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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第二章

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図書館で調べ物


『イージーズ』は、週六日開いていて、一日だけ定休日を取っている。

 今まで働いていたバーは基本的に年中無休だったので、俺には少し違和感がある。

 だが、料理を作るオヤジさんは一人しか居ないので、定休日が無かったら休み無しになってしまう。当たり前と言えば、当たり前だ。


 そして今日は、その定休日に当たる。


 とは言っても、今日はオヤジさんも休んでいるというわけではない。

 ベルガモに尽きっきりで一から料理の修行をさせている。

 オヤジさんがベルガモの監視役である、というのも理由の一つではあるだろうが、

 オヤジさんはこの一ヶ月の間で、ベルガモを最低限使える所まで持っていくという目標を掲げていた。


 まるで、一ヶ月経ったら客がどんと増える、というイメージを描いているように。



「ねえねえ! 早く早く!」


 考え事に耽っていた俺を、ライが呼んだ。

 俺は慌てて早歩きをして、彼女に追いついた。


「悪い、考え事をしてた」

「女の子と居る時に上の空とか有り得ないから。お姉ちゃんくらいだよ、気にしないの」

「……私も、普通に気にするから」


 ライはふん、と鼻息を荒くし、スイは少しだけ拗ねたように言った。

 今日は、この姉妹と外出をしているのだった。


 それまでの休日は、基本的にイベリスのところで色々な実験をしていた。

 だが、今日に限っては別の目的が出来てしまったので、そちらを優先している。


「こんな美人姉妹を侍らせて図書館なんて、変わってるよね総は」

「そんな変人に付き合ってくれる、心の広い美人で助かるよ」

「それほどでもー」


 俺の返答にへへと笑いながら、美人姉妹の妹のほうが機嫌を良くしていた。

 一方の姉の方は、前を見ていて、何を考えているのかいまいち分からない。

 ただ、ほんの少しだけ、早足になった気がした。



 俺と姉妹は、休日にこの街の図書館へと向かっていた。

 そう、この世界にも本はあるのだ。

 この世界の印刷技術などは詳しくは知らないが、機械というよりは魔法でどうにかしている様子だ。複写に特化した魔法などがあるのだろう。


 それで、俺がなぜ図書館に向かっているのか。

 答えは『魔草』を調べるため。


 今回の『コアントロー草』の件の後、俺はスイにいくつか尋ねた。

 俺が知っている『リキュール』の名前に心当たりはあるのかと。

 その結果──出るわ出るわ。知っているとか、聞いた覚えはあるとか、色々な名前がスイの記憶にヒットした。


 何より驚いたことと言えば『シャルトリューズ』であろうか。

 シャルトリューズは、リキュールの女王とも呼ばれる、香り高く、甘くてスパイシーな風味が持ち味の薬草系リキュールだ。

 緑色の『ヴェール』と、黄色の『ジョーヌ』という二種類が主に流通している。

 しかし、その薬酒をどうやって作るのかは『シャルトリューズ修道院』の、三人の修道士のみが知っている。


 というのが、地球における俺の知識。


 それの何が驚いたかと言えば、その魔草である『シャルトリューズ草』である。

 これは『シャルト魔道院』という施設で作られていて、最高魔導士だけが果汁を絞れる『実』の育て方を知っているとか。

 そしてその『シャルト魔道院』とは、スイが数年間通っていた『魔道院』であった。

 こんな近くにヒントがあったのに、今まで見逃していたのだ。


 そんな慢心を排する為にも、一度じっくり調べる必要があると考えた。

 この世界に、果たしてどれだけ、俺が求める『リキュール』が存在するのか。

 あわよくば、どうやってそれが手に入るのかを。



「それでは、貴重本の持ち出しは禁止ですので、何かありましたらメモを取ってくださいね」


 入り口にて、司書のお兄さんに注意を受けてから、俺たちは図書館に入った。

 異世界の図書館、にしては、本棚があって机があってとあまり日本と違いはない。

 イメージとしては、日本の平均的なソレよりも、窓が少ないという感じだ。

 この世界の光の事情は知らないが、壁や天井が正体不明の動力でもって光っている。

 本の保存を考えれば正解なのかもしれないが、少し閉鎖的な気がした。


 閉鎖的と言えば、受付でも一悶着あった。

 俺、この世界の身分証とか、そういえば持ってなかった。

 いつか登録に行こうと言っていたのだが、忙しさにかまけて忘れていたのだ。


 受付で提示を求められて俺は大層困ったのだが、それをなんとかしたのがスイだった。

 スイは、自身の身分証を見せてから言い切った。


『この人は、私が召喚しました。私は魔導士ですので』と。


 訝しげな目をした受付のお兄さんだが、スイが『シャルト魔道院』を主席で出ていることが分かって納得してくれたのだ。

 俺も証拠として、この世界には無い『日本語』の文章を書いてみせる羽目になったが。



「それじゃ、どうする?」


 入って早々に、ライが尋ねてきた。


「俺は、すぐに魔草を調べるつもりだけど」

「私は……少し、最近の魔法研究を見てみたい」


 俺とスイは、方々に自身のやりたいことを簡潔に述べた。

 ライはその答えに少しだけ呆れていた。


「二人とも固いなぁ……私は、ちょっと小説でも探してくるか」


 この世界にも小説なんてあるのか。

 いや、字があって、本があるならそれは当たり前か。

 ふと脳裏に、俺の世界のベストセラーなんかを、そのまま書き写せたらという野望が浮かんだが、止めておいた。

 そもそも、世界の背景がまるで違う上に、俺にそんな記憶力はない。字も書けないし。


「それじゃ、お昼……三時間後くらいに一旦この入り口あたりで集合しよう」


 俺が提案すると、二人の美人も頷いた。

 そして、図書館の案内にしたがって俺たちはそれぞれ別れた。


 別れてから、これ全然美人侍らせてないな、と気付いた。




「……『魔草入門』……『魔草大辞典』……『身近な魔草』……『魔草のひみつ』……」


 それから、植物などがあるコーナーにて、片っ端から関連のありそうな本を引き抜いて調べた。

 見るからに幼児向けの図鑑から、古臭い手記まで、パラパラと目を通す。

 自動で翻訳された字の情報は、それなりに頭に負荷をかけるようだ。

 一時間半もすれば、少し疲れてしまっていた。


「……しかし。思ったよりもヒットしないな」


 それが感想だった。

 頭の中にある『リキュール』と照らし合わせても、重ならない植物の表記が圧倒的に多い。というかほとんどだ。

『シャルトリューズ』や『ベネディクティン』といった名前はたまに見かけるが、ふんわりとした記述しかないのだ。秘密に包まれている、とか。


 思えば『コアントロー草』が特効薬として注目されたのも、そう昔ではないようだ。

 もっと、先鋭的な本を……それこそスイが調べにいったような本を探すべきなのか。


「いや……まだ、音を上げるには早すぎるな」


 俺は頭を振って、積み上げた本を再び崩しに掛かろうと考えた。

 その時だった。



「お兄さん。魔草を調べてるの?」



 子供の声がした。

 そちらに目を向ける。

 俺は、その子に、なんと声をかけて良いのか迷った。


「えっと、そうだけど」

「ふーん。でも、ずいぶんと子供向けの本を読んでるね」

「……そうなのか。やっぱり」


 歳の頃は、十歳を過ぎたくらいだろう。

 少年だろうか。

 それとも少女だろうか。


 どちらとも付かない、中性的な美しい子供だ。

 色素を感じさせない真っ白い髪の毛に、その髪に負けず劣らずの白い肌。赤い目。

 身を包む服だけが黒くて、より子供の美しさを強調している気がした。


「お兄さん。名前は?」

「え?」


 急に尋ねられて思わず戸惑う。


「だから名前」

「あ、ああ。夕霧総だ」

「……夕霧総ね」


 その子は、一字一句を噛み締めるように復唱した後、にかりと笑って返した。


「僕はエルム・トネリコ。エルって呼んでよ、お兄さん」

「……えっと、エル……で良いのか?」

「そうそう」


 エルは嬉しそうに笑みを浮かべ、ついと俺を誘う。


「ここより、もっと良い場所があるよ」


 言いながらもう一度、誘うようにエルは俺を手招きする。

 はて、エルはいったい俺をどこに連れて行きたいのだろうか。

 俺は半信半疑になりながら、出した本を一度片付けて、その子供の後に付いた。


 階段をいくつか降りて、地下(とはいえ明るいが)の書庫のようなところに辿り着く。

 本棚は、大きくて頑丈そうだ。

 どうやら、上の部屋よりも、古くて重い本が揃っているように見えた。


「ここに、大人向けの本が?」

「うん」


 エルは頷いたあと、本棚に近づいて一つの本を指差した。


「あれとか、良いと思うよ。魔草について調べるんだったら」

「……これか?」


 俺はエルに示された本を手に取り、その題名を見た。


『ポーションと魔草の関係』


 おっと思い、パラパラと内容を見た。

 ビンゴだ。


 その本は、魔草の中でもとりわけ『ポーション』に使われるような『効果の高い』ものが集められていた。

 見出しを少し見ただけで『ガリアーノ』『カンパリ』『スーズ』といった、見覚えのある名前がずらりと並んでいる。


 それ単体で扱っても『ポーション』として一定の役割を持つ魔草。

 それからどのように成分を抽出し、いかにして『反発』を起こさずに合成させるか。

 そういった実践的な研究をしている本のようだった。


「ありがとうエル。これなら…………エル?」


 俺はエルに礼を言おうと、本から視線を上げた。

 しかしその言葉は途中で止まる。

 中性的な子供の姿が、いつの間にか消えていた。


「まさか、座敷童か何かか? 図書館の妖精さんとか? ファンタジー世界だし、居てもおかしくないよな……」



 疑問は大いに浮かんだが、知る術がない。

 俺は、一旦その疑念を振り払って、調べ物に没頭することにした。



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