ポーションとスピリッツ(2)
「なんで受付が、ギヌラの本拠地なんだ」
「仕方ない。領主様は忙しいんだから」
後日。
俺とスイはポーション品評会への参加申請のために、ポーション屋『アウランティアカ』へと向かっていた。
俺の目的ははっきりとしている。
品評会で優秀な成績を収め、領主にお目通しを願うこと。
そして『スミレのポーション』の噂の真偽を確かめる事だ。
ヴィオラからその話を聞いた直後、俺は即座に尋ねた。
領主に直接会う、またはそのポーションの話だけでも聞く事は可能かと。
その問いにヴィオラは難色を示した。
領主は忙しく、個人の都合でそのような話を取り付けるのは難しいだろう、と。
だが、その忙しさの原因にチャンスがあった。
ポーション品評会。
数年に一度、王国内のどこかの都市にて行われるという大会だ。
それが今年は、たまたまこの街で開かれる。
ならば、この街の領主が運営に携わるのは当然だ。
つまり、その会で目立てば、領主と直接話すチャンスがやってくるかもしれない。
『スミレのポーション』の真相に迫れるかもしれないのだ。
それは、現在当たっている壁を越えるヒントになるかもしれない。
『リキュール』作りは、はっきり言って頓挫していた。
ここで大きく『スピリッツ』と『ポーション』の違いが出たと言ってもいい。
『ポーション』には、思ったように『果実』や『薬草』の味が馴染まないのだ。
果実酒を作るように果実を浸け込んでみても、その本質はポーション。アルコールではない。じわじわと味が溶け出してくれないのだ。
三週間くらい浸けても、少し風味があるかな? くらいに留まってしまった。
では、その成分を魔法で抽出し、溶かしてみるのはどうだ?
それもダメだった。
以前に『クエン酸』を抽出したときには『水』に一度溶かしていたから大丈夫だった。
だが、魔法で取り出した成分は『ポーション』に溶けにくい性質があるようなのだ。
頑張ってみても精々、フレーバーが付いたスピリッツと比べて、物足りないくらいの味になるだけ。
水に溶かしてそこから、とも思ったのだが、『ポーション』よりも『水』が多いくらいじゃないと、上手く溶けてはくれない。これではダメだ。
ならばいっそ、魔法で無理やりに混ぜてしまえばどうだ?
最悪だった。
『ポーション』には、それぞれ『魔力特性』のようなものがあるという。
そして。魔法で抽出した『果実』や『香草』の成分にも『魔力特性』が付与される。
魔法を使って無理やりに混ぜると、それらはポーションの『魔力特性』と反応を起こしてしまい、味が変質するのだ。
甘みを入れたのに酸っぱかったり、酸味を混ぜたのに辛かったり。
つまり、何もかも思った通りにはいかないのだ。
カクテルを作る際には問題が起きたことがなかったので、気づかなかった。
しかしそれは、カクテルが『基種』と『副材料』という、たまたま問題が起きない組合せであったからだ。
スイが四苦八苦していたのも少しだけ理解できた。味は擁護できないが。
だから最近は、諦めてこの世界の蒸留酒を使うことも視野に入れていた。
もっとも、それは極力避けたいところでもある。
なぜなら、今俺が目指すべきは『ポーション』を嗜好品として広めることだ。
ポーション以外の酒を使っては、その目標にブレが出る。
スイの夢を、叶えてやれなくなるかもしれない。
だから、できるところまではあがいてみたかった。
そんなときに、ヴィオラから『スミレのポーション』の話を聞いた。
もし本当に『スミレのポーション』が存在するなら、その秘密を探らねばならないと思ったのだ。
そのために、参加申請でわざわざ嫌いな奴の店にまで向かっていた。
「そういや、俺はまだ一度も試したことがなかったな」
「なにを?」
「いわゆる、本物のポーションを」
本物の、と付けるのも少し癪だが、『ポーションらしいポーション』のことだ。
俺はまだ、この世界でスイのポーションしか試したことがなかった。
その時点で満足したから、と言えばそれまでなのだが。
「あんまり考えないほうが良い」
俺の提案が『参考に一本くらい買おう』という意味だと気づいたようで、スイは嗜めるように言った。
「どうしてだ?」
「別物だから」
別物、というのは想定の範疇だが、そこまでなのだろうか。
「まぁ、どうしてもっていうなら。最近お金に少しだけ余裕があるから、一本くらいなら」
「そういや、値段ってのはどのくらいするもんなんだ?」
「安いので、銀貨十枚とか」
「高っ!」
スイの口から漏れた相場に俺は驚きの声を漏らした。
ついでに銀貨十枚は、俺的な感覚だと『五万円』となる。
「そりゃ、貧乏人相手の商売じゃないな」
「そう。ついでにウチのは銅貨五枚でご提供可能」
「それは原価だろ。少しは足元をみなさい」
ふふん、鼻高々に言い切ったスイに、少し呆れた声が出た。
スイのポーションと言えば、最近は少しずつ、ボトル売りも始めている。
もちろん、スイが無駄に味付けしたやつではなく、原液でだ。
質の悪い魔石を溶かしただけのソレは、単体だと効果は高くない。だが、俺はここ一ヶ月ほど、散々に客の目の前で『カクテル』を作り続けたのだ。
オレンジジュースを混ぜるだけで『使えるレベルのポーション』になる。そのことを、ボトルで買った客達はみんな理解していた。
もっとも、有事に備えての『薬』のはずなのに、常飲している気がするのは気のせいか。
そうじゃなきゃ、わざわざ氷屋の場所を聞いたりするだろうか。
作戦は、地道に進行しているのかもしれない。
「まぁいいや。ギヌラのとこのポーションは見てから決めよう」
「うん。早く受付を済まそう」
うららかな陽気の昼間に、俺とスイはのんびりと歩いて店まで向かった。
「それでは『スイのポーション屋』は、品評会に出場なさると」
「はい」
ギヌラの店に付くなり、スイはカウンターの中の人間に尋ねて受付に取りかかっていた。
ギヌラの店は、俺たちが生活している階層より、いくつか上の階級の区画にあった。
道を歩く人間は、はっきりと身なりが良い。髪の毛の色も、どちらかと言えば明るい色が目立つ気がした。
言えば、それだけ手入れに時間をかけられるということなのかもしれない。
ただし、その中であっても、スイの鮮やかな青い髪は目を引いた。
服装はともかく、その点だけは、その場にいる誰よりも魅力的であっただろう。
さて、店の雰囲気はどうかというと、思ったよりも狭い、というのが第一印象だ。
広さはそれこそ『イージーズ』と同じくらいだろうか。ただしこちらは、全て『ポーション屋』として使われているのだが。
基本的な店の形式も、最初に見たスイの店と変わらないようだ。
しかし、似た雰囲気か、と言うと微妙だ。居酒屋ではなく、酒屋に近いかもしれない。
椅子の無いカウンターが店の奥に設置され、その背後には『ポーション』が陳列されている。
また、それとは別に陳列棚が店の中に並んでいて、ショーケースのようなものも店の側面に並ぶ。
カウンター内には三人の店員が入っていた。誰もがテキパキとした動作で、何か作業を行っているのは見て取れる。
どうやら、背後のボトル棚は小売りにしたりする方。棚やショーケースに飾ってあるほうはボトル売りする方、といった感じだった。
ショーケースよりは、棚の方のボトルが、少し安い『ポーション』なのだろう。
俺は何とはなしに一つのボトルに注目してみた。
『銀貨十八枚』
という値段が、当たり前のように記載されていた。
「総。受付終わった」
必要な書類を提出し、記入事項を書き終わったスイが、トテテと俺に駆け寄る。
俺は、つい先程の衝撃を余す事無くスイに伝えた。
「これはやばいな。これ一本で俺の一月の生活費くらいだぞ」
「それは……うん」
スイもかける言葉が見当たらないようで、俯いた。
ついでに、今は『イージーズ』に住み込みで働いているので、しっかりとした給料はまだ貰ったことがない。
その辺を話し合わずに働いているのは、ちょっといけないかもしれない。
「どうするの? 買う?」
「いや、うーん、迷うな」
実物を見てしまうと、買うつもりであったのに躊躇が生まれる。
どうせそんなに飲まないものに、そこまで金をかけるのも……。
俺が迷っているのがおかしいのか、カウンターの方からクスクスとした笑い声が聞こえてきた気がした。
少し恥ずかしくなった。
だが、そのクスクス声は、すぐに別の声に上書きされる。
「……おや。貧乏ポーション屋が、うちの店になんの用かな?」
反射的に声の方を向いてしまう。
「やぁ、御機嫌よう。スイ君。ユウギニ君」
店の入り口には、相も変わらず軽薄な笑みを浮かべた金髪の男が立っていた。
ここまで読んで下さって、ありがとうございます。
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この章で上げたのが、現時点での『スピリッツ』と『ポーション』の違いになります。
ただ、今の設定は暫定的であり、この先、何か食い違いや矛盾が出るかもしれません。
そのため、この先に設定の変化が起こる可能性があります。ご容赦ください。
何かありましたら、優しく教えて頂けると幸いです。
※0731 誤字修正しました。




