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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第二章

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まだ遠い道


「……そうかぁ」


『ホワイト・オーク』の発表を見た俺は、一人ため息を吐いていた。

 意気揚々と去っていく発表者たちの背中に、惜しみない拍手を送る気分にはなれない。


「大丈夫? どうしたの?」


 周りからは盛大な拍手が上がり、誰も彼もが『ホワイト・オーク』の斬新な試みと、そこから作られた『ポーション』へ賛辞を送っている。

 その中で一人落ち込んでいる俺を気遣うように、スイが声をかけてくれた。


『ホワイト・オーク』のポーションはどうだったか。

 技巧的な完成度と、飲みやすく深い味わいを持つ実物。審査員たちも絶賛の嵐だった。

 ただ一人『アウランティアカ』のオーナー店長、ヘリコニアだけが『まだ発展の余地がある』と、手放しで褒めてはいなかった。

 とはいえ、その進歩的な部分は、ポーションの輸送面にも大きく貢献することになる。

 最初にして、いきなり最優秀賞候補に躍り出たと言っても過言ではないだろう。


 だからこそ、ここに集まった人間は皆、興奮している。

 そして、その中で、俺一人が沈み込んでいる。


「いや、道は遠いなぁと思って」


 言っている俺が遠い目になりながら、消え入りそうな声で答えた。

 スイは同情するように、俺を励ます。


「まぁ、確かにあそこはすごい技術があるけど、総だって別に負けては……」

「いや、そうじゃない。そこはどうでも良いんだ」

「ん? じゃあ何が遠いの?」

「『ウィスキー』への道が」


 俺の発した単語がいまいち分からないのだろう。スイはやはり首を傾げていた。



 はっきりと言えば、期待のしすぎだった。

『ホワイト・オーク』が出してきた『樽』での『熟成』は、俺の求めているレベルには及んでいなかった。


 樽熟成とは、それこそ地球の酒においては無くてはならない要素だ。

 例えば、樽で熟成させる酒で最も有名なものの一つに『ウィスキー』がある。


 ウィスキーとは、主に麦芽や穀物を原料として作られる蒸留酒だ。

 銘柄によって様々な芳香や風味を持つが、共通しているのはその液体が綺麗な琥珀色をしていることだろう。

 そしてその色こそ、まさに長年の熟成によって、樽から少しずつ移っていくものなのだ。


 もちろん熟成の時間はただの色付け期間などではない。

 時間とともに、風味はまろやかに、香りは華やかに変わっていく。

 新酒として作られた『ウィスキー』をより上質な『酒』に変えるために、『樽熟成』は必要不可欠な要素なのである。


 樽熟成を行う酒は、それこそ枚挙に暇がない。

 ウィスキーやブランデーは言うに及ばず、様々なリキュールやスピリッツでも、樽に詰めて数年寝かせるものは多い。

 例えばテキーラは、寝かせた期間によって『レポサド』とか『アネホ』とか呼び方が変わることで有名だ。


 その方法も多種多様。木材の選定から、使用回数、その前に何が詰まっていたか、何年寝かせるのか、内面をどう処理するか、などなど。

 数え切れない試行錯誤の末に、それぞれの蒸留所が自分たちの味を見つけ出し、長い歴史をかけて洗練していった末に、今の熟成技術が生み出されたのだ。


 一見すれば、ウィスキーは皆似たような琥珀色をしている。

 だが、その一つ一つが技術の結晶であり、その研鑽の末に今のウィスキーがある。

 いわゆる世界五大ウィスキーに数えられる『スコッチ』『アメリカン』『アイリッシュ』『カナディアン』『ジャパニーズ』をそれぞれ飲み比べてみれば、それらがどれだけ違うものか分かる筈である。



 と、簡単に説明しても樽熟成とは複雑なものだ。

 ウィスキーの銘柄だけで軽く三桁は数えられるほど、深い。

 俺自身、詳しいだなんて口が裂けても言えない。

 そんな世界から来た俺が期待してしまったのは『樽に詰めて十二年』とかのポーションだった。


 しかし、この場に現れたのは『樽に詰めて一ヶ月』くらいのポーションだった。

 それも、熟成というよりは魔法的な考えのものだ。

『樽から魔力の影響を受けても劣化せず、むしろ効果が高まるポーション』という、熟成と呼ぶにはあまりに小さな成果だった。

 主眼はあくまで『樽と親和するポーション』にあり、『樽で寝かせることで味わいを深くする』というところにはないのだ。


 いや、小さな成果とは言い過ぎか。

 もしかしたら、この瞬間が『ウィスキー』の始まりなのかもしれない。

 どうにかして『ホワイト・オーク』の人間に接触する必要はあるだろう。



「スイ。とりあえず、ウチでも一度試してみよう。樽熟成」


 俺は気を取り直して、それまでおざなりにしていた『熟成』について提案してみた。


「……えっと、それは良いけど、どれくらい?」

「軽く大樽一つ分くらいを、十二年」

「うん。無理」


 愛想笑いの一つもなく俺の提案は却下された。ですよね。

 ついでに、この世界の大樽は容量およそ500リットル程度。

 そんな量での実験は、さすがにスイも許してはくれないだろう。


「というか。やるのは良いけど、普通に詰めただけじゃ劣化するよ? 『ホワイト・オーク』はそれらの魔法適性を見極めて、木材とポーションを最適の形に合わせることで『熟成』を成功させたんだから」

「ここでも『酒』と『ポーション』の違いが出るのかぁ」


 相変わらず、俺のやろうとすることに途中までしか良い顔をしないポーションである。

 その辺りの研究の成果を『ホワイト・オーク』にじっくりと聞く事ができれば、また新たな道も拓けるかもしれない。


「まぁいいか。とりあえず、俺は一旦裏に回って彼らと接触を試みる」

「え? 他の発表は聞かなくても良いの?」

「俺の代わりに聞いておいてくれ」


 スイの戸惑いの声を背に、後を頼んでから俺は人波を抜け出した。

 惜しいと思う気持ちもあるが、今はまず『熟成』だ。『樽』だ。



 俺が裏手に回ると、丁度ステージへと続く通路から『ホワイト・オーク』の面々が姿を見せるところだった。

 やりきった顔をしている先頭の男、確かアパラチアンという名前の店主。

 少し頭の中でシミュレーションをしてから、俺は彼に話しかけた。


「あの、すみません!」

「ん?」


 突然現れた俺に対し訝しげな表情をするアパラチアン。

 俺は、努めて友好的な表情を浮かべて、まずは言った。


「先程の発表素晴らしかったです! 大変感動しました!」

「ほう。そうでしょう。なにせ世界で初めての技術ですからね」

「はい! 樽の影響を逆手に取っての熟成──まさに『ホワイト・オーク』さんにしかできない挑戦だったと思います!」

「ほほう。そうかね。ありがとう」


 俺の感想を聞いて、アパラチアンは露骨に表情を和らげた。さりげなく他のメンバーの表情を窺ってみても、悪くない顔をしている。

 掴みはオーケーか。


「それで君は?」

「はい、申し遅れました。自分は夕霧総と言います。今回の品評会に『スイのポーション屋』として出場させて頂いております」

「……ああ。君が例の」


 俺の自己紹介に、少しだけアパラチアンの表情が曇った。どうやら、俺たちのポーションが異例だったことは、ある程度知れ渡っている様子だ。

 だが、それくらいで怯んでいてはいけない。そのイメージを払拭させねば、欲しい物は手に入らない。

 俺は少しだけ申し訳なさそうな顔で、言葉を紡ぐ。


「はい。ギリギリで出場を決めた自分などまだまだです。伝統ある『ホワイト・オーク』さんに胸をかりるつもりで、頑張らせていただこうかと」

「謙遜はしなくていい。聞いた限りでは、君のやり方は確かに我々とはまるで違う。しかし、ポーションの新しい道を拓くには、そういった刺激も必要だろう。君はしっかりと胸を張るべきだ。君達に及ばなかった他の店の為にも」

「……そうですね。はい、仰る通りです」


 俺はそこで、申し訳なさそうな表情をキリッと引き締めた。

 彼の言った通りのことを素直に聞く自分を作ったと言ってもいい。

 俺の変化に再び気を良くしたらしいアパラチアンが、尋ねる。


「それで、君はただ賛辞を述べに来てくれたのかな?」

「あ、いえ。実は先程の樽を使った熟成について、少し質問がありまして」


 そして俺は、ようやくその本題に踏み入った。

 先程いろいろと考えていた『熟成』の諸要素を質問してみたのだ。


 樽の木材、熟成期間、樽の再利用、内面の処理などなど。

 最初はふむふむと頷くだけだったアパラチアンだが、次第に俺の言葉に真剣に目を光らせるようになり、終わる頃には完全に職人の目へと変わっていた。


「なるほど。確かに奇抜な発想で出場を決めただけのことはある。まだ我々が試していない項目が、いくつも存在するよ。故にすぐに返答することはできない」

「……そうですか」


 返答できない。つまり、試されていない。

 それはイコールで、この世界にはまだ『ウィスキー』が存在しないことを意味していた。


「だが、面白そうだ」


 俺が落ち込みかけたとき、切り返したのはアパラチアンの方だった。

 彼は、その表情を殊更に輝かせ、俺に一つの提案をした。


「君は、ユウギリ君と言ったね。どうだい? 一度我々の店に来てみては」

「え? それは研修みたいなものでしょうか?」

「ああ。君の発想は面白い。しかし、君にはどこかポーションの基礎が欠けているようにも思える。だから、一度我々のところで勉強してみるのはどうかね? お互いに良い刺激を与えられるかもしれないよ」


 言いながら、アパラチアンは俺に対して握手を求めてきた。

 それは、質問の返事を求めているのも同義だろう。

 俺は躊躇いなくその手を取った。


「是非よろしくお願いします。自分にも店があるので、すぐにというわけにはいかないのですが……」

「構わないよ。予定が取れそうなら連絡をくれるといい。すぐに招待状を送ろう」

「ありがとうございます。それでは、よろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ」


 そうして俺とアパラチアンは、固く手を握り合った。

 その様子を、後ろの数人は驚きの表情で見ている。

 もしかしたら、このアパラチアンという男は想像以上に気難しかったりするのかもしれない。


「それでは、我々はこれで失礼するよ。君の発表を楽しみにしている」

「はい。精一杯頑張らせていただきます!」


 その一言を残し『ホワイト・オーク』の面々は自分たちの控え室へと戻っていった。

 俺は一度だけ深呼吸をしたあとに、ぐっと拳を握る。

 成果は上々。むしろ期待以上だ。



 これで道は繋がった。

 この世界の『ウィスキー』の未来に少しの希望を見つつ、今は発表へ向けて、静かに気合いを入れることにした。




ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


本格的に触れるのはもう少し後になりますが『熟成』の話です。

作者もできるだけ勉強したつもりなのですが、

何か間違っていたらご指摘など頂けると幸いです。

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