏返らせ、サリーはあからさまな苦笑いで。

 というかサリー。随分と嫌そうだなお前。


 と、そんな俺の心の声は知らずに、三人は軽く乾杯した。

 グラスの位置が三人同じ高さなのも少し気になるが、それもおいおいだ。

 そのあと、いつものごとくイソトマは、一気にその杯を飲み干してみせたのだった。


「くはぁ! なんだこれ、体に良さそうな一杯だなぁ!」


 言葉の後の、説明を求めるようなイソトマの視線に、にこやかに答える。


「基本はトマトですからね。それに様々な魚介のエキスと調味料も入っておりますし、体に悪いとは思えません。ただ、どんな飲み物でも一気はあまりオススメしませんよ」

「俺ももったいないとは思うけどよ。マスターの作るのが美味いのがいけないんだぜ」


 そう手放しに褒められて、悪い気はしない。

 俺は飾らない笑顔で「ありがとうございます」と返したあと、そっと二人の様子を窺った。


 見ると丁度、その二人もイソトマに倣うように、グラスを一気に飲み干したところだった。

 ……相手に合わせるのは悪い事ではないんだが、一気はやはりオススメしない。

 しかし、その後、フィルの変化は大変顕著であった。


「イソトマさん。こちら、ご馳走様です」

「おう。頑張れよ!」

「はい! 精一杯頑張ります!」


 俺が何を言うでもなく、フィルはごく自然にイソトマに再び礼を言っていた。

 浮かべる表情は、先程までと打って変わって柔らかく、また、その頬が少しだけ血色良くなっている。


「ほら、サリーもしっかりとお礼を言う」

「わ、分かってるわよ」


 そして、少しだけぽけっとしていたサリーを、促してもみせた。

 その様子は、昨日のフィルの言動と一致するものでもあった。


 俺は、なんとなくだけど、フィルの特性に心当たりができていた。

 恐らくそうなのだ。

 バーテンダーには、というか人間には必ずそういうタイプがいる。


「なぁ。フィル」

「はい、なんでしょうか総さん」


 そのハキハキとした受け答えに、ますます確信を持ちながら俺は言った。


「フィルは、酒が入ると性格変わるタイプだろ?」


 言われたフィルは、何を言っているのか少し分からなそうに首を傾げていた。



 一人は、傍若無人の我がまま生意気少女。

 一人は、酒が入らないとエンジンの掛からない少年。


 俺はまた、最初から面白い組合せの弟子を取ってしまったものだと思った。


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