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異世界転移バーテンダーの『カクテルポーション』  作者: score
第二章

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【モヒート】(1)


 獣人。

 この世界で、最多の数を誇るのは人間。その次に多いのは獣人だそうだ。

 獣人にも色々な種類がいる。

 犬、猫、鳥、ウサギ……おおよそ、なんでもと言って良いほどの獣の種別。

 それらをひっくるめると、国でみれば二割ほどが獣人だとか。

 

 だが、彼らはこの国ではあまり地位が高くない。

 もともと、獣人はもっと南に自分たちの国を持っている。

 この国では、色々と暮らしにくいようだ。


 獣人が人権を認められない、というわけではない。

 だが、獣人はこの国で、貴族になれない。

 この国の決まり事は、人間の都合で決められているということだ。


 そのせいで、獣人は人間より優れた身体能力を持つ者が多くても、貧しい暮らしをしていることが多いという。




「事情を話してもらうことはできませんか?」


 縄でグルグル巻きにした上で、カウンターの一席に縛り付けた犬耳男に尋ねる。

 普通の口調で話してもいいのだが、営業中なので接客スイッチは切らない。

 これまでも、この店には一度だけ強盗が来たことがあった。

 その時は、たまたま目の前にあった【ジン・ライム】を拝借し、気絶して貰ったのだが、同時に変な噂も立ってしまった。


 この店では、稀に魔法ショーが見られる、みたいな。

 ……よく考えたら、ヴィオラが聞いた『いかがわしい店』とは、このことか。


 いずれにせよ、その強盗は割と救いようのない悪党だったので、すぐに通報した。

 だから今回も、尋ねてみたのだ。情状酌量の余地が知りたかった。

 なぜ、強盗なんて馬鹿げた真似をしたのか。

 なぜ、金ではなくポーションを欲しがったのかを。


「儲けてる店の、金持ち様には分からねぇよ」


 男は皮肉でも言うように、俺と目を合わせず吐き捨てた。

 その態度に、何か諦めと、後悔のようなものを感じる。

 俯いたままの男だが、威勢がいいのは言葉だけで、その耳はずっとへこたれていた。


「言い訳しないんですね」

「したってどうなるよ。俺がやったことは変わらねえだろ。それとも見逃してくれるってのか?」

「それは無いです」


 俺がニコリと笑みを浮かべながら言うと、ほんの少し犬耳男は肩を落とした。

 そうこうしている間に、テーブル席の分のカクテルは完成し、俺はライを呼んだ。


「ライ! これ、奥のテーブルに四杯!」

「了解!」


 ライは素早くグラスを受け取ると、そそくさと去って行った。

 さて、これでようやく俺の手も空いた。

 ついでに、さっきまで俺の目の前に座っていたイベリスは、訳あって席を移動して貰っている。

 そのため、作業台からこっちには、俺と犬耳男の姿しかない。


 俺がちらりと、店の端で作業をしていたイベリスに目を向ける。

 彼女はグッと親指を立てる。どうやら、準備が整ったらしい。


「ミントはお好きですか?」

「あ?」


 突然の俺の言葉に訝しみつつ、犬耳の男はようやく俺の顔を見た。


「せっかくだから、あなたにミントを使った『カクテル』でもと思いまして」


 バーのオープン時に、頭からすっぽりと抜けていたのが信じられないくらいだ。

 ハーブ、とりわけミントは簡単に手に入る材料の一つである。

 潰してスッキリとした味を出すもよし、飾りとして目と鼻を楽しませるもよし。

 無いとどう考えても困る、カクテルの名脇役の一つだ。

 だが、そんな俺の提案は冗談だと思われた様子だった。


「馬鹿にしてるのか? それともあれか? 貧乏人に最後の手向けで『ポーション』を飲ませてやるってのか?」


 犬耳男は見るからに機嫌を崩して俺を睨んだ。

 その勘違いを、まずどうにかしたいところだ。


「さっきから勘違いしているみたいですけれど、僕たちは別に金持ちじゃありませんよ」

「はっ! 何を言うかと思えば! ガキだって知ってるぜ? ポーション屋ってのは、金持ちだけを相手にした、金持ちの商売だってことくらいな」


 俺を、いや、きっと『俺たち』を見下すような目で男は言った。

 スイが少しだけ、悲しそうな目をしたのが視界の隅に入る。


 少しだけ、オンオフのスイッチが、振れた。



「……もういい。まずは一杯飲んでみろよ。話はそれからだ」



 俺がきっぱりと言うと、突然の口調の変化に男は目を張った。

 だが、すぐに気を取り直してふんと鼻を鳴らす。

 俺はふぅ、と息を吐いて心を落ち着け、再びバーテンダーへと意識を戻した。


 最初は勿論、準備からだ。

 だが、このカクテルは今までのものとは少し毛色が違う。


 まず用意するグラスだが、いつもの容量300ml程度のものよりも、一回り大きめのものを選ぶ。

 後々に作業がしやすく、少し頑丈だからである。

 その後に、冷凍庫から取り出すのは『ラム』──『サラムポーション』。

 そして『砕氷』──『クラッシュアイス』だ。


 クラッシュアイスは、狙って作るものでもない。

 少なくとも、俺の働いていたバーではそうだった。

 それは、氷を割る時の破片。

 カクテル用の氷を割る時にどうしても出てしまう、砕けた余分な氷なのである。


 氷を割る時には大体、作業している真下に大きな入れ物を用意しておく。

 それは割る前の氷を一時的に入れておく場所であり、同時に砕けた氷を溜めておく入れ物にもなる。氷を割り終わった後に、溜まっている砕氷を集めて保管しておくのだ。


 砕氷は、特に丸氷を作っているときに出やすい。

 丸氷の作り方は『割る』ではなく『削る』なのだから当然だ。

 だが、今の所この店には丸氷を使って飲む酒がないので、産出量は少ない。

 とはいえ、ないわけでは、決してない。


 そんなクラッシュアイスを使うことが推奨されているカクテル。

 それが、ミントを大量に使う『このカクテル』である。


 冷凍庫から必要なものを取り出し終えたら、冷蔵庫からソーダを出す。

 そして、果物かごからライムを新しく取って、脇にまとめて置いてあったミントを一塊ひとかたまり用意する。

 砂糖をいつでも使えるようにして、材料は揃った。


 まずはライムを切る。

 ただし、いつもの1/6カットではなく、ぶつ切りだ。

使う量はライム半個。縦に半分に切ったのを四等分して、先端と中央の白い筋を切除。

 そこからさらに四等分して、一センチ四方くらいの塊が十六個出来たら、それをまとめてグラスに入れる。


 次にそのグラスへ、ミントを適量入れる。

 その適量を、ミントの葉何枚とかで表すのが適切なのは分かる。しかしこればかりは、適量と言うしかない。

 レシピでは大体、十枚から十五枚と記されている。

 が、俺の覚え方は『スーパーのパックで買ったミントが、だいたい五杯分』である。


 最後に、グラスにバースプーン二杯分の砂糖を落とし込む。

 それが済めば、すりこぎでそれらを押し潰す。

 目安としては、ライムの皮の苦みが出ず、ミントの葉の香りが開くくらいだ。


 潰し終えたら、そのグラスの中にクラッシュアイスを詰め込んでいく。

 少し入れすぎたかな、と思うくらいがクラッシュアイスの適量だ。


 そこまで来て、ようやく『ラム』を45ml。

 間髪を入れずに、ソーダで満たす。

 これらの液体が入ると、クラッシュアイスが浮いて、無駄な隙間がなくなる。

 丁度いいくらいまで、体積が減ったように見えるのだ。


 手早くバースプーンで中身を上下にステアしてやる。

 グラスの底に溜まっている材料をかき出す感じだ。

 ここに至っては、慎重にステアしたところで炭酸をしっかり残すのは難しい。

 恐れずに、少し乱暴にでも手早くステアをするのが吉だ。

 その方が結果的に、より多く炭酸を残せる。


 充分に中身が混ざったと判断したら、完成だ。

 本当ならストローを刺すのだが、生憎とこの世界のストローは麦が原料らしい。

 強度的にクラッシュアイスの中に刺すのは問題があるので、代用品を使う。

 タイミングを見計らっていたイベリスがひょこりと姿を表し、俺に『あるもの』を差し出した。


「はい総。金属のストロー」

「ありがとう」


 それは、金属でできたストローだ。金属の風味はできるだけ抑えてもらっている。

 それをこの短時間にどうやって加工したのか。やはり機人にしか使えない『超自然的力』というやつなのだろう。

 だが過程は良い。俺はイベリスに礼を述べてから、それをグラスに突き刺した。



「お待たせしました。【モヒート】です」



 俺がグラスを犬耳男の前に出すが、男は当然のようにこちらを睨んだ。

 だが、その姿に恐れはあまり感じなかった。


 その鼻が、ひくひくと目の前のグラスに反応しているからかもしれない。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

みなさまの応援に、いつも励まされております。


本日は、このあと22時頃にも更新予定です。

できればお付き合いいただけると幸いです。

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