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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第二章

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【バラライカ】

「ヴィオラ! 任せる! 俺は少しでも壁を張る!」

「了解!」


 相手のテリトリーに踏み込んだ瞬間、龍草からは先程と同じように、強烈なツルが伸びる。

 空気を切り裂くようなスピードで、真っ直ぐに、俺やスイ──後衛に向かってきた。

 それを前線に出たヴィオラが弾き、切り裂き、そしていなす。

 だが、それにも限界は来るだろう。俺は準備しておいた銃を構える。


「基本属性『サラム45ml』、付加属性『ライム1/6』、系統『ビルド』、マテリアル『コーラ』アップ」


 彼女を援護するように、俺は即座に宣言した。

 土地的に不利な状態であっても、手の中の銃はそれに負けじと、強く唸る。


「【キューバ・リブレ】!」


 再び俺たちの前に炎の壁が広がる。一人で撃ったものだから、先程の壁に比べれば、貧弱である。

 しかしそれでも、強い魔法耐性を持つという龍草のツルを、わずかにひるませる程度の効果はある。

 ヴィオラの負担が目に見えて減った。


「スイ!」


 俺は、スイに声をかける。

 彼女は射程に入ってから、精神を統一するように目を閉じていた。

 しっとりと地面に足をつけ、この世界と同化してしまいそうだ。

 そんな感想が、俺の頭をよぎったとき。


 彼女はカッと目を見開く。


 真っ直ぐに敵を見据えつつ、その詠唱を始めた。


《風の魔素よ。変化を司る精霊よ》


 風が起こった。

 彼女の中で、増強され、増幅された力。

 元々の素質に加えて、三重のポーションで強化された、強大な『風の魔力』が、

 体の中だけに留まらず、その周囲にまで、影響を与えているのだ。


《蒼穹の担い手、虚空来たりて。其を穿て、烈塵の嵐、覇道を裂きし翼》


 これまでに比べて、長い詠唱だ。

 嵐のように巻き起こる風が、その威力の高さを物語る。

 その風に煽られるように、俺が張った【キューバ・リブレ】も威力を増し、前方で戦っているヴィオラに迫るツルも、その勢いを減じている。

 それくらい、秘められた魔力が、強大だ。


 詠唱は最後の小節に入った。


《祝福は音に響き、目覚めるは空の夢、かの者全てを貫く烈風の刃たれ》


 その言葉を詠じ切ったとき、空気は途端に暴れるのを止めた。

 それまで荒れ狂っていた魔力が、一点に集中した。

 猛威を振るう台風の中、ぽっと目に入ったかのような静けさ。

 それだけで、今まで起こっていた現象が夢幻のように感じる。


「走れ!」


 そうやって惚けていた俺を、ヴィオラの言葉が貫いた。

 ぼけていた頭に、ようやく次の行動が浮かび上がる。

 俺は弾かれるように、龍草に向かって全力で走った。


『ギィィイシアアア!』


 無防備に向かってくる俺に腹を立てたのか。

 龍草は狙いをスイから俺に変え、そのツルを伸ばす。

 俺は、避けない。


 このまま進んでいけば、

 ほんの一秒にも満たない時間で、俺はツルに刺し貫かれるだろう。


 だが、そんな恐怖を、意志の力でねじ伏せる。

 背後から来る、スイの言葉を、信じた。


「《ストームヘンジ・ボルト》!」


 俺の目の前まで来ていたツルが、風の矢に撃ち落とされた。

 その風は、ツルを地面に縫い付け、動きを封じる。


 俺は更に進む。沈み込む足を、もどかしく前に出す。

 自分に向かってくるツルが、一本増え、二本増え、数え切れないほどに増加して行く。

 それぞれが意志を持っているように、攻撃、妨害、捕縛と様々なアクションを起こす。

 そのことごとくを、空から舞い降りる風の矢が、撃ち落とす。


 敵の攻撃は、決して俺に届かない。


 一歩進むたびに、暴風のような攻撃と、それを穿つ守りの矢。

 これほど、心臓がバクバクと言っているのに、頭が狂いそうなほど怖いのに。

 それでも、安心して進むことができるのが、不思議で仕方がない。


(届いた!)


 ここに辿り着くのに、果たして何秒経った?

 俺はついに、魔物の目の前、

『コアントロー』に手が届くところまで走り切って、足を止めた。


 メジャーカップを用意している暇はないだろう。

 ポーチから、四発の弾丸を取り出して唱えた。


《生命の波、古の意図、我定めるは現世うつしよの姿なり》


 俺の手の中で、それらは広がる。

 一つはシェイカーに、

 一つは氷に、

 一つは15mlのレモン果汁に、

 そして一つは30mlの『ウォッカ』に。


 既に計っておいた材料が、舞うようにシェイカーに吸い込まれる。

 だが、これでは足りない。


 目の前の実を一つ、もぎ取る。

 トマトのように、手で潰せそうな程度には柔らかい。

 聞いていた通りだ。


 俺はそれを握りつぶし、目と感覚だけを頼りに、果汁を注いだ。

 とろりと粘性を感じさせる果汁が、手の隙間から零れ落ちる。

 開いた香りが、鼻まで届いた。

 その、甘ったるく、そして爽やかな柑橘の香り、


『コアントロー』もまた、15mlだ。


 周りには、相変わらず、暴風と烈風がせめぎあっている。

 だが、それらはすでに意識の外に。


 自分は一人、地面に立って、シェイカーを握る。

 いつも打ちつけるまな板の代わりに、膝を使って蓋を締める。

 全てを指先のシェイカーに集中して、振った。


 シェイカーが心地よい音を奏でる。

 風と、氷と、そして液体が、それらを音楽のように仕立て上げる。

 指先からは、チリチリと冷えるような温度の変化が如実に伝わる。

 完成はまだかと、早く飛び出したいと、中の『音楽』が告げているようだ。


 やがて、俺はゆっくりとシェイカーを止めた。

 中身を注いでやれないのが、完成を誰にも見せてやれないのが、悔しい。

 俺はその中身を、液体だけ弾薬化する。


《生命の波、古の意図、我求めるは魂の姿なり》


 シェイカーを開け、中から飛び出してくる氷に構わず、一発の銃弾を手に取った。

 その青白い弾丸が、微かな冷気を帯びて俺の手に収まる。

 躊躇わず、腰から引き抜いた銃にその弾丸を込めた。


「基本属性『ウォッタ30ml』、付加属性『ホワイト・キュラソー15ml』、『レモン15ml』、系統『シェイク』」


『ホワイト・キュラソー』とは『コアントロー』の酒類のことだ。

 材料に『コアントロー』を指定していないのなら、材料の表記は『ホワイト・キュラソー』としておくのが望ましい。


 そのカクテルは、純白だ。

 柑橘の酸味と、甘み。それらを包み込むように穏やかに存在する『ウォッカ』。

 度数を感じさせない緩やかな飲み口、宵の口に聴く音楽のような甘い心地よさ。

 それでいて、キレのある酸味が、その表情を決して優しいままにはしない。


 例えるなら『氷雪』に閉ざされた街の、穏やかな夜の訪れ。


 酸味、甘み、度数という、カクテルの三要素。

 一つの完成といってもいい、黄金比。

『ウォッカ』をベースにすることで現れる、そのカクテルの名は──


「総! もう時間がない!」


 スイの声が聞こえた。

 何秒の約束だっただろうか。

 もう覚えていない。考えられない。

 俺はただ、命令を忠実にこなす人形のように、前方に佇む巨大な『お客様』を見た。

 向かうべき相手を見つけた歓喜に、手の中の銃が打ち震えた。


 これが、この方に供する、最初で最後のカクテルだ。



「【バラライカ】」



 銃口から放たれるのは、青白い光弾。

 それは、俺に狙いを定めて猛攻を繰り返していた龍草の、中心へと突き刺さった。


『……シィイギィイ?』


 龍草は、最初、自分に放たれたそれが何なのか、理解していない様子だった。

 少しの戸惑いのあと、龍草は問題ないと判断したのか、俺に向かってツルを伸ばそうとする。

 だが、龍草のツルは錆び付いた機械のように鈍く動き、やがて止まった。


 直後、見える形で【バラライカ】の効果は現れる。

 周囲の空気、沼地特有の湿気が、急速に固まり、冷える。



 りんと鳴るように、突き刺さった『ウォッタ』の魔力が、周りを巻き込んで瞬時に氷結を始めた。



 植物を相手にするのに、定石は『炎』だろう。

 だが、この沼地では炎の効果は減じてしまうという。

 では他に何が有効か。


 炎じゃなきゃ、氷と相場が決まっている。


 空気中に集まった『ウォッタ』の魔力が、氷柱となって、現出する。

 それらは、タイミングを待つ事なく、龍草へ向かって放たれた。

 強大な魔法耐性を貫通して、それらは次々に龍草へと突き刺さる。


 身体へ食い込んだ氷柱は、その身を中心とした周囲の空間を氷へと閉じ込める。

 その変化一つ一つは決して、龍草を呑み込むほどではない。

 されど、次々と生み出されては増殖して行く氷の檻が少しずつ少しずつ、巨体を呑み込んで行く。

 その身を沈める湖までも、氷の魔の手からは逃れられず。

 そしてそれは、龍草を全て包み込むまで続いたのだった。


「おそまつさまでした」


 その一言のあとに、その場に返事をする相手は残っていなかった。



 そこにあるのは、氷に包まれ、生命活動を終えた一つの彫刻だけだった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


これにて、戦闘パートは終了です。

ここからしばらくは、また日常に戻ります。

この先は大会に向かって一直線? ということになるので、

どんな展開になるのか、期待しないで待って頂けると幸いです。


※0810 誤字修正しました。

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