当日の午前中
早朝の馬車に揺られて、数十分。
俺とスイ、そして応援に来たライとベルガモの四人は、品評会の会場に到着した。
会場は、少し小さめの、屋根のあるスタジアムみたいに見えた。
収容人数は、千人は越えないくらいだろうか。その周囲をぐるりと囲むように、国中から集まったらしいポーション屋が、ブースでそれぞれの品を披露している。
その中には、色鮮やかなものがあったりして、中々に興味を惹かれる。
会場の入り口から中を見ると、思っていたよりもかっしりとした空間があった。
中は広々としていて、前のほうにはステージらしき迫り上がった場所。
その端には、審査員が着くと思われるテーブルと椅子。
中央には、一番目の発表の人間が使うらしい、魔法陣的な絨毯とか、かまどと大鍋とかがセッティングされていた。
だが、その準備を見ていても仕方はあるまい。
観客はそれよりは、周囲のブースの方に足を向ける。
本格的な開場はまだだろうが、既にかなりの人数が、ここに集まっている様子だ。
「まるでお祭りみたいだな」
「本当。王都でもここまでは見ない」
俺とスイがぼんやりとした感想を漏らす。
緊張感のない発言に、ライとベルガモが苦笑いを浮かべていた。
店ではオヤジさんが一人、留守番をしている。
オヤジさんは『ポーション屋どもの大会なんて頼まれても行くか』と断固として同行を拒否した。
それに付き添ってではないが、ベルガモも残ると言った。だが、オヤジさんに強制されてベルガモも付いてくることになった。
準備の関係で俺とスイが居なくなると、ライは一人になってしまう。そのお守りとして同行させたのだろう。
もし娘に何かあったら殺す、そう俺とベルガモに伝えた時のオヤジさんの目は、冗談を言っているようには見えなかった。
本当はコルシカも誘おうかと考えたのだが、彼女はまだ病み上がりなので、人が多いところに連れてくるのは抵抗があり、結果この四人になったのだ。
「それで、受付はどの辺だろうか」
一度、会場の入り口から外に出た俺たち。
その場でキョロキョロと周りを見回してみる。
別に、この世界の人間がスタッフTシャツを着ていたりするわけはない。
だがこの品評会は一応、領主が運営に携わっている。
となれば、この場を管理しているのは、騎士団の面々ではないだろうか。
そうやって探していると、都合良く見知った顔が近くを通りがかった。
「ヴィオラ!」
声をかけると、ヴィオラはビクリと反応し、その後にゆったりと振り向いた。
そして、声をかけたのが知人だと気付くと、ほっと安堵したような顔を見せた。
「君達か。そうだ、予選は通ったんだったな。おめでとう」
「ありがとう。最近姿を見せないから心配してたよ」
ヴィオラは俺たちに近づきながら、当たり障りのない言葉を述べる。
俺がヴィオラと会うのは、二人で飲んで以来だ。
「すまない。忙しくて時間が取れなかった」
「……ヴィオラの薄情者」
そこにぼそっと、無表情で子供みたいな言葉をスイが投げた。ヴィオラは少し苛立った様子だが、言葉を返しはしなかった。
「聞きたいんだけど、どこで受付してるとか分かるか?」
「受付か。それならば、会場の中に入って左手側にずっと進んでもらえればいい」
「なるほど。ありがとう」
俺は礼を述べる。
その後に、少しだけ気になったことを尋ねてみた。
「ところで、今日は鎧を着てないんだな?」
彼女の姿は、普段見ていた軽鎧姿とは違っていた。
あえて言えば、いつもが男勝りな女騎士。
今日は無理やり女物の服を着せられた、男勝りの令嬢だろうか。
藤色の上着と、スッとしたスカート。
それなりに身分はあると思っていたが、その想像を裏打ちするように質の良い服だ。主張の強い胸に決して負けてはいない。
ふわりと香るスミレの甘さが、絶妙にマッチしている気がした。
「……不本意だが、今日は……セラロイ様の付き人のようなものでな。ご挨拶する方々に威圧を与えないよう、こうなっている」
言いながら、ヴィオラはすっとスカートの裾を少しだけ上げた。
白く滑やかなそこには、ベルトに巻かれたナイフが、三本ほど存在していた。
「不本意って言うけど、いつもとは違う感じで綺麗じゃないか。可愛らしい」
「……ぐ、分かってはいるつもりだが、ストレートな男だな」
素直な賛辞に、ヴィオラは何故か顔を歪めている。
俺の背後から、幾人かのため息が聞こえた気がした。
そのあと、隣のスイがすっと一歩前に出て、ヴィオラに言った。
「……じゃあ、ヴィオラ。またね。きっとお嬢さんを待たせてるんでしょう?」
「……ああ。お使いの途中でな。ではこれで」
スイの言葉に頷いて、ヴィオラはそそくさとその場から去っていった。
だが、その姿はどうにも、いつものきりっとした姿とは重ならない。
周りをキョロキョロと気にしながら進んでいく。
自分が、しっかりと女性の格好をしているのが、恥ずかしいみたいだった。
「『スイのポーション屋』の方々ですね。控え室までご案内致します」
受付のやや歳の若い騎士に声をかけると、彼はにこやかに答えて立ち上がる。
彼の先導に従って、会場の裏手まで回った。
そこは関係者以外立ち入り禁止の空間で、鍵のかかる小部屋がいくつか連なっている様子だった。
「こちらになります」
若い騎士が一つの部屋の鍵を開ける。青年に促されるまま、中に入った。
そこには送ってあった、小型の冷凍冷蔵庫。冷凍庫の蓋を開ければ、キンキンに冷えた『ジン』──『ジーニポーション』と氷の姿。
冷蔵庫にはレモンの果実と、レモンジュースの瓶が入っている。
他には、普段使いのコールドテーブルと高さを合わせてある作業台。
その上にはポーションを作る材料である『ジーニ』の魔石と、水の入った瓶。審査員達への、人数分のグラスなど。
それに加えて、ある意味主役と言っても良い『コアントロー』の瓶があった。
「どうでしょうか? 機材は全てお揃いですか?」
「はい。大丈夫です」
俺はそれらを一つずつ確かめたあとに、にこりと笑みを浮かべて言った。
若い騎士はほっと安堵したあと、手に持っていた鍵を俺へと手渡してくる。
「運営のほうにマスターキーはございますが、失くさないようにお気を付けください」
「分かりました」
「それでは、会場内の見学は自由です。あなた方の前のものが作業している時には、すでにこちらで待機していただくよう、お願い致します」
事務的な連絡を告げ、若い騎士は最後に一礼したあとに部屋を去っていった。
後に残された俺たち四人は、少しだけ落ち着かなく部屋を見回す。
窓のない、閉鎖的な控え室だった。
「それで、ウチの順番っていつなの?」
ライの疑問に、スイが答えた。
「一番最後。特別枠だからか、優遇されているのか、それとも見せしめか」
「ネガティブなこと言うなって」
スイが漏らした言葉に、少しだけツッコミを入れた。
今は昼前の九時二十分ほど。十時に正式な開会の挨拶がある。
品評会の本番は十二時からで、それぞれ持ち時間は三十分。
その間に機材の片付けや、搬入があるので、実質的な時間は二十分というところか。
カクテルを作るにはあまりに長い時間だが、他のポーション屋にとっては短いくらいだろう。きっと。
「それで、ウチの前はどこの店?」
「『アウランティアカ』だ」
俺の答えに、少しだけ空気が張り詰めたのを感じた。
以前、スイが『直接対決』を申し込んだから、というわけではないだろう。
だが、なんの因果か、こうして直接対決は果たされそうだ。
他のポーション屋を下に見るつもりは一切ないが、それでも意識せざるを得ない。
「ま、緊張してても始まらないし、暫くは外のブースを眺めて回ろう。気になるものもたくさんあるしな」
緊張をうまい具合に呑み下しながら、俺は提案した。
その意見に反対する人間は、特にいなかった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
予約投稿、ここまでになります。
明日からは、通常通り投稿する予定です。
※0826 誤字修正しました。




