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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第二章

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余計な一言

「ほら! 荷物持ちはキリキリ働く!」

「分かってますよっと」


 ライの面白がる言葉にへいこらと頭を下げつつ、俺は彼女に続いた。

 今は市場にて、今日の買い出しを済ませているところだ。


 イージーズにおいては、基本的に大量に扱う食材は、直接店に届く手筈になっている。

 だが急遽足りなくなった食材、ふと思いついた材料、手に入らなかった物など、適宜必要なものはこうやって市場に買いにくることも多い。

 それで今日はと言えば、昨日の宴会のツケで、少しだけ食材に不安があるらしい。


「玉ねぎ、にんじん、あと季節のキノコ。こんなもんだっけ?」


 手に持った紙袋を覗き込みつつ言うと、ライははしゃぐように返した。


「そうそう。それと、お釣りで好きなもの、少しなら買って良いって!」


 俺はそんな彼女の様子に少し和みながら、さっと周りを見る。


「じゃ、ちょっとだけ隠れてくる」


 そう言い残し、少しだけ道を外れた。

 それからすぐに荷物を弾薬化し、両手で持っていた袋をコンパクトにした。


 俺はあまり人前でこの魔法を使わないようにしていた。

 スイに言われたことが引っかかっているのだ。この魔法は、世界を変えるかもしれないと。そこまで深く考えなければ大変便利な魔法なのだが。

 荷物の弾薬をひとまずポーチへと入れて、道に戻る。


「おまたせ。それで、何か買うのか?」

「うーん。この予算で、お姉ちゃんの機嫌取りまで考えると……難しい」


 ライの手の中にある銅貨二枚。

 それがこの買い出しで使える財産なのだろう。


「良いよ。スイの分は俺が出すから」

「え? せっかくお駄賃出たのに?」

「むしろ、謝罪の意味なら俺が出した方が良いだろ」


 まぁ、スイが機嫌を悪くした理由は良く分かっていないが。

 ここは気の利いた土産の一つでも買って、彼女に喜んで貰うことにしよう。


「じゃあ、ここは甘いものにしよっか。あんなお姉ちゃんでも女の子なんだから、甘いものには目がないはず」

「まぁ、何でも美味いって言うタイプだし、甘いものもきっと好きだよな。あんなでも」

「……今は私だけだから良いけど、そういう一言余計だからね」


 ライに責められて反省する。

 からかうときならまだしも、真面目なときのそういった一言は、相手の神経を逆撫でしてしまうものだ。確かに。

 初めに言い出したのはライだが、それを追求しても良い事はないだろう。

 俺はもう余計な言葉は言うまい、と粛々と甘味処に向かうライに付いていく。


 ライはしばらく経ってから振り返り、言った。


「急に黙らないでよー。なんか私が悪いこと言ったみたいじゃん」

「お、おう」


 黙っているとそれはそれでいけない。これがコミュニケーションの難しさだ。

 仕方なく、俺はまたぽろっと思いついた言い訳を口にする。


「ついライの綺麗な紅髪に見とれちゃってたんだ」

「っ!?」


 言うと、ライはすごい勢いで俺から視線を逸らし、早歩きでスタスタと進んでいく。

 あぁ、これも余計な一言だったか。と反省している最中に、ライは前を向いたままぼそりと言った。


「そういう一言は、まぁ良し。ただし相手を選ぶと、更に良し」


 良いのか。会話というものはどうにも難しいものだ。

 バーテンダーのスイッチを切っているときには、俺は永久にカッコいい会話なんてできない気がした。




「うんうん。お姉ちゃん喜ぶと良いね」

「そうだな」


 それから、ライ曰く女子に噂の焼き菓子の店で、クッキーのようなものを買った。

 少しだけ奮発して、銅貨四枚──俺換算『二千円』の箱を買ったので、スイもきっと気に入ってくれるだろう。


「さて、早く帰らないと。遅くなってもお姉ちゃんの機嫌が悪くなるしね」

「時間がかかったのはライのせいだろ」

「だって目移りしちゃうじゃん!」


 ついでにライは、銅貨二枚とにらめっこしながら、二つの商品で悩んでいた。

 ケーキを買うか、シュークリームを買うか。どちらも四個セットで銅貨二枚。

 バラで買うよりもお得ということだが、片方を買うともう片方は食べられない。

 それを決断しかねて、ライは延々とうなっていた。


 あまりにも決まらないので、ライの方にも少し金を出してあげたのだった。

 まぁ、居候させてもらっている身なので、本来は払うべき家賃の代わりと思えば安いものだ。


「とにかく急いで帰ろう。俺もずっと重いポーチを下げてるのは嫌だしな」

「了解」



 そうして、俺とライはやや急ぎ足でイージーズへと戻る。

 だが、店のほど近くまで来たとき、俺とライは揃って足を止めざるを得なかった。


「…………」


 一人の男が、物陰に隠れるようにしてイージーズを見張っていた。

 俺とライは頷きあい、俺はふぅと息を吐いてから、銃を引き抜く。


 ポーチから弾薬を一つ選んで、シリンダーに込め、小声で宣言した。


基本属性ベース『ジーニ45ml』、付加属性エンチャント『ライム1/6』、系統パターン『ビルド』、マテリアル『トニックウォーター』アップ)


 宣言の後、銃へと穏やかな風の魔力が流れ込む。

 その唸りを聞いてから、俺は男に気付かれないように背後から忍び寄る。


 そして、その綺麗な金髪の頭に銃を突きつけながら言った。


「こんにちはギヌラさん。今日はいったいどういったご用件ですか?」


 ギヌラは俺の言葉にビクリと肩を震わせ、そのままギギギと首を回して俺を見る。

 それと同時に、自分に突きつけられているのが『銃』だと気付いて、怯えながら手をあげた。


「ち、違う。僕は入ってないから。だから何も悪いことはしていない」

「これからするつもりなんですか?」

「そ、そうじゃない! ぼ、僕は!」


 俺の警戒を知ってか知らずか、ギヌラは必死に目を回しながら言った。


「と、とにかく僕は何もやっていない! か、帰るからな!」


 それだけを言うと、彼は俺に背を向けて一目散に走り去っていった。

 俺は、少し疑問を巡らせるが、結局彼が何をしにきたのかは分からない。


 まさか、ここ二週間ちょっとで人間的に成長して、謝りにきた、なんてことがあるわけはないだろう。


「総!」


 俺が考えを振り払っていると、店の入り口からスイが慌てた様子で出てきた。ライが呼びにいったのだ。


「大丈夫? ギヌラは?」

「大丈夫だ。ギヌラは逃げていったよ。目的は分からない」


 すでに背中も見えなくなった道を見ながら、呟くように言った。

 スイはその返答に、大袈裟な安堵の息を漏らす。


「良かった。店の外で総が襲われてたらどうしようって」

「いや、どちらかというと俺が襲った形になってたけど」


 とはいえ手は出してない。だからセーフということにしておきたい。

 気持ちが緩むと、俺は「あっ」と一つ思い出して、手に持っていた荷物をスイに渡した。


「……? これは?」

「クッキー。今まで世話してもらって、しっかりお礼してなかったなと」

「……私に?」

「他に誰がいる」

「私だけに?」


 スイの念押しの理由がいまいち察せられないが、俺は素直に頷いた。


「そうだよ。そのクッキーはスイの為だけに買ってきたんだ」

「……ふーん。そう」


 スイはそれだけの反応をした。だが、見るからに機嫌はなおったように見えた。

 良かった。奮発した甲斐があった。


 ここで、実はいつもお世話になっているオヤジさんや、せっせと頑張っているベルガモにも土産を買ってある。とは言わない。

 多分だけど、それは余計な一言だと思った。


「じゃ、戻ろっか。書類書かなきゃ」


 スイの言葉に頷いて、俺たちは店へと戻った。



 店の中では『ぶっ殺してやる』と息巻いているオヤジさんと、それをなんとか押しとどめているライ、ベルガモの姿があった。


 オヤジさんを落ち着かせるのは、ギヌラを追い払うよりも大変だった。


※0826 表記を少し変更しました。

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