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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第二章

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53/505

馬車の上で

 リキュールと一口に言っても、その種類は枚挙に暇がない。


 ハーブや香草の香り、風味を前面に押し出した、薬草系。

 果実の果肉や果皮などを主原料に作られる、果実系。

 果肉ではなく、種子や豆類などを用いる、ナッツ・種子系。

 それに加えて、技術の進歩などにより、クリームや卵などの、今まで扱えなかった材料を扱ったリキュールも増えている。


 それと同様に、リキュールの製法自体も、また多い。


 原料を、スピリッツと一緒に蒸留することで成分を抽出する、蒸留法。

 特別な器具を利用せず、原料をスピリッツに漬け込むことで成分を抽出する、浸漬法。

 濾過浸出法とでも言うべき、コーヒーのパーコレーターと同じような原理で成分を抽出する、パーコレーション法。

 天然、あるいは合成の香料精油を、アルコールに直接溶かし込む、エッセンス法。


 厄介なことに、現代のリキュールは、どれか一つの方法だけを使っている、というわけではない。


 これらはあくまでも、原料の成分の抽出方法である。

 それぞれの原料に合わせた方法で抽出液を作り、それを混ぜ合わせることでようやくリキュールの形が見えてくる。

 さらに熟成期間を通常は三ヶ月程置いて、ようやく香味がまとまると言われている。


 リキュールは簡単に作れるものではない。

 それこそ、先人達が何百年もかけて洗練してきたものである。



 だからこそ、俺は真相を確かめなければいけない。



『スミレのポーション』ももちろんだが、それよりも前に。

『コアントローの実』が、本当に俺の思った通りのものなのかを。




 本日から数日の間、『イージーズ』のバー部門は休業となった。

 救急の人間が現れても、ある程度使えるレベルのポーションは、ライやオヤジさんでも作れるから恐らく大丈夫だろう。

 だが、カクテルを楽しみにしてくれているお客さんには顔向けできない。


 しかし、今の一番の目的は人命救助だ。

 現実に命が危険な人間がいるのだから、そちらを優先するのは許して欲しい。


 コルシカは絶対安静ということで、家で寝てもらっている。その側には、兄であるベルガモを付けている。

 色々と思うところもあるが、彼に看病させるのが、今の所の最適だと思えた。


 そして、人命救助の次の次の次くらいの目的に、『コアントローの実』の調査。

 その間の目的は決めていないので、適当に補完してほしい。



 俺とスイは、朝一番の馬車に揺られて、目的地である『ビガラード・ベラ』という森林へと向かっていた。


「総まで来ること無かったのに」


 スイは眠そうな目をこすりながら、嗜めるように言った。

 その姿は、いつもの飾り気のない服装とは違っている。

 魔法使いが着るような厚手のローブに、携帯用ではない、いかにもな杖。

 先端には宝石のようなものが付いていて、物々しい様相を呈している。


「スイ一人じゃ不安だったし、それに俺も、出来る事なら協力したいんだ。たまたま、こうやって『戦う力』も手に入ってるんだしさ」


 言いながら俺は腰に差した銃と、『弾薬』を詰めた『特別製ポーチ』を叩いた。


「私なら一人で大丈夫」

「馬鹿言うな。スイを一人で行かせて、万一のことがあったらどうするんだ」

「……別に、万一なんて」


 スイは言うが、この世に絶対なんてない。もし、スイに何かがあったら、俺はオヤジさんに顔向けできない。


 それになにより『コアントロー』の存在がかかっているのだ。

 ただ待つだけなんて、我慢できない。


 一番が人命救助なのは心得ているが、それより多めに収穫すれば、実験の余地も生まれるのだ。

 万が一『コアントローの実』とやらが、カクテルに使えそうな分確保できなかったらと思うと気が気でない。


「心配なんだ。だから、側にいさせてくれ」

「……総」


 俺が言葉を重ねると、責めるような目だったスイも、諦めたように表情を緩めた。

 それに俺も安堵しつつ、ふっと薄く笑みを浮かべた。



「……お前達。私の存在を無視して二人の世界に入るのはやめろ」



 そんな俺たちに、隣でさっきから沈黙を通していた女性──ヴィオラが声をかけた。


「なにヴィオラ? お腹空いた?」

「空いてない。むしろお腹いっぱいだ。いや、そうじゃないだろう」


 街道をごとごとと走る馬車の荷台の上。

 はぁ、とヴィオラはため息を吐き出してから、真剣な目で言った。


「朝一番で『手伝って欲しいことがある』と連れ出されたと思ったら、そのまんま馬車に乗せられて、説明を受ける前に会話から外されてみろ。誰だって言いたくなるだろ」

「え?」


 思わず、俺は声を漏らした。


「説明、聞いてないのか?」

「聞いてない。というか、馬車に乗るとすら聞いてなかったぞ」

「…………スイ?」


 俺はそこまで来て、スイのほうをさっと見た。

 スイは無言で、ぷいっと視線を逸らす。

 俺は、スイがしっかり事情を説明してヴィオラを連れ出してきたと思っていたのだ。

 ヴィオラと俺、二人の視線にさらされて、スイがぼそりと返答する。


「ヴィオラ……護衛の任務が終わって、しばらく休暇って言ってたから」

「ああ。あと三日くらいは、休みになっている」

「丁度良いと思って」

「だから何がだ!?」


 ヴィオラの声が響き渡り、馬車の御者は、少しだけ不思議そうに俺たちに振り返った。




「なるほど、その獣人の少女を救う為に、私に手を貸して欲しいということか」


 スイと俺から詳しい説明を受けたヴィオラは、はぁ、とため息を吐いた。

 そして、ギロリとスイを睨む。


「スイ、なんで黙って連行した?」

「断られたら困るから」

「説明されなかったらこっちも困るぞ!」


 ぐっと拳を握りしめたあと、やれやれとヴィオラは首を振った。


「まあいい。どうせ休みなんだ、人命救助ならやぶさかではない」

「良いのか?」


 彼女が断るのならそれも致し方ない。そう思っていた俺は、思わず問い返していた。

 ヴィオラは、少し気を緩めたように穏やかな笑顔を浮かべた。


「私は、こうやって誰かのために働きたくて騎士団に入ったんだ。それに、総。前に言っただろう? 『困ったことがあれば、いつでも頼ってくれ』と」

「でも、あれは騎士団にって」

「構わないさ。騎士団だろうと、個人だろうと、私のやりたいことは変わらない」


 言いながら、ヴィオラは力強く握った手を、胸に当てた。

 そんな彼女の真っ直ぐな目に安堵しつつ、俺は握手するように手を差し出した。


「それじゃ、ヴィオラ。今回はよろしく頼む。スイから聞いてるが、前衛を任せても大丈夫なのか?」

「問題ない。こちらこそ宜しく頼む」


 俺とヴィオラが握手を交わす。

 その様子を見ていたスイが、こそりと言った。


「ほら、結局受けるんだから変わらない」

「お前は反省しろ!」


 悪びれた様子のないスイに、ヴィオラは再び怒声を浴びせていた。

 だが、その顔にどことなく嬉しそうな色があるのは見て取れた。


 なんだかんだ言って、スイに付いてきたのはヴィオラだ。

 頼られて、嬉しくないというわけではないのだろう。多分お互いに。

 この二人には、きっとこういう気の置けない関係性が昔からあったのだ。



 そんな二人の言い争いを、俺は仲睦まじいものを見る目で眺めていた。


※0805 初めのほうに、兄妹の現在を書き足しました。

※0806 誤字修正しました。

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