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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章

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二人の性格

 それから少しして、その祝勝会もお開きとなった。

 一応、宴会自体は始まって結構経っていたので、良い時間と言えばそうだった。

 去っていく常連客の、これから何が起こるのかを面白がるような視線に、俺は苦笑いを返す他はなかったのだが。


 そんな客達の中でも、双子が働く事に不満──というか、自分たちが身柄を預かると最後まで言っていたヴィオラは、納得はしていない様子だった。

 双子の住む場所はどうするのかで、これまたヴェルムット家に居候という形になったからだ。


「それでは、何かあったら真っ先に言うんだぞ?」

「分かってる、ヴィオラは心配性」

「それはお前が、いつも心配させるようなことをやるからだ」

「お互い様。良いから、掃除の邪魔」


 最後はそうやってスイに追い払われるような形で店を出て行った。

 なお、居候とは言っても泊まる場所は、スイの研究室──という名の地下室だ。

 何もそんなところに、と誰もが思ったが、彼らにはそんなところが都合が良いらしい。


 そんなこんなで、俺はスイに促され、掃除を他の人間に任せて彼らと話すことにした。



「それじゃ、あらためて自己紹介といこうか。俺は夕霧総。この店のチーフバーテンダーと思ってくれていい」


 俺は片付けを簡単に済ませたテーブルに座って、向かいに並んだ双子に声をかけた。


「僕は、フィルです。素性は、残念ながらわかりません」

「私は、サリーよ。素性はフィルと一緒」


 二人の返事を聞いてから、俺はふと気になっていたことも尋ねてみる。


「それで、二人はどのくらいの年齢なんだ?」


 外見年齢は、十代半ばから後半にかけて。

 だが、俺の記憶にある吸血鬼は、あまりそういったものに囚われない気がした。

 とはいうものの、その質問に少年はすまなそうに言った。


「えっと、すみません。どうにも言語とか、一般常識のようなもの以外は、何も思い出せなくて」

「それもそうか。変なこと聞いてごめんな」

「いえ、良いんです」


 フィルとの会話が途切れたタイミングと見たか、サリーは食い気味で俺に言った。


「それで、さっきの『カクテル』ってやつ、さっさと教えて欲しいんだけど」

「おい、サリー!」

「まどろっこしいのは嫌いなの」


 少女の急かすような言い方に、俺はさて、なんと答えたものかと迷う。

 この場で、少女の性分を確かめておくのは悪くないか。


「じゃあ俺も言うが、そんな態度の奴に教えることは何も無い」

「……え?」


 俺がきっぱりと言うと、サリーは少しきょとんとして、言ってくる。


「は、話が違うじゃない。さっきは教えても良いって」

「違うな。俺が承諾したのは『カクテル』を教えることじゃない。正確には『弟子を取る』ことだ」

「何が違うのよ!」

「弟子を取るってのは、『バーテンダー』を育てることであって、『カクテル』を教えることじゃないって意味だ」


 俺の言葉に、フィルはあっさりと理解を示した様子。

 サリーはどうだろう。理解はしたが、納得はしていないといった感じか。


「未熟な俺が言えたことじゃないが、バーテンダーの仕事は『カクテル』を作るだけじゃないんだよ」

「……じゃあ私はバーテンダーとかにならなくて良いから、教えるだけでも──」

「ダメだ」

「なんでよ!」


 食って掛かってきた少女の瞳を、はっきりと覗き込みながら俺は言った。


「お前の元々の暮らしでは知らないが、この場ではギブアンドテイクだ。俺はお前達を教育する代わりに、お前達はここで働く。俺から受けとったものを、常に返し続けてもらうわけだ。カクテルはその一部だ、タダで教える訳にはいかない」

「……だから?」

「そんな態度の人間は『バーテンダー』に相応しくない。そんな奴に教えたところで、返ってくるものはない。知りたい事があるんなら、態度を改めろ」

「…………」


 サリーはそこで、隣に座っているフィルを流し見た。

 フィルは、ただ無言で頷く。諦めよう、と言外に語っていた。

 それから少女は、うー、と少し呻いた後に、やや投げやりに言った。


「分かったわよ! 言う通りにすれば良いんでしょう」

「分かったじゃなくて、分かりましただろ?」

「分かりました!」


 ふん、とやや鼻息を荒くするサリー。

 その隣に座っているフィルは、呆れたようにため息を吐いている。

 それから心配そうに俺に視線を送ってくるが、俺はふっと微笑みを返した。


 俺の感覚で言えば、このくらいならまだ大丈夫だ。

 以前働いていたバーでの面接で、もっと酷い奴をたくさん見た。

 話をまったく聞いていない奴とか、客を食っちゃってもいいんですかと質問してくる奴とか、酔っぱらった状態で面接に来る奴とか。

 そんな連中はオーナーが問答無用で追っ払っていたが、それに比べれば序の口だ。


 なんせ、俺の言ったことを一応理解して、不本意そうだが合わせる程度の『社会性』はギリギリ持ち合わせているのだ。

 それじゃ最後にと、俺は二人のタイプを再確認してみる。


「じゃあ、フィルとサリー。俺のことは気軽に『総』と呼んでくれて良い」


 そうにこやかに語りかけた俺に、二人は同時に返事をした。


「え? 悪いですよ『夕霧さん』」

「分かりましたわ『総』」


 返ってきた言葉は、またしても真っ二つに割れていた。


「サリー。いくら良いと言われてもいきなりそれはないだろう」

「フィルこそ。相手の厚意に遠慮したって、良い事なんて一つもないわよ」


 二人は、正面を切ってお互い睨み合う。

 だが、俺はそれで二人のタイプをしっかりと認識した。


 フィルは控えめだ。それは美徳だが、時と場合によっては欠点にもなる。

 さっきの発言は俺の本心でもあった。

 もちろん、上下関係をはっきりさせるには『さん』付けが良い。だが、こちらが歩み寄ろうというときに、名字に『さん』では、少々距離が遠い。


 相手が心を開こうというタイミングで、それに気付かずにチャンスを逃してしまうかもしれない。

 なんでもそつなくこなしそうだし、その場の雰囲気を読む事には長けていそうだが、自分のキャパシティを越えた展開にどう対応できるか。



 反対に、サリーは踏み込みすぎだ。

 この場で『総』で良いと言われて、『さん』も付けないとは、恐れ入った。

 その勢いは決して悪いわけではないが、雰囲気を読む能力に長けているとはとても言えない。


 フィルとは反対に、心を開こうとしていないタイミングで、強引に近づいていって相手に避けられてしまう可能性もあるだろう。

 しかし、教育のし辛い『積極性』を最初から持っているというのは、紛れもない長所であることは間違いない。



「分かった分かった。二人とも『総さん』で呼んでくれ。それでいいか?」


 二人の言い争いが発展する前に、俺はそう案を出した。


「……分かりました総さん」

「分かりましたわ、総さん」


 俺の提案に、ようやく争いを落ち着けた二人が言った。


「それじゃ改めて……そうだな。明日から二人には、俺の弟子として店に立ってもらう」

「あ、明日からですか。はい、分かりました」

「それで、明日の夜まで、カクテルの猛特訓というわけ──ですね?」


 明日からという単語に、少しだけ尻込みするフィル。

 対照的に、やや乗り出し気味に、言ってくるサリー。

 ……こいつ、今敬語を忘れかけてたな。


 俺は、フィルを安心させ、サリーを落胆させるようなことを、静かに言った。


「安心しろフィル。そして焦るなサリー。明日お前達にやってもらう仕事は二つだけだ」


 俺は、自分が最初に働いたあの日の事を、その時に先輩に言われたことを思い出して、言った。



「初日はなにもしなくていい。挨拶をしっかりすることと、その場を楽しむこと。それがお前達の仕事だ」


 俺のその発言には、二人とも戸惑いを隠せない様子であった。

 色々と細かい注意はあるが、それはまぁ、おいおい話せば良い事だ。


※0915 表現を少し修正しました。

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