【モヒート】(1)
獣人。
この世界で、最多の数を誇るのは人間。その次に多いのは獣人だそうだ。
獣人にも色々な種類がいる。
犬、猫、鳥、ウサギ……おおよそ、なんでもと言って良いほどの獣の種別。
それらをひっくるめると、国でみれば二割ほどが獣人だとか。
だが、彼らはこの国ではあまり地位が高くない。
もともと、獣人はもっと南に自分たちの国を持っている。
この国では、色々と暮らしにくいようだ。
獣人が人権を認められない、というわけではない。
だが、獣人はこの国で、貴族になれない。
この国の決まり事は、人間の都合で決められているということだ。
そのせいで、獣人は人間より優れた身体能力を持つ者が多くても、貧しい暮らしをしていることが多いという。
「事情を話してもらうことはできませんか?」
縄でグルグル巻きにした上で、カウンターの一席に縛り付けた犬耳男に尋ねる。
普通の口調で話してもいいのだが、営業中なので接客スイッチは切らない。
これまでも、この店には一度だけ強盗が来たことがあった。
その時は、たまたま目の前にあった【ジン・ライム】を拝借し、気絶して貰ったのだが、同時に変な噂も立ってしまった。
この店では、稀に魔法ショーが見られる、みたいな。
……よく考えたら、ヴィオラが聞いた『いかがわしい店』とは、このことか。
いずれにせよ、その強盗は割と救いようのない悪党だったので、すぐに通報した。
だから今回も、尋ねてみたのだ。情状酌量の余地が知りたかった。
なぜ、強盗なんて馬鹿げた真似をしたのか。
なぜ、金ではなくポーションを欲しがったのかを。
「儲けてる店の、金持ち様には分からねぇよ」
男は皮肉でも言うように、俺と目を合わせず吐き捨てた。
その態度に、何か諦めと、後悔のようなものを感じる。
俯いたままの男だが、威勢がいいのは言葉だけで、その耳はずっとへこたれていた。
「言い訳しないんですね」
「したってどうなるよ。俺がやったことは変わらねえだろ。それとも見逃してくれるってのか?」
「それは無いです」
俺がニコリと笑みを浮かべながら言うと、ほんの少し犬耳男は肩を落とした。
そうこうしている間に、テーブル席の分のカクテルは完成し、俺はライを呼んだ。
「ライ! これ、奥のテーブルに四杯!」
「了解!」
ライは素早くグラスを受け取ると、そそくさと去って行った。
さて、これでようやく俺の手も空いた。
ついでに、さっきまで俺の目の前に座っていたイベリスは、訳あって席を移動して貰っている。
そのため、作業台からこっちには、俺と犬耳男の姿しかない。
俺がちらりと、店の端で作業をしていたイベリスに目を向ける。
彼女はグッと親指を立てる。どうやら、準備が整ったらしい。
「ミントはお好きですか?」
「あ?」
突然の俺の言葉に訝しみつつ、犬耳の男はようやく俺の顔を見た。
「せっかくだから、あなたにミントを使った『カクテル』でもと思いまして」
バーのオープン時に、頭からすっぽりと抜けていたのが信じられないくらいだ。
ハーブ、とりわけミントは簡単に手に入る材料の一つである。
潰してスッキリとした味を出すもよし、飾りとして目と鼻を楽しませるもよし。
無いとどう考えても困る、カクテルの名脇役の一つだ。
だが、そんな俺の提案は冗談だと思われた様子だった。
「馬鹿にしてるのか? それともあれか? 貧乏人に最後の手向けで『ポーション』を飲ませてやるってのか?」
犬耳男は見るからに機嫌を崩して俺を睨んだ。
その勘違いを、まずどうにかしたいところだ。
「さっきから勘違いしているみたいですけれど、僕たちは別に金持ちじゃありませんよ」
「はっ! 何を言うかと思えば! ガキだって知ってるぜ? ポーション屋ってのは、金持ちだけを相手にした、金持ちの商売だってことくらいな」
俺を、いや、きっと『俺たち』を見下すような目で男は言った。
スイが少しだけ、悲しそうな目をしたのが視界の隅に入る。
少しだけ、オンオフのスイッチが、振れた。
「……もういい。まずは一杯飲んでみろよ。話はそれからだ」
俺がきっぱりと言うと、突然の口調の変化に男は目を張った。
だが、すぐに気を取り直してふんと鼻を鳴らす。
俺はふぅ、と息を吐いて心を落ち着け、再びバーテンダーへと意識を戻した。
最初は勿論、準備からだ。
だが、このカクテルは今までのものとは少し毛色が違う。
まず用意するグラスだが、いつもの容量300ml程度のものよりも、一回り大きめのものを選ぶ。
後々に作業がしやすく、少し頑丈だからである。
その後に、冷凍庫から取り出すのは『ラム』──『サラムポーション』。
そして『砕氷』──『クラッシュアイス』だ。
クラッシュアイスは、狙って作るものでもない。
少なくとも、俺の働いていたバーではそうだった。
それは、氷を割る時の破片。
カクテル用の氷を割る時にどうしても出てしまう、砕けた余分な氷なのである。
氷を割る時には大体、作業している真下に大きな入れ物を用意しておく。
それは割る前の氷を一時的に入れておく場所であり、同時に砕けた氷を溜めておく入れ物にもなる。氷を割り終わった後に、溜まっている砕氷を集めて保管しておくのだ。
砕氷は、特に丸氷を作っているときに出やすい。
丸氷の作り方は『割る』ではなく『削る』なのだから当然だ。
だが、今の所この店には丸氷を使って飲む酒がないので、産出量は少ない。
とはいえ、ないわけでは、決してない。
そんなクラッシュアイスを使うことが推奨されているカクテル。
それが、ミントを大量に使う『このカクテル』である。
冷凍庫から必要なものを取り出し終えたら、冷蔵庫からソーダを出す。
そして、果物かごからライムを新しく取って、脇にまとめて置いてあったミントを一塊用意する。
砂糖をいつでも使えるようにして、材料は揃った。
まずはライムを切る。
ただし、いつもの1/6カットではなく、ぶつ切りだ。
使う量はライム半個。縦に半分に切ったのを四等分して、先端と中央の白い筋を切除。
そこからさらに四等分して、一センチ四方くらいの塊が十六個出来たら、それをまとめてグラスに入れる。
次にそのグラスへ、ミントを適量入れる。
その適量を、ミントの葉何枚とかで表すのが適切なのは分かる。しかしこればかりは、適量と言うしかない。
レシピでは大体、十枚から十五枚と記されている。
が、俺の覚え方は『スーパーのパックで買ったミントが、だいたい五杯分』である。
最後に、グラスにバースプーン二杯分の砂糖を落とし込む。
それが済めば、すりこぎでそれらを押し潰す。
目安としては、ライムの皮の苦みが出ず、ミントの葉の香りが開くくらいだ。
潰し終えたら、そのグラスの中にクラッシュアイスを詰め込んでいく。
少し入れすぎたかな、と思うくらいがクラッシュアイスの適量だ。
そこまで来て、ようやく『ラム』を45ml。
間髪を入れずに、ソーダで満たす。
これらの液体が入ると、クラッシュアイスが浮いて、無駄な隙間がなくなる。
丁度いいくらいまで、体積が減ったように見えるのだ。
手早くバースプーンで中身を上下にステアしてやる。
グラスの底に溜まっている材料をかき出す感じだ。
ここに至っては、慎重にステアしたところで炭酸をしっかり残すのは難しい。
恐れずに、少し乱暴にでも手早くステアをするのが吉だ。
その方が結果的に、より多く炭酸を残せる。
充分に中身が混ざったと判断したら、完成だ。
本当ならストローを刺すのだが、生憎とこの世界のストローは麦が原料らしい。
強度的にクラッシュアイスの中に刺すのは問題があるので、代用品を使う。
タイミングを見計らっていたイベリスがひょこりと姿を表し、俺に『あるもの』を差し出した。
「はい総。金属のストロー」
「ありがとう」
それは、金属でできたストローだ。金属の風味はできるだけ抑えてもらっている。
それをこの短時間にどうやって加工したのか。やはり機人にしか使えない『超自然的力』というやつなのだろう。
だが過程は良い。俺はイベリスに礼を述べてから、それをグラスに突き刺した。
「お待たせしました。【モヒート】です」
俺がグラスを犬耳男の前に出すが、男は当然のようにこちらを睨んだ。
だが、その姿に恐れはあまり感じなかった。
その鼻が、ひくひくと目の前のグラスに反応しているからかもしれない。
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