余計な一言
「ほら! 荷物持ちはキリキリ働く!」
「分かってますよっと」
ライの面白がる言葉にへいこらと頭を下げつつ、俺は彼女に続いた。
今は市場にて、今日の買い出しを済ませているところだ。
イージーズにおいては、基本的に大量に扱う食材は、直接店に届く手筈になっている。
だが急遽足りなくなった食材、ふと思いついた材料、手に入らなかった物など、適宜必要なものはこうやって市場に買いにくることも多い。
それで今日はと言えば、昨日の宴会のツケで、少しだけ食材に不安があるらしい。
「玉ねぎ、にんじん、あと季節のキノコ。こんなもんだっけ?」
手に持った紙袋を覗き込みつつ言うと、ライははしゃぐように返した。
「そうそう。それと、お釣りで好きなもの、少しなら買って良いって!」
俺はそんな彼女の様子に少し和みながら、さっと周りを見る。
「じゃ、ちょっとだけ隠れてくる」
そう言い残し、少しだけ道を外れた。
それからすぐに荷物を弾薬化し、両手で持っていた袋をコンパクトにした。
俺はあまり人前でこの魔法を使わないようにしていた。
スイに言われたことが引っかかっているのだ。この魔法は、世界を変えるかもしれないと。そこまで深く考えなければ大変便利な魔法なのだが。
荷物の弾薬をひとまずポーチへと入れて、道に戻る。
「おまたせ。それで、何か買うのか?」
「うーん。この予算で、お姉ちゃんの機嫌取りまで考えると……難しい」
ライの手の中にある銅貨二枚。
それがこの買い出しで使える財産なのだろう。
「良いよ。スイの分は俺が出すから」
「え? せっかくお駄賃出たのに?」
「むしろ、謝罪の意味なら俺が出した方が良いだろ」
まぁ、スイが機嫌を悪くした理由は良く分かっていないが。
ここは気の利いた土産の一つでも買って、彼女に喜んで貰うことにしよう。
「じゃあ、ここは甘いものにしよっか。あんなお姉ちゃんでも女の子なんだから、甘いものには目がないはず」
「まぁ、何でも美味いって言うタイプだし、甘いものもきっと好きだよな。あんなでも」
「……今は私だけだから良いけど、そういう一言余計だからね」
ライに責められて反省する。
からかうときならまだしも、真面目なときのそういった一言は、相手の神経を逆撫でしてしまうものだ。確かに。
初めに言い出したのはライだが、それを追求しても良い事はないだろう。
俺はもう余計な言葉は言うまい、と粛々と甘味処に向かうライに付いていく。
ライはしばらく経ってから振り返り、言った。
「急に黙らないでよー。なんか私が悪いこと言ったみたいじゃん」
「お、おう」
黙っているとそれはそれでいけない。これがコミュニケーションの難しさだ。
仕方なく、俺はまたぽろっと思いついた言い訳を口にする。
「ついライの綺麗な紅髪に見とれちゃってたんだ」
「っ!?」
言うと、ライはすごい勢いで俺から視線を逸らし、早歩きでスタスタと進んでいく。
あぁ、これも余計な一言だったか。と反省している最中に、ライは前を向いたままぼそりと言った。
「そういう一言は、まぁ良し。ただし相手を選ぶと、更に良し」
良いのか。会話というものはどうにも難しいものだ。
バーテンダーのスイッチを切っているときには、俺は永久にカッコいい会話なんてできない気がした。
「うんうん。お姉ちゃん喜ぶと良いね」
「そうだな」
それから、ライ曰く女子に噂の焼き菓子の店で、クッキーのようなものを買った。
少しだけ奮発して、銅貨四枚──俺換算『二千円』の箱を買ったので、スイもきっと気に入ってくれるだろう。
「さて、早く帰らないと。遅くなってもお姉ちゃんの機嫌が悪くなるしね」
「時間がかかったのはライのせいだろ」
「だって目移りしちゃうじゃん!」
ついでにライは、銅貨二枚とにらめっこしながら、二つの商品で悩んでいた。
ケーキを買うか、シュークリームを買うか。どちらも四個セットで銅貨二枚。
バラで買うよりもお得ということだが、片方を買うともう片方は食べられない。
それを決断しかねて、ライは延々とうなっていた。
あまりにも決まらないので、ライの方にも少し金を出してあげたのだった。
まぁ、居候させてもらっている身なので、本来は払うべき家賃の代わりと思えば安いものだ。
「とにかく急いで帰ろう。俺もずっと重いポーチを下げてるのは嫌だしな」
「了解」
そうして、俺とライはやや急ぎ足でイージーズへと戻る。
だが、店のほど近くまで来たとき、俺とライは揃って足を止めざるを得なかった。
「…………」
一人の男が、物陰に隠れるようにしてイージーズを見張っていた。
俺とライは頷きあい、俺はふぅと息を吐いてから、銃を引き抜く。
ポーチから弾薬を一つ選んで、シリンダーに込め、小声で宣言した。
(基本属性『ジーニ45ml』、付加属性『ライム1/6』、系統『ビルド』、マテリアル『トニックウォーター』アップ)
宣言の後、銃へと穏やかな風の魔力が流れ込む。
その唸りを聞いてから、俺は男に気付かれないように背後から忍び寄る。
そして、その綺麗な金髪の頭に銃を突きつけながら言った。
「こんにちはギヌラさん。今日はいったいどういったご用件ですか?」
ギヌラは俺の言葉にビクリと肩を震わせ、そのままギギギと首を回して俺を見る。
それと同時に、自分に突きつけられているのが『銃』だと気付いて、怯えながら手をあげた。
「ち、違う。僕は入ってないから。だから何も悪いことはしていない」
「これからするつもりなんですか?」
「そ、そうじゃない! ぼ、僕は!」
俺の警戒を知ってか知らずか、ギヌラは必死に目を回しながら言った。
「と、とにかく僕は何もやっていない! か、帰るからな!」
それだけを言うと、彼は俺に背を向けて一目散に走り去っていった。
俺は、少し疑問を巡らせるが、結局彼が何をしにきたのかは分からない。
まさか、ここ二週間ちょっとで人間的に成長して、謝りにきた、なんてことがあるわけはないだろう。
「総!」
俺が考えを振り払っていると、店の入り口からスイが慌てた様子で出てきた。ライが呼びにいったのだ。
「大丈夫? ギヌラは?」
「大丈夫だ。ギヌラは逃げていったよ。目的は分からない」
すでに背中も見えなくなった道を見ながら、呟くように言った。
スイはその返答に、大袈裟な安堵の息を漏らす。
「良かった。店の外で総が襲われてたらどうしようって」
「いや、どちらかというと俺が襲った形になってたけど」
とはいえ手は出してない。だからセーフということにしておきたい。
気持ちが緩むと、俺は「あっ」と一つ思い出して、手に持っていた荷物をスイに渡した。
「……? これは?」
「クッキー。今まで世話してもらって、しっかりお礼してなかったなと」
「……私に?」
「他に誰がいる」
「私だけに?」
スイの念押しの理由がいまいち察せられないが、俺は素直に頷いた。
「そうだよ。そのクッキーはスイの為だけに買ってきたんだ」
「……ふーん。そう」
スイはそれだけの反応をした。だが、見るからに機嫌はなおったように見えた。
良かった。奮発した甲斐があった。
ここで、実はいつもお世話になっているオヤジさんや、せっせと頑張っているベルガモにも土産を買ってある。とは言わない。
多分だけど、それは余計な一言だと思った。
「じゃ、戻ろっか。書類書かなきゃ」
スイの言葉に頷いて、俺たちは店へと戻った。
店の中では『ぶっ殺してやる』と息巻いているオヤジさんと、それをなんとか押しとどめているライ、ベルガモの姿があった。
オヤジさんを落ち着かせるのは、ギヌラを追い払うよりも大変だった。
※0826 表記を少し変更しました。




