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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第二章

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精一杯の笑み


「ど、どうかな?」

「…………ダメだ。どれも、代用にはならない」


 時間ギリギリまで駆け回って、集めてきたポーションを全て試した。

 だが、そのどれもが、やはり不足だ。


 するりと、水のように呑み込める。だが、その完成度は以前飲んだ『アウランティアカ』のそれには遠く及ばない。

 ましてや、これでは『カクテル』の材料にするには、大人しすぎる。

 そもそも、皆が味を殺すような調整を重ねるのだ。易々と見つかるわけはない。


「……そっか」


 しょんぼりと頭を下げたライに、すまない気持ちになる。


「ありがとうライ、スイ。駆け回ってくれて」

「……ううん。ごめんね力になれなくて」

「大丈夫だ。見つかれば儲け物、くらいの気持ちだったから」


 しゅんとしているライの頭をポンと叩く。

 ライは少しだけ上目遣いで俺を見るが、何か言うことはなかった。



「それより」



 その場の空気を切り替えるかのように、スイが鋭い声を出した。

 少し、周りをキョロキョロと見回したあと、部屋にいる若い騎士に尋ねる。


「ヴィオラはまだ帰ってきてないの?」

「はい。少し出てくると言ったきりです」

「……そう」


 この場に、ヴィオラとベルガモの姿はない。

 一度別れたあと、彼女達はどうやらこの会場を出たらしかった。どこに向かうのかは教えてくれなかったが、必ず戻るとだけは言っていた。

 しかし、未だにその姿が見えてはいない。


「どういたします? もう準備をしていただかないと、時間が」

「……分かった。準備だけは進める。その代わり、発表時間の終わるギリギリまで、ステージで待つことは可能か?」

「……分かりました。ではスタッフを呼びますので、少々お待ちください」


 騎士が早足で部屋を出て行ったあと、俺は、震えそうな拳を握りしめた。

 代用品が見つからなかったら【代用ギムレット】が一番現実的な選択肢だ。

 この場で取りうる最善だ。


 本当にそれでいいのか?

 それしかないのか?


「……総」


 言葉にしていなかった俺の気持ちを包むように、スイの手がそっと俺の拳を握った。

 じんわりとした温かさを分けてくれる少女に、俺は目を向ける。


「大丈夫。ヴィオラを信じて。彼女は絶対に来るから」

「……ああ。分かってる」


 言ったスイ自身が、唇を噛み締めているのは分かった。

 俺だけじゃない。ここで待っている全ての人間が、焦燥に潰されそうなのだ。

 それでも、スイは昨夜の約束を果たそうと、俺を心配してくれている。

 ならば俺も、それに応えるべきだろう。


「スイも、大丈夫だ。責任を感じることはないから。どんな状況でも、俺がなんとかするから」

「……うん」


 俺の言葉に、スイも少しだけ安心したように気を緩めた。

 眉間に寄っていた皺が消えて、少しだけ瞳に安堵の気配を宿す。

 しばらく、お互いを安心させるように、じっと見つめ合う。



「あのさぁ。二人して緊張感のないやり取りしてなんなのさ、もぅ」

「「……っ!」」


 ライのぼそっとした感想に、俺とスイは慌ててお互い距離を取ったのだった。



 やがて、騎士団の人々が準備のために部屋にやってくる。

 彼らは口々に俺たちに謝罪した。全ては自分たちの責任だ、と。

 しかし、聞けば聞くほど、泥棒が入ったのは不可解であった。


 この世界の鍵は、俺の知っている鍵とは少し違っているらしい。

 物理的な錠と一緒に魔力的にも錠がされる、二重の鍵が主流らしい。

 そしてその魔力の形は、普通の人間には見えない。仮に魔法使いが知ったとしても、その鍵を解除する魔力を作り出すのは至難の業だとか。

 スイをして、何も無い状態から合わせるには数時間はかかるという。


 しかし、騎士団はそんな何時間も、見張っていなかったわけではない。

 三十分に一度は嫌でも通ることになるし、定期的に見回りも行っていた。

 扉の前で、何時間も鍵の解錠に費やしている人間が、見つからないはずがない。


 そして、マスターキーが持ち出された記録も残ってはいない。

 となると、犯人には一つの線しか残らなくなる。



 運営に最初から関われる立場で、合鍵を予め用意できる人間でなければ、犯行はほぼ不可能ということだ。

 残念ながら、俺には一人しか心当たりがなかった。




「やぁ、スイ君、ユウギリ君。随分と遅いご到着だったじゃないか。てっきり、発表が怖くなって逃げたのかと思ったよ」


 俺たちが準備のためにステージ脇に入ると、発表を終えたらしい金髪の男が、あからさまに挑発してきた。

 騎士達は顔をしかめるが、声をかけることはなくすぐに準備に入った。

 俺は苛立ちを感じつつ、適当に流してやることにした。


「生憎と完璧主義者なんでね。最後の最後まで最善策を練っていたところさ」

「それをしてどうするんだい? もう発表する『ポーション』は決まっているだろう? 君達がいくらあがいたところで、もう勝負は決まっていると思うけど」


 ギヌラの問いに、俺は、少し違和感を覚えた。

 いちいち神経を逆撫でするのはいつも通りであるのだから、俺の思い過ごしかもしれない。決めてかかっているから不思議に思うのかもしれない。


 だが、まるでギヌラが、俺たちに起こったトラブルを『知らない』みたいに見えたのだ。


 彼は本当に、純粋な疑問の表情で、俺に尋ね返してきた。

 白々しい、と思う以前に、どうしてだか彼の表情が本物に思えてならなかった。

 だが、隣に立っているスイは、そう思わなかったようだ。


「……っ! よくもぬけぬけと!」

「ひっ!? い、いったい何が?」


 キッとギヌラを睨みつけるスイ。

 その表情に何か痛い記憶を思い出したのか、ギヌラが怯えた。

 俺はスイを抑えるように肩をポンと叩いて、試しに彼を揺さぶってみる。


「実はちょっとトラブルが起きてな。まぁ、材料が一つ消えたんだ」

「……えっ?」


 どうだろう。

 言われたギヌラは、鳩が豆鉄砲を食らったみたいに、呆然とした。

 しかし、そこから更に表情を変化させる。

 急激に顔を青ざめさせると、小さく、荒い息を吐きだした。


「……そんな、まさか?」

「……本当だ。お前も知っての通りな」

「……なっ!? ぼ、僕は何も知らない! 知らないぞ!」


 ギヌラは、俺の言葉に焦ったように叫び、そのまま続けて言い捨てる。


「と、とにかく僕の『ポーション』は完璧だった! お前らはせいぜい、この品評会に傷を付けないようにするんだな!」


 そして、そのまま走り去っていった。

 その背中に、スイが苦みばしった表情で言った。


「……自分が犯人のくせに」

「スイ。もしかしたら、ギヌラは犯人じゃないかもしれない」

「え?」


 俺の言葉に、スイは唖然とした表情をした。

 一番疑いが強いのがギヌラであるのは違いないが、証拠はない。

 とはいえ、何かを知っているのは間違いないだろう。


「仮に犯人だとしても、あの様子じゃ『コアントロー』の場所をそう簡単に割るとも思えない。俺たちは、壇上でヴィオラを待つしかないんだ」

「……うん。分かってる」


 俺とスイは一度だけ頷き合った。


 犯人が誰であろうと。

 材料がなかろうと。

 今出来ることは、心に余裕を持つ事だけだ。


「お二人とも。準備が整いましたので確認の後、発表をお願いします」


 騎士の言葉がかかり、俺は覚悟を決めた。


「行きましょうか『オーナー』」

「……よろしくね『マスター』」



 俺たちは、そう言って少しだけ笑いあったあと、ステージに上った。


 どんな時でも笑顔を絶やさない。

 それがバーテンダーに必要な能力であるのだから。



ここまで読んで下さってありがとうございます。


明日は、複数回更新する予定です。

十八時から、二時間おきに完結まで投稿できたらと思います。

まだ完結まで書き切れていないので、あくまで予定なのですが、

よろしければご覧になっていただけると幸いです。

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