精一杯の笑み
「ど、どうかな?」
「…………ダメだ。どれも、代用にはならない」
時間ギリギリまで駆け回って、集めてきたポーションを全て試した。
だが、そのどれもが、やはり不足だ。
するりと、水のように呑み込める。だが、その完成度は以前飲んだ『アウランティアカ』のそれには遠く及ばない。
ましてや、これでは『カクテル』の材料にするには、大人しすぎる。
そもそも、皆が味を殺すような調整を重ねるのだ。易々と見つかるわけはない。
「……そっか」
しょんぼりと頭を下げたライに、すまない気持ちになる。
「ありがとうライ、スイ。駆け回ってくれて」
「……ううん。ごめんね力になれなくて」
「大丈夫だ。見つかれば儲け物、くらいの気持ちだったから」
しゅんとしているライの頭をポンと叩く。
ライは少しだけ上目遣いで俺を見るが、何か言うことはなかった。
「それより」
その場の空気を切り替えるかのように、スイが鋭い声を出した。
少し、周りをキョロキョロと見回したあと、部屋にいる若い騎士に尋ねる。
「ヴィオラはまだ帰ってきてないの?」
「はい。少し出てくると言ったきりです」
「……そう」
この場に、ヴィオラとベルガモの姿はない。
一度別れたあと、彼女達はどうやらこの会場を出たらしかった。どこに向かうのかは教えてくれなかったが、必ず戻るとだけは言っていた。
しかし、未だにその姿が見えてはいない。
「どういたします? もう準備をしていただかないと、時間が」
「……分かった。準備だけは進める。その代わり、発表時間の終わるギリギリまで、ステージで待つことは可能か?」
「……分かりました。ではスタッフを呼びますので、少々お待ちください」
騎士が早足で部屋を出て行ったあと、俺は、震えそうな拳を握りしめた。
代用品が見つからなかったら【代用ギムレット】が一番現実的な選択肢だ。
この場で取りうる最善だ。
本当にそれでいいのか?
それしかないのか?
「……総」
言葉にしていなかった俺の気持ちを包むように、スイの手がそっと俺の拳を握った。
じんわりとした温かさを分けてくれる少女に、俺は目を向ける。
「大丈夫。ヴィオラを信じて。彼女は絶対に来るから」
「……ああ。分かってる」
言ったスイ自身が、唇を噛み締めているのは分かった。
俺だけじゃない。ここで待っている全ての人間が、焦燥に潰されそうなのだ。
それでも、スイは昨夜の約束を果たそうと、俺を心配してくれている。
ならば俺も、それに応えるべきだろう。
「スイも、大丈夫だ。責任を感じることはないから。どんな状況でも、俺がなんとかするから」
「……うん」
俺の言葉に、スイも少しだけ安心したように気を緩めた。
眉間に寄っていた皺が消えて、少しだけ瞳に安堵の気配を宿す。
しばらく、お互いを安心させるように、じっと見つめ合う。
「あのさぁ。二人して緊張感のないやり取りしてなんなのさ、もぅ」
「「……っ!」」
ライのぼそっとした感想に、俺とスイは慌ててお互い距離を取ったのだった。
やがて、騎士団の人々が準備のために部屋にやってくる。
彼らは口々に俺たちに謝罪した。全ては自分たちの責任だ、と。
しかし、聞けば聞くほど、泥棒が入ったのは不可解であった。
この世界の鍵は、俺の知っている鍵とは少し違っているらしい。
物理的な錠と一緒に魔力的にも錠がされる、二重の鍵が主流らしい。
そしてその魔力の形は、普通の人間には見えない。仮に魔法使いが知ったとしても、その鍵を解除する魔力を作り出すのは至難の業だとか。
スイをして、何も無い状態から合わせるには数時間はかかるという。
しかし、騎士団はそんな何時間も、見張っていなかったわけではない。
三十分に一度は嫌でも通ることになるし、定期的に見回りも行っていた。
扉の前で、何時間も鍵の解錠に費やしている人間が、見つからないはずがない。
そして、マスターキーが持ち出された記録も残ってはいない。
となると、犯人には一つの線しか残らなくなる。
運営に最初から関われる立場で、合鍵を予め用意できる人間でなければ、犯行はほぼ不可能ということだ。
残念ながら、俺には一人しか心当たりがなかった。
「やぁ、スイ君、ユウギリ君。随分と遅いご到着だったじゃないか。てっきり、発表が怖くなって逃げたのかと思ったよ」
俺たちが準備のためにステージ脇に入ると、発表を終えたらしい金髪の男が、あからさまに挑発してきた。
騎士達は顔をしかめるが、声をかけることはなくすぐに準備に入った。
俺は苛立ちを感じつつ、適当に流してやることにした。
「生憎と完璧主義者なんでね。最後の最後まで最善策を練っていたところさ」
「それをしてどうするんだい? もう発表する『ポーション』は決まっているだろう? 君達がいくらあがいたところで、もう勝負は決まっていると思うけど」
ギヌラの問いに、俺は、少し違和感を覚えた。
いちいち神経を逆撫でするのはいつも通りであるのだから、俺の思い過ごしかもしれない。決めてかかっているから不思議に思うのかもしれない。
だが、まるでギヌラが、俺たちに起こったトラブルを『知らない』みたいに見えたのだ。
彼は本当に、純粋な疑問の表情で、俺に尋ね返してきた。
白々しい、と思う以前に、どうしてだか彼の表情が本物に思えてならなかった。
だが、隣に立っているスイは、そう思わなかったようだ。
「……っ! よくもぬけぬけと!」
「ひっ!? い、いったい何が?」
キッとギヌラを睨みつけるスイ。
その表情に何か痛い記憶を思い出したのか、ギヌラが怯えた。
俺はスイを抑えるように肩をポンと叩いて、試しに彼を揺さぶってみる。
「実はちょっとトラブルが起きてな。まぁ、材料が一つ消えたんだ」
「……えっ?」
どうだろう。
言われたギヌラは、鳩が豆鉄砲を食らったみたいに、呆然とした。
しかし、そこから更に表情を変化させる。
急激に顔を青ざめさせると、小さく、荒い息を吐きだした。
「……そんな、まさか?」
「……本当だ。お前も知っての通りな」
「……なっ!? ぼ、僕は何も知らない! 知らないぞ!」
ギヌラは、俺の言葉に焦ったように叫び、そのまま続けて言い捨てる。
「と、とにかく僕の『ポーション』は完璧だった! お前らはせいぜい、この品評会に傷を付けないようにするんだな!」
そして、そのまま走り去っていった。
その背中に、スイが苦みばしった表情で言った。
「……自分が犯人のくせに」
「スイ。もしかしたら、ギヌラは犯人じゃないかもしれない」
「え?」
俺の言葉に、スイは唖然とした表情をした。
一番疑いが強いのがギヌラであるのは違いないが、証拠はない。
とはいえ、何かを知っているのは間違いないだろう。
「仮に犯人だとしても、あの様子じゃ『コアントロー』の場所をそう簡単に割るとも思えない。俺たちは、壇上でヴィオラを待つしかないんだ」
「……うん。分かってる」
俺とスイは一度だけ頷き合った。
犯人が誰であろうと。
材料がなかろうと。
今出来ることは、心に余裕を持つ事だけだ。
「お二人とも。準備が整いましたので確認の後、発表をお願いします」
騎士の言葉がかかり、俺は覚悟を決めた。
「行きましょうか『オーナー』」
「……よろしくね『マスター』」
俺たちは、そう言って少しだけ笑いあったあと、ステージに上った。
どんな時でも笑顔を絶やさない。
それがバーテンダーに必要な能力であるのだから。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
明日は、複数回更新する予定です。
十八時から、二時間おきに完結まで投稿できたらと思います。
まだ完結まで書き切れていないので、あくまで予定なのですが、
よろしければご覧になっていただけると幸いです。




