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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第二章

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76/505

当日の午前中

 早朝の馬車に揺られて、数十分。

 俺とスイ、そして応援に来たライとベルガモの四人は、品評会の会場に到着した。


 会場は、少し小さめの、屋根のあるスタジアムみたいに見えた。

 収容人数は、千人は越えないくらいだろうか。その周囲をぐるりと囲むように、国中から集まったらしいポーション屋が、ブースでそれぞれの品を披露している。

 その中には、色鮮やかなものがあったりして、中々に興味を惹かれる。


 会場の入り口から中を見ると、思っていたよりもかっしりとした空間があった。

 中は広々としていて、前のほうにはステージらしき迫り上がった場所。

 その端には、審査員が着くと思われるテーブルと椅子。

 中央には、一番目の発表の人間が使うらしい、魔法陣的な絨毯とか、かまどと大鍋とかがセッティングされていた。


 だが、その準備を見ていても仕方はあるまい。

 観客はそれよりは、周囲のブースの方に足を向ける。

 本格的な開場はまだだろうが、既にかなりの人数が、ここに集まっている様子だ。


「まるでお祭りみたいだな」

「本当。王都でもここまでは見ない」


 俺とスイがぼんやりとした感想を漏らす。

 緊張感のない発言に、ライとベルガモが苦笑いを浮かべていた。


 店ではオヤジさんが一人、留守番をしている。

 オヤジさんは『ポーション屋どもの大会なんて頼まれても行くか』と断固として同行を拒否した。

 それに付き添ってではないが、ベルガモも残ると言った。だが、オヤジさんに強制されてベルガモも付いてくることになった。


 準備の関係で俺とスイが居なくなると、ライは一人になってしまう。そのお守りとして同行させたのだろう。

 もし娘に何かあったら殺す、そう俺とベルガモに伝えた時のオヤジさんの目は、冗談を言っているようには見えなかった。

 本当はコルシカも誘おうかと考えたのだが、彼女はまだ病み上がりなので、人が多いところに連れてくるのは抵抗があり、結果この四人になったのだ。


「それで、受付はどの辺だろうか」


 一度、会場の入り口から外に出た俺たち。

 その場でキョロキョロと周りを見回してみる。

 別に、この世界の人間がスタッフTシャツを着ていたりするわけはない。

 だがこの品評会は一応、領主が運営に携わっている。

 となれば、この場を管理しているのは、騎士団の面々ではないだろうか。


 そうやって探していると、都合良く見知った顔が近くを通りがかった。


「ヴィオラ!」


 声をかけると、ヴィオラはビクリと反応し、その後にゆったりと振り向いた。

 そして、声をかけたのが知人だと気付くと、ほっと安堵したような顔を見せた。


「君達か。そうだ、予選は通ったんだったな。おめでとう」

「ありがとう。最近姿を見せないから心配してたよ」


 ヴィオラは俺たちに近づきながら、当たり障りのない言葉を述べる。

 俺がヴィオラと会うのは、二人で飲んで以来だ。


「すまない。忙しくて時間が取れなかった」

「……ヴィオラの薄情者」


 そこにぼそっと、無表情で子供みたいな言葉をスイが投げた。ヴィオラは少し苛立った様子だが、言葉を返しはしなかった。


「聞きたいんだけど、どこで受付してるとか分かるか?」

「受付か。それならば、会場の中に入って左手側にずっと進んでもらえればいい」

「なるほど。ありがとう」


 俺は礼を述べる。

 その後に、少しだけ気になったことを尋ねてみた。


「ところで、今日は鎧を着てないんだな?」


 彼女の姿は、普段見ていた軽鎧姿とは違っていた。

 あえて言えば、いつもが男勝りな女騎士。

 今日は無理やり女物の服を着せられた、男勝りの令嬢だろうか。

 藤色の上着と、スッとしたスカート。

 それなりに身分はあると思っていたが、その想像を裏打ちするように質の良い服だ。主張の強い胸に決して負けてはいない。

 ふわりと香るスミレの甘さが、絶妙にマッチしている気がした。


「……不本意だが、今日は……セラロイ様の付き人のようなものでな。ご挨拶する方々に威圧を与えないよう、こうなっている」


 言いながら、ヴィオラはすっとスカートの裾を少しだけ上げた。

 白くすべやかなそこには、ベルトに巻かれたナイフが、三本ほど存在していた。


「不本意って言うけど、いつもとは違う感じで綺麗じゃないか。可愛らしい」

「……ぐ、分かってはいるつもりだが、ストレートな男だな」


 素直な賛辞に、ヴィオラは何故か顔を歪めている。

 俺の背後から、幾人かのため息が聞こえた気がした。


 そのあと、隣のスイがすっと一歩前に出て、ヴィオラに言った。


「……じゃあ、ヴィオラ。またね。きっとお嬢さんを待たせてるんでしょう?」

「……ああ。お使いの途中でな。ではこれで」


 スイの言葉に頷いて、ヴィオラはそそくさとその場から去っていった。

 だが、その姿はどうにも、いつものきりっとした姿とは重ならない。

 周りをキョロキョロと気にしながら進んでいく。

 自分が、しっかりと女性の格好をしているのが、恥ずかしいみたいだった。




「『スイのポーション屋』の方々ですね。控え室までご案内致します」


 受付のやや歳の若い騎士に声をかけると、彼はにこやかに答えて立ち上がる。

 彼の先導に従って、会場の裏手まで回った。

 そこは関係者以外立ち入り禁止の空間で、鍵のかかる小部屋がいくつか連なっている様子だった。


「こちらになります」


 若い騎士が一つの部屋の鍵を開ける。青年に促されるまま、中に入った。

 そこには送ってあった、小型の冷凍冷蔵庫。冷凍庫の蓋を開ければ、キンキンに冷えた『ジン』──『ジーニポーション』と氷の姿。

 冷蔵庫にはレモンの果実と、レモンジュースの瓶が入っている。

 他には、普段使いのコールドテーブルと高さを合わせてある作業台。

 その上にはポーションを作る材料である『ジーニ』の魔石と、水の入った瓶。審査員達への、人数分のグラスなど。

 それに加えて、ある意味主役と言っても良い『コアントロー』の瓶があった。


「どうでしょうか? 機材は全てお揃いですか?」

「はい。大丈夫です」


 俺はそれらを一つずつ確かめたあとに、にこりと笑みを浮かべて言った。

 若い騎士はほっと安堵したあと、手に持っていた鍵を俺へと手渡してくる。


「運営のほうにマスターキーはございますが、失くさないようにお気を付けください」

「分かりました」

「それでは、会場内の見学は自由です。あなた方の前のものが作業している時には、すでにこちらで待機していただくよう、お願い致します」


 事務的な連絡を告げ、若い騎士は最後に一礼したあとに部屋を去っていった。

 後に残された俺たち四人は、少しだけ落ち着かなく部屋を見回す。

 窓のない、閉鎖的な控え室だった。


「それで、ウチの順番っていつなの?」


 ライの疑問に、スイが答えた。


「一番最後。特別枠だからか、優遇されているのか、それとも見せしめか」

「ネガティブなこと言うなって」


 スイが漏らした言葉に、少しだけツッコミを入れた。


 今は昼前の九時二十分ほど。十時に正式な開会の挨拶がある。

 品評会の本番は十二時からで、それぞれ持ち時間は三十分。

 その間に機材の片付けや、搬入があるので、実質的な時間は二十分というところか。

 カクテルを作るにはあまりに長い時間だが、他のポーション屋にとっては短いくらいだろう。きっと。


「それで、ウチの前はどこの店?」

「『アウランティアカ』だ」


 俺の答えに、少しだけ空気が張り詰めたのを感じた。

 以前、スイが『直接対決』を申し込んだから、というわけではないだろう。

 だが、なんの因果か、こうして直接対決は果たされそうだ。

 他のポーション屋を下に見るつもりは一切ないが、それでも意識せざるを得ない。


「ま、緊張してても始まらないし、暫くは外のブースを眺めて回ろう。気になるものもたくさんあるしな」



 緊張をうまい具合に呑み下しながら、俺は提案した。

 その意見に反対する人間は、特にいなかった。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


予約投稿、ここまでになります。

明日からは、通常通り投稿する予定です。


※0826 誤字修正しました。

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