図書館でからかう
「っと、もうこんな時間か」
俺はメモをする手を止め、時計に目を合わせて一人ごちた。
この世界でも都合良く一日は二十四時間なようで、持ち込んでしまった腕時計は役に立っている。
そして、時計はこの図書館に入ってから、およそ三時間を指していた。
この三時間で色々な『魔草』の──言い換えれば『リキュール』の情報を得た。
『魔草』として存在しているのは、主に『薬草系』と言われる、香り豊かなリキュールがほとんどであった。
その分布や時期、流通の状況など、この本が正しければかなりの収穫だ。
まぁ、それと同時に、ほとんど全て、簡単に手に入るわけではなさそうだということも分かったが。
それぞれ、花や実や根っこなど、使われる部位はバラバラである。
また、地方も様々に分布していて、一様にどこかで栽培されているわけではない。
さらに難しいことに、それらは一般の流通網には乗っておらず、魔草を専門で扱うような店が、独自のルートを作って仕入れているようなのだ。
その専門店には、当然ポーション屋なども含まれる。
どうにかしてパイプを作らないことには、リキュールを使った様々なカクテルを店に並べるのは難しそうだ。
いや、ウチは一応ポーション屋でもあるのだから、難しそうとか言うのもアレなのだが。
「と、早く行かないと」
考え事を途中で放棄して、俺は時間に遅れないように待ち合わせ場所に向かう。
この本は貸し出し可能か気になったので、持っていくことにした。
「総、遅い」
「ごめん、ちょっと調べものが捗って」
俺が指定した待ち合わせ場所に向かうと、そこにはスイの姿だけがあった。
「あれ、ライは?」
「まだ来てない」
「……なんで俺、文句言われたんだ?」
「遅いのは違いない」
まぁ、遅れたのは確かに俺の責任なので言い逃れはできない。
スイは俺に言いたいことを言って少し溜飲を下げたあと、キョロキョロと周りを見た。
「でも、本当に遅いね。ライ」
「ああ。ちょっと見に行ってみるか?」
「うん」
少し待っても現れないライを探しに、俺とスイは小説のコーナーに様子を見に行くことにした。
「……………………」
果たしてそこには、真剣な表情で──いや、少しだけニヤけた表情で本に没頭しているライが居た。
何かあったのではと少し心配していた俺とスイは、ほっと胸をなで下ろす。
まぁ、そうなると、次には少しだけ苛立ちが募るわけだ。
「スイ」
「了解」
俺とスイは、目と目で通じ合って、作戦を練った。
そして、静かに赤毛の少女の後ろに回り込む。
そこから綺麗にライの左右に分かれたあと、合図を取って、ライに声をかけた。
「「わっ」」
「わっ!?」
ライは、声をかけた俺たちが思わずビックリするほどに、盛大に驚いた。
突然の大声に、ライだけでなく、じろりと周囲の視線が向く。
「あっ、すみませんっ」
周りの視線が自分に集中したので、慌てて謝るライ。
そして、左右を見渡して俺とスイの顔を見て、苦い表情になった。
「……時間に気付かなくてごめん。だけどさぁ……二人とも子供?」
「すまん。一度やってみたくて」
「楽しかった」
「……あっそう」
遅れた張本人ではあるが、露骨に機嫌を崩したライ。
俺はほんの少しだけ悪いと思いつつ、気になったことを聞いてみた。
「それで、ライはどんな本を読んでたんだ?」
「……教えない」
ライは自分の体に本を押し付けるようにして隠してしまう。
少しだけ恥ずかしそうにしているのが、尚更興味をそそった。
「教えてくれても良いだろ」
「やだ。恥ずかしい」
ライはむっとしたまま、俺のほうを睨む。
だが、そうすると反対側にいるスイへの意識が甘くなるわけだ。
「隙あり」
「あっ」
後ろから本の奪取に成功したスイが、ライから伸びる手を避けてそのタイトルを読み上げた。
「えっと『囚われの姫と勇敢な魔法使い』……第四巻」
ほう。
続き物な上に、こってこてのファンタジー系ラブストーリーだったか。
いや、この世界そのものがファンタジーなのだから、単純なラブストーリーなのか?
「お姉ちゃんっ」
ライは慌てて、スイから本を奪い返す。
だが、スイは悔しそうな表情一つ見せず、慈愛の表情を浮かべた。
「はいはい。ごめんね姫」
「違うから」
スイに少しからかわれて、ライは真っ赤になった。
そしてその勢いで、スイではなく、何故か俺を睨む。
「言っておくけど、これ普通に面白いんだから。囚われただけで終わらない姫の活躍と、恐怖に立ち向かう魔法使いのかっこよさが、最高なんだから」
「分かってますよ姫」
「分かってない!」
ライの大きな声に、またしても周囲の視線が集まった。
小さく俯きながらライは「すみません」と謝る。俺たちも流石に居心地が悪い。
「とりあえず、受付で聞いてみたいことがあるから、向かおう」
提案してみると、スイとライはこくりと頷く。
俺たちはそそくさとその場から離れた。
視線はやっぱり、少しだけ痛かった。
「すみません。こちらは、貸し出しはできません」
「そうですか。わかりました」
結論としては『ポーションと魔草の関係』は貸し出しできない本だった。
すまなそうな表情で、受付のお兄さんは少しだけ説明してくれる。
「こちら、さる方から寄贈された本でして、ウチの中でもかなり高価な部類なんですよ。申し訳ありません」
「いえ、大丈夫です。見る分にはタダですよね?」
「それはもちろんです。魔法を使わなければメモを取ってもかまいませんから」
俺はペコリと頭を下げてから、受付を離れ、少しだけため息をつく。
「だめだった。もう少し残ってもいいか?」
様子を窺っていた少女二人に問いかけた。
一応先程の時間にメモは取ったが、いかんせん、まだ調べたいことは山ほどあるのだ。
「良いけれど。あとどれくらいかかりそう?」
「そうだな」
スイに問われる。
俺は言いながら、さっきまで取っていたメモを見せた。
「今でやっと概要くらいだから……あと三時間くらいは」
「えー。もう図書館は良いよぉ」
スイは表情を動かさないが、ライは露骨に顔をしかめる。
俺のメモを詰まらなそうに見たあと、少し責めるような目で言った。
「そんな文字で書かれても分からないし。総もいい加減、こっちの文字を覚えたら?」
ライに言われて、俺は少しだけ反省する。
この世界に来てから、自動的にかかっている翻訳機能のお陰で、会話に不自由はしていない。
しかし、自分の思ったことを口頭以外で伝えられないのは、少し不便だ。
今までだって、メニューなどは口頭でスイに名前を教えてから、それを書き直すという手順を取ったりしていた。
「それじゃ、機会があったらその辺りを教えてくれないか?」
「了解」
「私も教えるよー。文字くらい私も書けるし」
俺が尋ねると、二人は気軽に答えてくれた。
その後に、ここで問答を続けるのが嫌になったらしいライが言う。
「それじゃ、一旦お昼食べに出ようよ。それで、その後は自由ってことで」
ライの提案を聞いて、俺は素直に頷いた。
この二人の休日を、俺の都合で図書館に縛り付けるのは忍びない。
特にライは、もうこの図書館に用は無いとでも言いたげだ。
なお、先程の本をライがしっかり借りているのだけは、目に入った。
外で手軽な食事(サンドウィッチのような軽食)を取ったあと、俺たちは別行動を取ることになった。
手を振りながら街に消えていく二人と、一人図書館へと戻る俺。
ますます、美人姉妹を侍らせるには遠いな、と少しだけ思った。




