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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第二章

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誰のための『カクテル』を

 結局、犯人のことは分からずじまいだ。存在も、その手口も。

 心に少しのモヤモヤを抱えたまま、結果発表の時間となった。

 発表の際には、代表者が一人壇上に上がることになっている。

 のだが、何故かその役を、スイは俺へと押し付けた。



「私はこの品評会の責任者であるセージ・エゾエンシスです。まずは皆様、この一日大変お疲れさまでした」


 ステージの上で、セージと名乗った四十くらいの男。

 彼が領主で間違いないのだろう。

 先程見たセラロイの顔と、確かに似通っているところが無くはない気がした。


「今回の品評会は、これまでにも増してレベルの高いものになりました。『ホワイト・オーク』の熟成ポーションから始まって、『エリスロニウム』の突き抜けるような効果の高いもの。そして『アウランティアカ』の完全な調和を見せたポーションなどなど、今回登場したそのどれもが、最優秀賞になってもおかしくない出来でした」


 まずは全体の総評が行われる。

 この時点で、俺は少しだけ唇を噛んでいた。

 総評の中に『スイのポーション屋』の名前が、なかった。


「そして、今回、ポーションとして優れた進歩を見せた店に、まず優秀賞を送ります。優秀賞は『アウランティアカ』です」


『おぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお』


 会場のどよめきが、大いに増した。

『アウランティアカ』は文句無しの最優秀候補だった。

 その『アウランティアカ』が、優秀賞で名前を呼ばれたということは、最優秀賞がどこだか分からなくなったと言っても良い。

 俄然、会場に緊張が走った。


「そして今回、革新的な技術で最優秀賞を獲得した店は──」


 ごくり、と俺は唾を呑み込んだ。

 そして、その言葉が、どう続くのか、待つ。

 領主様の口が開くその一瞬、

 永遠にも思えるほど長い時間の末、それは発表された。




「──『ホワイト・オーク』です」




 瞬間。


『おお、っおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』


 会場が、沸き立った。

『ホワイト・オーク』が『アウランティアカ』を下した。

 その熱が、会場全体に広がっていくのが、はっきりと分かった。


 だが、俺の心臓は急速に萎んでいって、それなのに脈拍だけが早くなっていった。

 頭の中が冷え込み、何も考えられなくなっていく。


 やはり、だめだったのか。

 その気持ちは、どんどんと膨らんでいった。

 これでは『スミレのポーション』の存在がせっかく確認できたというのに、そこに続く道が閉ざされてしまう。

 せっかくの『リキュール』の道が、見えなくなってしまう。


 それだけじゃない。あんなになるまで走り回ってくれた、スイやライ、危険な橋を渡ってくれたヴィオラやベルガモ、そして、望まぬ結婚を迫られている、少女。

 その全員の思いに、応えてやれないというのが、たまらなく、悔しい。


 そんな気持ちだから、その次に続いた言葉を、最初は聞き逃しそうになった。


「と、いつもならばこれで終わりでしょう。ですが、本年はある強い希望により、もう一つの枠が追加されました」


 会場に、どよめきが起こった。

 もう一つの枠。

 その聞き慣れない言葉に、誰もが続きを待つ。


「『アウランティアカ』のオーナーであるヘリコニア氏の熱烈な推薦。それに加えて『ホワイト・オーク』のアパラチアン氏の『彼らを認めない品評会に未来はない』という訴え。そしてその他多くの出場者達の要望によって、本年は最優秀賞の上に、進歩ではなく革命を起こした一つの店の名前を上げることとなりました」


 会場が、その言葉を待つ。

 壇上にも、緊張が走る。

 俺はもう、働き始めて最初にお客さんにカクテルを出したあのときの、胃痛を思い出すほどだ。

 そしてゆっくりと、その名前が告げられた。




「特別最優秀賞『スイのポーション屋』────彼女達に、品評会最高の栄誉を送ります」




 どよめきは、そのまま狂乱へと変わった。

 ある者は怒号をあげ、あるものはただ騒ぎ、そしてあるものは大いに笑う。

 まさしく前代未聞の結末に、誰もが驚愕していた。


 俺は、未だにその結果に対する感情を決められないでいる。

 嬉しいはずなのに、泣きたくもある。

 そんな不可思議な感情に囚われていた。


「それでは、先程指名された三店舗の代表の方は、前に出ていただきたい」


 現実感のない足取りで、俺はゆったりとステージの前に進んでいった。





「総っ!」


 結果発表を終えて俺がステージ脇に降りると、待ち構えていたようにスイが俺に抱きついてきた。

 俺はそれを呆然と受け止めつつ、尋ねる。


「あ、あれ? 結果はどうなったっけ?」

「なに寝ぼけてるのっ」


 スイは泣き笑いの表情で、俺に言った。


「私達が、一番だって!」


 さっきまでのふわふわとした気持ちが、スイの言葉で途端に現実へと降りてきた。

 俺はようやく、今まで自分がステージに居たこと、そして最高の結果を得たこと、さらに自分の腕の中に青髪の少女がいることを実感した。


「そ、そうか。やったんだな?」

「うん」

「これで、『カクテル』は認められたんだな?」

「うんっ」

「……そうか、これで」


 俺がじっとりと手の中の体温を感じているところで、背中から声をかけられた。


「ユウギリ君。素晴らしいポーションだったよ。特別最優秀賞おめでとう」

「アパラチアンさん……!」


 声に反応して抱きついていたスイが離れたので、俺は振り返り、礼を言った。


「ありがとうございます。とても推していただいたみたいで、本当に感謝します」

「なに、私の偽らざる気持ちだ。君と話をしていたからこそ、君が何も考え無しにやっているわけではないと分かっている。それに、ここで君を否定するようなことは、この先の『ポーション』の未来にあってはならないことだった」

「……身に余る光栄です」


 アパラチアンの言葉に少し涙ぐんでいると、彼は少しだけ悪い顔になって言った。


「ふふ、今から君が、我が『ホワイト・オーク』に来るのが楽しみだよ。君の見識を、一番に享受できるのだからね」


 そして『お互いに頑張ろう』と残して、アパラチアンは歩き去った。

 残された俺とスイだが、スイは途端に機嫌悪く俺を睨む。


「……総? 『ホワイト・オーク』に行くってなに? 私、聞いてない」

「……あ、後で話そうと思って」

「じっくり聞かせてもらうから」


 スイの冷ややかな視線を受けていると、タイミングを見ていたかのようにもう一つの声がかかった。


「おめでとう『スイのポーション屋』の二人」

「……ヘリコニアさん」


 次に声をかけてきたのは、俺たちを推してくれたもう一人。

『アウランティアカ』のオーナー店長、ヘリコニアだった。


「ありがとうございます。熱烈な推薦を頂いていなければ、この結果は……」

「当然のことだ。その代わり、君にはこれから忙しくなってもらう」

「はい?」

「君の技術や知識に注目しているのは、私やアパラチアンだけではない。ポーションを混ぜるとどうなるのか、君の意見を聞きたいとほとんどのポーション屋は思っているはずだ。実際、そう聞いている」


 ヘリコニアは、少し同情するような視線で言った。


「もちろん、それがそのまま役に立つとは思わない。だが、その知識がポーションに新しい風を吹き込むのは間違いない。先程の話を聞いていたが──『ホワイト・オーク』にだけ、独占させるわけにはいかないからね」

「……ははは」


 俺は、営業スマイルではなく、乾いた愛想笑いを浮かべていた。

 確かにそういう結末になる事も考慮すべきだった。

 認められるということは、この場では『公表すべき知識が多い』という意味でもあるのだから。


「とにかく、今はおめでとう。ギヌラではまだまだ力不足というのも実感した」

「……え、ええ」

「……これではやはり、結婚など考えるべきではないな」

「へ?」


 ヘリコニアがぼそりと言った一言。

 だがそれを聞き返す前に事態は動いた。


「あっ! ユウギリ、貴様! これで勝ったと思うなよ! 言っておくがな、僕の実力はこんなものじゃない! 本気を出したらつまらないから手を抜いていたんだ! 本当なら僕が勝っていたところなんだからな!」


 俺の前方から、見慣れたくないのに見慣れた金髪が吠えながら近づいてきた。

 だが、彼は気付いていないようだ。

 俺たちと話をしている、その後ろ姿の男性が誰なのかということに。


「そうか。貴様はこの大会で手を抜いていたというのか」

「……げぇ!? 父上!?」

「父を前にして『げぇ!?』とはなんだ!」

「す、すみません! いだぁっ!?」


 怯えて立ち止まっているギヌラの頭に、ヘリコニアは豪快な拳骨を降ろした。


「まったく情けない。これでは彼女達への示しがつかないどころか、負債を溜め込むばかりだ。申し訳ないことをした。『カクテル』のこれから先を期待している」

「は、はぁ」


 そしてヘリコニアは、頭を押さえてうずくまっているギヌラの首根っこを掴み、ずるずると引きずって去っていく。

 嵐が過ぎ去ったような沈黙だった。

 既に出場者の殆どがはけ、俺たちもそろそろ騎士達に邪魔扱いされるだろう。


「俺たちも、戻るか」

「うん」


 そう思ったとき、俺たちに声をかける最後の一人がいた。


「もし、そこの『スイのポーション屋』の二人」


 俺とスイが顔を向けると、そこにいたのは先程壇上で結果を発表していた人物。

 セージ・エゾエンシス、その人だった。


「りょ、領主様!?」


 スイが驚き、慌てて姿勢を正す。

 俺もそれに倣って姿勢を整えるが、セージはその態度に笑った。

 しかしすぐに表情を改め、その頭を下げる。


「この度は、君達に多大な迷惑をかけた。全ては私の責任だ」


 その姿に、スイは言葉を失った。

 俺は、まぁそうなるか、と少し思いながら返す。


「いえ、大丈夫です。結果的に問題はありませんでしたから、今後気を付けてくだされば」

「本当に申し訳ない。そう言って貰えると、助かる」


 領主は少しだけ安心した様子を見せ、その後にふと思案顔になった。


「それと、二人に聞きたいことがあったのだ」

「聞きたいこと、ですか?」


 言ってから、俺は「あっ」と思い当たった。

 あれだけ大々的に使ったら、領主様が気付くのは当たり前じゃないか。


「君達が使った『スミレのポーション』──あれは私のものかね?」


 なぜなら、それを届けたのは自分の娘であるセラロイなのだから。


「も、申し訳ありません! 領主様のものとは露知らず!」

「構わないよ。セラロイがあの場に現れてもしやと思っただけだ。それに、実のところ私は少し嬉しかったのだよ」


 スイが凄まじい勢いで頭を下げるが、領主は笑う。

 その後に、歳に似合わぬ子供のような顔で言った。


「ポーションを嗜好するという、誰にも言えなかった趣味を、君達が認めてくれたみたいでね」


 そう言われて、俺は彼の立場をなんとなく悟った。

 彼は領主だ。そんな彼が、例えば薬であるところの『ポーション』を夜な夜な飲んでいるとしたら? 公にはしなくても、それだけで、周りからの目は厳しかっただろう。

 随分と肩身の狭い思いをしていた筈だ。

 だが、俺たちが、嗜好品としての『ポーション』──『カクテル』という形ではあるが──を大々的に打ち出した。

 それが広まっていけば、やがて彼は誰の目はばかることなく、自作のポーションを味わうことができるのだ。


「そ、そうだ! お聞きしたいことがあったんです!」

「ん? なにかね?」


 俺は、はっと思い出した。

 この大会に出た、当初の目的はなんだったのか。

 色々な寄り道をしてしまったが、俺が最初に求めたものはなんだったのか。


「よろしければ、あなたがどうやってスミレの風味を持ったポーションを作っているのか。その技術を教えてはいただけませんか?」


 俺はリキュール作りのヒントが欲しかったのだ。

 この先の『カクテル』の発展のために。

 その目的で、領主に面通しが叶う可能性のある、最優秀賞を狙っていたのだった。


「そうかそうか……! それは嬉しい質問だ。今度じっくりと教えて上げよう。大会が終わったら、賞金の受け渡しもあるし、その時でいいかい?」

「は、はい!」

「では、私はこれで。特別最優秀賞、本当におめでとう」


 最後まで領主は柔和な笑みを浮かべて、去っていった。

 あの様子では、彼は独自の研究を大分積み重ねているに違いない。

 その話を聞けるのが、今から楽しみで仕方なかった。



「総。私、一つ言い忘れてたことがあった」



 領主様の姿が見えなくなったころ、鋭い声でスイが言った。

 俺は彼女が何を言うのか、気を引き締めて待つ。

 しかしスイは、いつもの彼女のペースで、のんびりとその要求をした。



「私、まだ【ブルー・ムーン】を飲んでない。早く作って」



 言われた瞬間、俺は吹き出すかと思った。

 このタイミングで『そういえばおめでとうって言ってなかった』とか言われるかと思ったら、『カクテル』のご注文とは。

 俺は苦笑いを浮かべそうになるのをこらえて、薄く微笑んで言った。


「かしこまりました。それじゃ部屋に戻ろう。みんなが待ってる」


 俺は少しだけかっこつけて、彼女へと手を伸ばす。

 スイは満足げに笑みを浮かべたまま、その手を取った。



 漠然とだけど、思うことがある。

 俺がこの先、どんな未来を描くとしても、

 この少女のために作るカクテルが、一番多くなるんじゃないだろうか。



ここまで読んで下さってありがとうございます。


二章完結です。

少し詰め込み気味になってしまいすみません。


三章の開始はまだ未定ですが、少なくとも九月中には始まるはずです。

活動報告と、あらすじの方に告知すると思いますので、

気が向いたら覗いていただけると幸いです。


※0901 誤字修正しました。

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