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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第三章

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【ブラッディ・シーザー】

「とりあえず、何か食わせればいいのかぁ?」


 とりあえず、ぐったりとした二人を床に寝かせたあと。

 そう言ったのは、厨房からひょこっと顔を出してきたオヤジさんだ。

 確かに、彼らの状態を見ると、大変腹を空かしているように見える。

 よくよく思えば、ここは俺よりはオヤジさんの出番に思えた。


「……ちょっと待ってお父さん」


 だが、そのオヤジさんにスイが待ったをかける。

 軽く二人の様子を見たあと、唱える。


《万物の精霊よ。その目を貸し与え給え》


 その呪文を唱えてから、スイは二人の額に手を当て、僅かに表情を曇らせる。


「軽度の魔力欠乏症にかかってる。先にそっちを処置しないと」


 そう言って彼女は、縋るような視線を俺へと向けた。

 まだ緊急を要する段階ではなさそうだが、緊迫した雰囲気は伝わってきた。

 彼女の視線に呼応するように、店の中の視線も俺へと集まってくる。


「かしこまりました」


 俺はその期待に応えるべく、深く腰を折った。



「さて」


 俺は何を作るか考える前に、優先すべきことを決めた。

 スイ曰く、危険な域に来ているのは『ウォッタ』だというのでベースはそこだ。

 普段ならば【スクリュードライバー】を即座に作るところなのだが、二人の様子が気がかりだった。


 少女が最後に口にした一言。


「……血が足りない、か」


 俺はその言葉に、従うべきだと感じた。

『カクテル』の中でも、ひときわ血を連想させる、ある一品。

 それが、この場に相応しいものだと思えてならなかった。


「オヤジさん。そこのトマトスープ、少し貰っても良いかな?」


 オヤジさんに、テーブル席のトマトスープを指差しながら尋ねた。

 それは夏が近づいてきたということで、オヤジさんが試験的にメニューに加えている冷製スープだった。


「あ? かまわねぇが『カクテル』を作るんじゃねぇのか?」

「もちろんです。ただ、少し変わった物を作りたくて」


 これの自慢は聞いている。

 内陸ではあまり保存できない、とある食材のエキスが含まれているというのだ。

 俺は曖昧に答えたあと、早速作業にとりかかった。


 まず、深いスープ皿一杯をカウンター内に運び、こし器を使って液体だけを分離した。

 具材は後で美味しく頂くとして、一先ずスープをグラスに入れて脇によける。


 その準備が済んだら、急いでその他の材料も用意する。

 まず、冷凍庫からはベースになる『ウォッカ』──『ウォッタポーション』と氷。

 庫内から材料として取り出したのは、基本的にそれだけだ。


 俺は二杯のグラスを用意して、清潔な布で軽く拭き、作業台に置いた。

 そして、レモンを六分の一のサイズにカットして、一切れずつグラスに果汁を絞り、そのまま実を落とし込む。

 それが終わったら、さっと氷をグラスの八分目程度まで敷き詰めた。


 と、普段ならばすぐにウォッカを入れるところだが、ここで一度止まる。

 俺が手に取ったのは、塩、胡椒、バジル、そしてタバスコだ。


 右手に小さな容器を持ち、左手で軽く手首を叩くようにして、それぞれ二振りずつぐらいグラスへと落とし込む。

 人の好みによって調味料は調整するものだが、今回は気付けの意味でも少し多目で調味料を加えてみた。


 調味料の準備ができたら、いよいよ液体を流し込む番だ。

 まず、双方のグラスに『ウォッタポーション』を45ml。

 それが済んだら、オヤジさん謹製の『トマトスープ』を、ジュース代わりに注ぎ込んだ。


 その赤い液体がグラスに注ぎ込まれると、俺は二つのグラスをそれぞれ軽くステア──かき混ぜて、味を見る。

 ウォッカのアルコール感の中に、トマトの甘酸っぱい感じ。それでいて、かなり塩気も利いている。

 もともとスープだったものを使っただけに、かなり味のしっかりした一杯だ。


 俺はそれを確認してから、その二杯のグラスを床に横たわっている二人に差し出した。

 意識が戻れば、自分で飲んでくれることを期待して。



「どうぞ。【ブラッディ・シーザー】です」



 俺の声が聞こえたのか、二人はうっすらと目を開ける。

 そして目の前に置かれているグラスを、ぼんやりと見た。



 ──────



 朦朧とした意識で、少年は目の前の赤い液体を見る。

 隣に横たわる少女から、声がした。


「……飲み物?」


 少女の声に警戒が混じっているのは分かった。

 彼女が、ある物が嫌いなのも知っていた。

 だが、目の前の液体からは、少年は何も感じなかった。


「……たぶん……大丈夫」


 少年が答えると、少女は意を決した様子だ。

 少年と少女は少しだけ体を起こし、お互いにグラスに手を伸ばした。


 ふわりと、太陽のような気配を感じた。

 思わず少年は目を背ける。だが、なぜそうしたのか自分でも理解できなかった。


 そのまま、少年はゆっくりと液体を口に含む。

 濃厚といってもいい、味の奔流が即座に少年の口の中を駆けていった。


 入り口に感じる酸味は、レモンとトマトのものだ。

 だが、酸っぱいと感じる前に、味は様々に姿を変えていく。


 とりわけて刺激的なのは、塩とタバスコ。

 喉と言わず、舌と言わず、唇と言わず。

 触れた場所に、ほんのりと感じるヒリヒリとした感覚。

 だが、それが不快かと言われるとそうでもない。


 呑み下したときには、胡椒のピリッとした味に、バジルの風味が残る。

 それらは、名残惜しそうにトマトの余韻に溶けていき、最後には不思議な後味へと変化していった。

 その飲感の全てに共通して、何か通常のトマトにはない、深みがある気がした。


 その不思議なコクがなんなのか、少年は杯を飲み干すその時になっても分からなかった。



 ────



 少年と少女は、ゴクリと味を見た後に、カクテルを凄い勢いで呑み干した。

 グラスを空にした二人は、直後、お互いにゲホゲホと咳き込む。

 俺は急いで、二人におしぼりを差し出した。


「こちらをどうぞ」


 声をかけると、二人は俺からおしぼりを受け取り、口に押し当ててまた咳き込む。

 それが収まるのを待って、俺はようやく尋ねる。


「それで、お二人はどうしたんですか?」


 俺の言葉に、俺だけでなく周りの人間皆が息を呑んだのが分かった。

 この祝勝会の席に突然現れた、身なりの良い二人組。

 どこぞの貴族のご子息が逃げ込んできたとかだったら、中々に面倒が起きそうだ。


「……申し遅れました」


 俺の質問に、少年の方が先んじて答える。

 いや、正確には答えようとした、だろうか。


 少年はその状態で固まったあとに、少女へと目を向ける。

 だが、少女は少女で、少しだけ目を見開いた後に首を振った。

 そして少年は、困ったような表情で言うのだった。


「……僕はフィルで、彼女はサリー。そして、僕達は恐らく兄妹です」


 恐らく?

 その言葉に疑問を持ったのは、俺だけではあるまい。

 ここにいる全員が思ったはずだ。

 なぜ自分のことなのに、そんなところに疑問が付くのか。


 少年は、困った表情のまま静かに告げた。


「……大変申し訳ないのですが。僕達は二人とも記憶を失ってしまっているようです。自分たちが何者なのか、分からないんです」


 一呼吸のあと。


「えぇぇぇええええええええええええええ!?」



 なんともノリの良い従業員と客が、合わせて驚愕の声を出していた。

 どうやら、祝勝会を開いている場合ではなくなりそうであった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


ここで出てきたカクテルがなぜ『メアリー』ではなく『シーザー』なのか。

知っている方は知っていると思いますが、その説明は次回に回させていただきます。

※0914 誤字修正しました。

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