陣形の打ち合わせ
《生命の波、古の意図、我求めるは魂の姿なり》
言ってヴィオラは、その手にもった『水』の入った瓶に注目した。
直後、瓶の中の水は光り輝き、収束する。
カランという小気味の良い音を立てて、中には一つの弾薬が生まれていた。
「お、おお! 出来たぞ! 凄いなこれは! 遠出のときに水の心配が要らなくなるぞ!」
ヴィオラはまるで子供のように、無邪気に喜びを表していた。
自身の手で『弾薬化』の魔法を成功させたことに。
今の地点は、目的地まで半分を少し過ぎたあたり。時間にして二時間もたたずに、ヴィオラは『弾薬化』の魔法を会得することに成功していた。
そう。
やはりと言ってはなんだが『弾薬化』の魔法は、相当簡易な魔法であるのだ。
それこそ、馬車に乗っている時間だけで、全体的には魔法を得意としないヴィオラにすら、使えるようになるのだから。
「だけど、問題はその先」
喜んでいるヴィオラに水を差すように、スイが無表情に言った。
「ん? どういう意味だ?」
「じゃあ『弾薬解除』……やってみて」
スイは瓶の中の弾を指して、こともなげに言ってみせた。
「む? それは『弾薬化』とセットになっている魔法か?」
「そう。詠唱は《生命の波、古の意図、我定めるは現世の姿なり》で」
説明されつつ、ヴィオラは得意気だった。
「良いぞ。この魔法が出来たということはそちらもすぐだろう。待っていろ」
そして、スイから簡単なアドバイスを受け取ったあとに、ヴィオラはもう一つの魔法に取りかかったのだった。
「な、なぜ戻らない?」
ヴィオラは瓶の中の弾薬とにらめっこを続けていた。だが、弾薬はそのままだ。
何度かスイがお手本として『弾薬解除』を使って見せたが、それでもヴィオラには上手く行かないようだった。
「やっぱり」
一人納得したように、スイが頷く。
「何がやっぱりなんだ?」
「『弾薬化』に比べて『弾薬解除』は会得の難度が段違いに高いってこと」
スイの言っていることもまた、『弾薬化』の難しいところなのだ。
まず『弾薬化』は誰にでも会得できる。
身内で試した結果、ライやイベリス、オヤジさんでも会得ができた。
しかし『弾薬解除』はそうはいかない。そのうちの誰も会得できなかった。
スイはどちらも容易く使ってしまったので意識していなかったが、どうにも解除するには相当な魔法の才能を必要とするようだった。
「そ、それでは、水や食料の持ち運びには?」
ヴィオラが少しだけ引き攣った、暗い表情で尋ねる。
スイは首を振り、静かに宣告した。
「私くらいの魔法使いが必要になる」
「お前クラスの人間がそうポンポンと居てたまるか!」
褒めている筈なのに、何故かけなしているように聞こえるヴィオラの発言だった。
だが、彼女の言うことも尤もであり、弾薬化はさらに使いどころが難しい魔法となった。
弾薬解除が使えれば、腐らない水や食料の持ち運びが容易になり、活躍の場は劇的に広がる。さらには、材料を持ち運ぶことで、いくらでも『カクテル』の補充ができる。
だが、それが扱えないとなると、それらの利点はことごとく消えてしまう。
特製ポーチ以外では、魔力の活性状態の問題も解決していない現状。
なんとも使い道に困る魔法である。
「ま、話はそれくらいにしとこう。そろそろ目的地に着くみたいだぞ」
馬車の上で仲良く言い合っている二人に、声をかけた。
御者のおじさんがちらちらと窺っていたので、そうなのだろう。
「そろそろ見えてきますよ。『ビガラード・ベラ』にほど近い、トリプの町が」
おじさんの言葉に違わず、馬車の荷台で立ち上がれば、遠方にうっすらと建物の集まりが見え始めた。
俺は一度座り直し、スイ、そしてヴィオラと確認しあう。
「町についたら、簡単な準備を整えてすぐに『ビガラード・ベラ』に向かおう」
「うん。どうにか今日中に『コアントローの実』を確保して、明日の馬車には間に合わせないと」
装備や食料、水などは一応、馬車に乗る前に整えてきた。
強行軍でも問題はないのだが、少しくらいは情報を集めてからでも遅くないはずだ。
もしかしたら、町の中で目的の品が手に入る可能性もゼロではない。
それにヴィオラは、今も武装しているとはいえ、色々と準備は整っていないだろう。
「一応、出現する魔物は、獣系が基本。たまに植物系もいるみたいだけど」
その辺りのモンスターの情報は、俺にはあまり実感が湧かない。
頭の中でイメージはできるが、それを実情として認識できているかは微妙だ。
だって、俺にあるのはだいたいがゲームの知識なのだから。
「基本、ヴィオラは前衛で、攻撃よりも防御優先。敵を引きつけて、壁になって私達を守って。後衛の私と総が仕留める形でいく。攻撃の優先順位は私、総の順でね」
「了解した。二人に魔物は近づけさせない」
ヴィオラは壁役。遠距離攻撃を俺とスイ。敵が一体ならばスイが優先的に仕留める。
おそらく、俺の攻撃は残弾数が限られていることに配慮してだろう。
俺は少し疑問を差し挟んだ。
「スイの魔力……いや、消耗は大丈夫なのか?」
「大丈夫。というか、総。そのためのポーションでもあるでしょ?」
「あ、そうか。そうだな」
そうだった。
すっかり戦う気であったが、もともとポーションは魔力の回復や、増強に使うのだ。
となれば俺のカクテルは、いざというときのための、スイの回復薬でもある。
なおさら、迂闊に使い切るわけにはいかないのか。
「だけど、材料自体も持ってきてるから、二体以上なら遠慮なくいくぞ」
「分かってる。そのときはお願いね」
そして、軽い作戦会議を終えて、俺たちは頷き合った。
いろいろと横に抱えた事情はあるが、置いておく。
目的は人命救助。そのための『コアントローの実』の入手だ。
「あ、着くまでは解除に挑戦していて良いか?」
「「……どうぞ」」
と、締めたつもりだったのに、最後にヴィオラの一言で台無しであった。
どれだけ負けず嫌いなんだよ。空気読めよ。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
ここからもファンタジーパートは続きます。
たまにバトル、と書いてあるから大丈夫だと信じて進みますが、
十話後くらいには街に戻っていると思いますので、よろしくお願いします。
※0807 誤字修正しました。




